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31.平凡なる超えし者、盗賊の一人を捕縛する……

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 昼休憩を経てしばし。
 寝て過ごしてもよかったが、せっかくなので村を散策してみた。
 昼から少し時間が経っているが、まあ、広い村でもないので、あっという間に隅から隅まで見てしまった。

 特に目新しいことはない。民家があって畑があって、って感じで、目に留まるものもなかった。強いて言えば畑で何を作ってるか気になったくらいだ。
 ま、外来客をすんなり入れて自由にさせている時点で、秘匿する意味がないありふれた作物ばかりのようだが。
 製法が難しく希少で門外不出の種や作物を育てている、ということもない。そっちの方が見てて楽しいんだけどなぁ。

「……お?」

 畑には何もなかったが、広場のようなところでテーブルを囲んだ子供たちが何かしていたのは気になった。午前中一緒に山菜摘みに行った子たちだね。

「何してるの?」

 と聞けば、何人かが「パンだよ」と答えた。ほう。パンとな。

 ああ、なるほど。小麦粉とか香草とか果実とか何かの種とかをこねまくってパン生地を練ってるんだね。私も作ったことあるよ。イースト菌を発見した人すげえって思ったよ。……ん?

「あれ? そっちは?」

 テーブルの横で火を起こそうとしていた私と同じくらい大きい子は、宿の長女だった。

「焼いて食べるんだよ」

 あ、これおやつか。晩ご飯用のパンとかじゃなくておやつか。パンっつーかパンケーキみたいなことになるのか。

 聞けばジャムとかバターとかハチミツとか掛けて食べるらしい。あと大人の分も焼くから、ある意味これは子供のおやつ作りじゃなくて村の仕事と言えるのかもしれない。

 山菜摘みを手伝ったから、私にもくれるそうだ。やったーラッキー。

 …………

 カイランたちの処理は、細心の注意を払おう。この平和な村にわずかでも騒動を呼び込みたくない。万が一にも子供たちの心身に傷なんて残していいわけがない。
 多少強引にでも、とは、思ったけど、……私も策を練り直すかな。




 予想通り、賊はやってきた。

「一晩世話になりたいんだが」

 三人連れ。
 二十歳過ぎの男が二人と十代後半くらいの女。

 男たちは剣を釣っていて、女はショートソード。いかにも冒険者って格好だ。
 立ち居振る舞いに隙はないが余裕はある。追われる者特有の警戒心みたいなものもない。言い換えると挙動不審さが一切ない。

 見た感じ、人相が悪いわけでもないし雰囲気が悪いわけでもない。
 こいつらを見て盗賊だと思う者はいないと思う。実際こうして入村しているんだから、見張りも私と同じ感想を抱いたのだろう。
 服に埃汚れや血のあともあるが、冒険者だと思えば不自然でもないし。

 ……そうだね。これは確かに、問題さえ起こさなければ目立つこともないだろうな。町村を転々とできるわけだ。

 ターゲットであるカイランはいないようだが、恐らく村の近くにいるはずだ。
 もしかしたら午前中に向かった森の中に隠れているかもしれない。
 
 夕飯になる直前のことだった。
 テーブルに着く私、宿のおっさん、子供二人。おばちゃんはもうできている食事をよそおうと席を立っている時だった。
 今朝の私のように、この民家のような宿を訪ねて、彼らはやってきた。

 もしかしたら本当にただの冒険者、って可能性もあるにはある。偶然私が張っているタイミングで村に来たってパターンね。
 確かめる術はないし、あったとしても手札を切って警戒心を植えつけるべき状況じゃないので、間違っていたらあとで謝ろうと思う。
 どの道カイラン繋がりの盗賊であろうとなかろうと、危害を加える気はないしね。

 したいのは確保、そして情報収集だからね。
 でも間違ってたらごめんね。モロ出しの盗賊が来るとは思ってなかったけど、ここまで普通の冒険者みたいな連中じゃ私も自信がなくなってきたわ。

