私がネズミになって世界の行方を見守ってみた

南野海風

文字の大きさ
33 / 102

32.平凡なる超えし者、ボスと出会う……

しおりを挟む






「よいしょっと」

 軽く押しただけで受身も取れず床に倒れたビットの脇、ベッドに腰掛け見下ろす。爪先はおろか指先までしっかり見えない繊維で縛ってあるだけに、彼女は身じろぎするくらいしか動けない。

「今から首は緩めるけど、大声はダメだよ」

 か細い呼吸をしながら反抗的な目で睨みつけるビットに、言っておく。

「あとの二人ももう確保してるから、ビットさんじゃないといけないって理由はないんだよね。むしろ見せしめとして一人くらい始末した方が、後続の扱いも楽になるだろうね」

 暗に「しゃべらないと殺す」と宣言し、反応を見る。……え? もちろん意に沿わなくても殺しませんよ? ただの脅しですよ?

 しかしビットは、なんの反応もない。揺らぎがない。恐れもない。……これは殺されても何もしゃべらない奴だな。というか隙を見て自決するタイプだ。

 そうか。
 カイランを売らないって覚悟を決めているのか。
 そこまで統率が取れている、というか、結びつきが強い盗賊団なんだろうね。意外というより、もはや異常だ。盗賊にあるまじき結束力だわ。……色々違和感がある理由でもあるのかな。

 無駄な押し問答をしても時間の無駄っぽいし、手荒な真似もあんまりしたくない。
 何より労力を費やすのが嫌だ。
 面倒は嫌いだし、省けることは省きたい。省いた時間は寝て過ごしたい。

 よし、なら攻め方を変えようか。

「じゃあ私の知ってることから話そうか。
 君らはアレだ、カイランっつー人狼族のお頭の下に集う盗賊団っつーことでいいんだよね?」

 ……お、効いた。少し動揺したな。その動揺こそ答えだ。

「なら安心していいよ。私の目的はカイランの確保だけど、どこにも属してないから。もちろん殺す気なんて一切ないし、君らも敵にならなければ特に何もしないよ」

 ……お、迷ってる迷ってる。敵かどうかわからなくなってきたんだろうね。

「で、提案なんだけどさ。これからカイランのところまで連れて行ってくれない? 直接交渉するからさ」

 ……お、驚いてる驚いてる。言いたいことはわかってるぞー。

「カイラン、かなり強いんでしょ? しかも仲間も一緒にいる。私一人を引き合わせたところで、そっちの危機より私の危機の方が上なんじゃないかな?」

 ……よし、そろそろいいか。

「拘束を解くよ。この村を巻き込みたくないって気持ちは同じだと信じるから」

 まあ騒ぎ立てたら今度は容赦しないけど。おかわりはあと二杯あるから、この一杯にこだわる理由はない。

「……」

 むすっとした顔で、ビットは起き上がる。よかった。騒ぐ素振りでも見せたらもう一度寝かせているところだった。

「……何これ? 糸?」

 そのようなものである。植物の繊維だから形状はそのものだね。……っと、置き忘れて行くと迷惑だから回収しとこう。

「……で? お頭に会わせろって? つかあんた何者?」

「うん。カイランに用がある。何者かは……エージェントでいいのかな?」

「エージェント?」

「代理人。ある人の代わりに動いてるわけ」

 クローナの代わりにね。あと個人的に後顧の憂いを絶つためにね。

「お頭に会う目的は?」

「さっき言ったじゃん。確保が目的なんだよ。無理やり引きずっていくか合意の上かは交渉次第ってことになるね」

「その、代理の人に会わせるのが目的なわけ?」

「それは確認してないね。会うのかなぁ?」

「なにそれ」

「いや、その人はね、カイランに死んでほしくないとしか言ってなかったから。
 わかってると思うけど、このまま王都に近づけばいろんな危険がある。兵士なんかに捕まれば行き着く先は死刑でしょ? 目撃情報が漏れれば冒険者ギルドも動くだろうし、私のような何者かが近づくこともあるだろうし」

 クローナがどうするかは、カイランの余罪次第じゃないかな。
 これまでやってきたことの罪によって、会う会わないを決定すると思う。
 よほどの大悪党なら、会わずに兵士に突き出す可能性もあるよね。今やクローナは国よりの人だし、変わり果てた幼馴染の姿なんてあんまり見たくないもんね。

「誰に頼まれた?」

「内緒。……って言いたいところだけど、カイランの知り合いだよ。幼馴染なんだって」

「幼馴染……お頭の……」

 知られざるお頭の過去でしたか? 思いっきり素の顔で面食らってますけど、敵か味方かわからない私の前でそんな隙だらけの顔しないでくれる? 一応ピリピリした交渉中でしょ? 雰囲気って大事なんだよー?