「あら。月に一人くればいい方なのに、今日に限って二組もお客さんがくるなんてねぇ」

 あ、確定したわ。

 交渉に入ろうとしたおばちゃんが漏らした言葉に、三人は余裕を捨てて警戒心に満ちた視線でもう一組の客――つまり私を見たから。
 追手、あるいは待ち伏せを警戒して、って感じか。明らかに追われる者の反応だ。

「ちわーす。よろしくー」
 
 三人にじろっと見られたので、私は暢気にそう返した。
 そしてすぐに警戒心は解かれた。

 若い女、魔法学校の制服、隙だらけ。
 警戒するに値しないと判断されたらしい。

 ――勝負で言えば、この時点で私の勝ちは確定だ。
 ――ここで連中が引き返していれば、少なくとも、カイランが逃げるだけの時間は作れたかもしれない。その場合は私の負けだったから。

 警戒心を解いた冒険者改め盗賊三人は、おばちゃんとの交渉を終えて一晩の宿を得た。
 その際、部屋の都合で女だけは私と相部屋ということになった。
 この民家風宿は、ダブルが二部屋しかないらしいので、空いたもう一つのベッドが埋まったわけだ。

「ごめんね。お邪魔して」

 いいえ、好都合でございますよ。




 夕食を済ませ、盗賊の一人と狭い二人部屋に戻る。

「へー。ビットさんっていうんですか。私はミズネです」

 簡単な自己紹介を終え、のんびり話をしてみる。

「ミズネちゃんは魔法学校の生徒なの?」

 ビットは気が強そうにも見えるが、女性らしさも感じる雰囲気を持っていた。
 うーん……ちょっと男勝り的な?
 女が冒険者やってると男の冒険者になめられるってのは結構あるから、性格が少し攻撃的に、かつ強気になっていくのもしょうがないのかもね。

「そうっすねー。ちょっと調べたいことがあってこの辺まで足を伸ばしてみたって感じで。明日には帰れるかな? 長くても明後日かなー」

 もちろん、帰る時はカイランを確保してからだが。

「ビットさんたちはどこから来たの?」

「ああ、さっきも言ったけど、フロントフロン領からこの国に来たんだよ。それからは拠点になりそうな街を探しながら、冒険者の仕事をしつつ渡り歩いてる」

 隣国から入ってきたのは知っている。フロントフロン領から来たのも、まあ間違いではないだろう。街を経由したかどうかはわからないが。
 ところでフロントフロン領って、アクロディリアの実家が治めている領地なんだっけ?

「随分遠くから来たんだね。王都まで行くの?」

「どうかな。わからない」

 ……ふーん。

 どれ。
 当たり障りのない会話も嫌いじゃないが、ちょっと突っ込んだことでも言ってみるかな。
 どんな反応をするのか気になるし。

「こっちの国は驚くほど平和でしょ」

「え? ああ……そうだね。嘘みたいに治安がいいよね」

「隣の国はどうですか? 私が聞いた話では、平和ではあるけど、この国ほど治安が良いわけではないとか」

 ベッドに横になり右腕で頭を支える、いわゆる「涅槃のポーズ」にて、服を脱いで着替えているビットをじっと見つめる。

「湧いてくるモンスターもちょっと強いし、行商を襲う盗賊とかよく出るらしいって」

 ビットの動きが、止まった。
 二秒ほど止まり、動き出した。脱いだものを畳み出す。

「それいつの情報? 最近は盗賊も減って住みやすくなってるよ」

 ……お?

「そうなの? 私は本で読んだから、情報としては少なくとも数年前のものかな」

 クローナとの雑談でもそう聞いている。
 盗賊や山賊が出るらしい、みたいな話を。

 ただクローナの情報も、大概数年前に聞いたとかって古いものだったが。クローナの立場上、隣国の情報にアンテナ張る必要がないからね。率先して知りたいことでもなかったのだろうと思う。王子は別だろうけどね。

「私たちは、商人や行商団に付き添う護衛の仕事をメインにやってたんだけど、盗賊がいなくなったせいで仕事が減っちゃってね。だからこっちの国に流れてきたんだよ」

 ほう。
 嘘、にしては、やや詳細すぎるな。
 もし私が最新情報を持っていたら、すぐに真偽が判明する嘘だ。ビットの嘘と事実で矛盾が生じる。
 追われる身としては、迂闊としか言いようがない嘘だ。

 …………あれ? もしかして本当のこと言ってる?

 隣国からやってきたカイランは、弟のクルスに会いに来たんだよな?
 で、隣国には盗賊がいなくなった?

 うーん……盗賊側の心理がわからん。
 商売敵がいなくなれば、カイランたちがガンガン仕事をしやすくなるのか?
 それとも盗賊が多い方が紛れてやりやすいのか?
 盗賊業なんて役人との癒着が成功すればやりたい放題だろうし、そこんところも考えるべきなのか?

 わからん。
 もういいや。この辺のことは後で本人に聞こう。

「ウホッ。ビットさん胸あるねぇ~」

「はあ?」

「どうやったらそんなに大きくなるの?」

「いや、うほって何よ。……ああ、そう。うん……」

 人の胸見て納得しないでくれますかね? 哀れんだ目で見ないでくれますかね?




 行動を起こしたのは、村が寝静まった真夜中である。
 私はベッドから起き上がると、脱ぎ散らかしていた上着とスカートを着けた。

「ビットさん。そろそろ良くない?」

 普通に寝ているビットに声を掛けると、彼女もすぐに起きた。

「やっぱり追手か」

 さっき話していた声や雰囲気とは打って変わって冷たい。

「悪いけど負ける気がしない。失せな。殺したくない」

 あら。お優しいことで。
 私が逆の立場なら、有無を言わさず襲ってるけどね。

「で、仲間はどこにいるのかな?」

 差し込む星明りを頼りに宿の外を見るが、闇の中に動くものはない。門番はちゃんと起きてるみたいだけどね。
 カイランが近くにいるのは間違いないと思うけど……やっぱり森の中かなぁ。

 ――おっと。

「あんた馬鹿なの?」

 音もなく忍び寄ったビットは、後ろから私の首に刃を突きつけた。左腕をしっかり押さえる辺り手馴れている。

「国の密偵? それとも馬鹿な冒険者? 答えな」

「どっちでもないかな。あと――」

 私は空いた右手で、首に当てられた刃を掴み、大して力も入れずに遠ざけた。

「戦闘ならもう終わってるよ? ビットさんが負けたのに気づいてないだけで」

 ビットが横になっている間に、目に見えないほど細い繊維で部屋中にトラップを張った。もちろんゆるくね。触れてもわからないほどにね。
 で、それを察知できなかったビットは、思いっきり繊維を身体にまとわせながら私に接近したのだ。

 で、ビットが身体にまとった繊維を思いっきり締めつけたと。身体の自由が利かなくなるほどにね。見えない糸で縛られているわけだ。

「……っ! あっ、くっ……! がはっ!」

 お、すごい。
 現状に気づいたと同時に大声を上げて、仲間を呼ぼう……あるいは遠ざけようとしたな。

 でも残念、声も……というか首も封じている。キュッと絞めて声を封じてやった。

「大声厳禁。みんな寝てるから静かにね」

 まあ大声出しても助けは来ないと思うけど。
 夕食にひっそりと眠り草のエキスを入れたからね。
 宿屋一家とビットの連れ二人は、よほどのことがないと起きないだろう。ちなみにビットには入れてない。仕込む前に同室になることがわかっていたからね。

 さてと。

「じゃあ、洗いざらい吐いてもらおうかな」

 




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