「ぶっちゃけるとさ、仮に私が君らを始末することになったとしても、カイランだけは例外なんだ。どうしても連れて行かないといけないからね。だからその辺は安心していいよ」

「はあ? その言い方だと、私らにあんた一人で勝てるって言ってるように聞こえるけど」

「方法を選ばなければ別にできるけど? 毒使ってもいいし罠張ってもいいし、ビットさんの反応を見るに人質も取れそうだね。君らカイランくんと仲良いんでしょ?」

 恐怖とか畏怖とかじゃない。この盗賊団は利害関係を度外視したもので繋がり、集まっている。
 盗賊にはあんまり言いたくないけど、まあ、絆とか情とか、そういうのだね。
 それもかなり強いものだ。
 そうじゃなければ、自分の命と天秤に掛けてでもカイランの情報を話さないって選択はできない。

「たとえばビットさんを公開処刑でもしてみれば、出てくると思うけど」

 助けずにはいられないだろう。強さに自信があるなら尚更ね。

「……」

「やんないよ。やるんだったらとっくにやってるって」

 へらへらしている私を見て、ビットは心底嫌そうな顔で首を振った。

「あんた、冗談みたいなことでも平気でやるだろ? どこまで本気かわからないタイプだ。一番嫌いなタイプだわ」

 あら嫌われちゃった。




 とまあ、こんな話し合いの結果、ビットは「判断できない」という妥当な結論に至った。

 そりゃそうだろう。
 我ながら私はかなり怪しいと思うよ。
 どこまで本当のことを言っているのかも疑わしいし、どこまで事情を知っているかも気になっているだろう。

 ちなみに言うと、言ってないことはあるけど全部だいたい本当のことを言っているし、事情に至ってはまったく知らないんだけどね。素直に受け止めてくれていいんだけどなぁ。

「じゃあどうするの?」

「お頭に判断してもらうしかない」

 ということは、だ。

「仲介してもらえるんだね?」

「言っとくけど、お頭と会わせるだけだから。お頭の判断次第ではあんた死ぬよ」

 ……ふむ。

「君らって盗賊なの?」

「は?」

「いやあ、ビットさん何気に優しいからさぁ」

 盗賊らしくないんだよね。
 ずっと違和感を感じてたよ。宿に来た時から「らしくない」が拭えなかったし、話してみた感じでもそうだし。

 だってビットが言ってることって、脅しじゃなくて警告だからね。ずっと。刃物向けられた時もね。

「私から話せることは何もない。お頭に聞けば?」

 お、そうかい。じゃあそうするか。

 件のカイランが、もしとんでもない最低最悪の犯罪者で話すのも嫌っつーイケメンだけどクズみたいな奴だったら、有無を言わさずぼっこぼこにして引きずっていくことも考えていたが。
 少しだけ希望が見えたな。
 ビットが、盗賊団の一員が、実力はともかくこんな甘い奴なら、その頭とはまともな話ができそうだ。




 村を巻き込むのは互いに本意ではない。この互いってのは、私とカイランね。向こうは盗賊団として目立ちたくないって意味ね。

 こっそり窓から出ると、村の出入り口ではないところから村の外へ出た。
 私とビットが抜け出したことに門番も気づいていない。
 できれば村が置き出す前に宿に戻って、何事もなかったって顔して朝食を食べたいものだ。そしてとっとと魔法学校に帰りたいな。

 この辺で人が潜伏できる場所と言えば、やはり昼に行った森が一番だろう。
 ビットは迷いなくそちらへ向けて走り出し、私も後に続く。うーん……ビットは斥候って感じかな? 気配の絶ち方と身のこなしはうまい。でも戦闘は苦手かな。

 で、だ。

 向こうの六人は、バリバリの戦闘員だな。
 特に一人抜きん出てるのがいるけど、恐らくあれがカイランか。

 まだだいぶ距離があるのに、森の方から刺すような視線を感じる。
 威圧感も、殺気もある。
 向こうは間違いなくビットと私の存在に気づいている。
 夜だからまだ見えないはずだが、この距離でも察知するか。ほー。なかなか腕利きが揃ってるみたいだ。

 ある程度まで近づくと、森の中から三人の男が現れ、こちらに向かってくる。

「……ほほう」

 その真ん中の男。

 歳は二十歳を過ぎている。
 夜風になびく長い銀色の髪と、星明りを帯びて光る金色の瞳。
 どこまでも無情に獲物を仕留めるのだろうことを連想させる、冷淡な空気をまとう背が高い細身の男。野生の肉食獣のように、余計なものは筋肉さえも削ぎ落とした超高速の軽量型だ。

 あれが狂銀狼・カイランだ。

 ……あらやだ。モニターで見るよりすごいイケメン来ちゃったよ?






しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

処理中です...