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34.平凡なる超えし者、交渉を終える……
しおりを挟む少し離れた森の中に伏せていた連中も一緒に吊るし上げたので、都合ここにはカイランとビット含む七人の盗賊がいる。
うーん……全員拘束は解いているので、連中には「隙あらば」って感じで睨まれている。しかも何気に囲まれている。おい。注意しないからって堂々と剣の柄に手を伸ばすんじゃない。もう一発かますぞ。
まあ肝心の首領・カイランの心はすっかり折れているので、問題ないか。
頭がこの調子では部下は動けないだろう。
「見た瞬間から嫌な予感はしていたが……」
カイランは苦々しい顔をしている。
「何者だ? 精霊の類に近い存在であることはわかるが、それ以上はわからん」
へえ、そうなのか。
百花鼠ってやっぱり生物っつーより精霊って感じの存在なんだ。まあ幻獣と呼ばれる存在だからね。ただの生物ではないのは確かだろうね。そもそもを言えば生物ではなく植物に近いと思うし。
「まあまあ、私のことはいいじゃない。で、今度こそちゃんと話をしてくれると思っていいわけだよね?」
「ああ。俺の命はおまえにやる。だから部下は許せ」
「うん、まあ、そもそも君の命もいらないけどね。そういう用事じゃないから」
カイランはあまり変わらないが、完全に囲んでいる盗賊連中は少しほっとしたようだ。
お頭がコレなだけに、部下どもも自分の命を捨ててでもカイランを生かしたいと思っているのかもしれない。少なくともビットはそうだったからね。
「でも用件を話す前に確認するわ。君ら盗賊団じゃないよね?」
「いや、盗賊団だ。間違いなくな」
「あっそう」
面倒だから回りくどい答え方しないでほしいんだけどね……やれやれ。
「じゃあ何専門で誰相手の盗賊なの?」
この二度手間感ったらないなぁ。自己申告してくださいよ。めんどくさい。
「……盗賊相手の盗賊だ」
あ、そういう方向か。これで色々辻褄があったな。
隣国の盗賊が減った理由は、カイランたちが狩りまくったからだ。
そういう毒をもって毒を制す的な、いわゆる義賊みたいな活動をしていることを知っているから、この国は兵隊たちをまだ動かしていない。一般人に危害を加える心配をしていないのだろう。
それに逆に言うなら、「盗賊専門の盗賊が、獲物のいないこの国に来た理由」は、確かに気になるところだ。できれば目的は知りたいだろう。災いをもたらしに来たのか災いの種を狩りに来たのか、どちらの可能性も考えられる。
淀みがないのは、自分たちは悪党ではあるが必要悪でもある、という誇りもあるのかもしれない。
きっと多くの人を殺し、また多くの人を助けてきたんだろうね
悪をさばく悪か。かっこいいねぇ。
「この国に戻ってきた理由は? 指名手配されてることは知ってるでしょ?」
過去、同族を殺して逃げたことで指名手配されているはず。まあ今は盗賊の頭としても追われる身なのかな。
「遠くへ行こうと思っている。この辺には俺たちの餌がなくなってしまったから」
えさ? ああ、近場の盗賊は狩りつくしちゃった的な意味ね。
「もうこの国に戻ることもないと思う。だからその前に、一目弟に会いたいと思ってな。唯一の肉親だ」
クルスか。
「弟ね。居場所はわかってる?」
「王都の魔法学校にいるはずだ」
「一緒に連れて行くの?」
「わからん。あいつが望むならそうする。生き方が決まっていない、将来への希望もないようなら、連れて行ってもいいと思っている」
そうか。ゲームでもそんなことは言ってたなぁ。
クルスが将来的に何をどうするって決めてないから、「一緒に来い。一緒に世界を変えてやろう」的なことを言うんだよね。
「人狼族は戦闘に特化している。老いた狼ならまだしも、若い頃は平穏に身を置くのは性に合わん」
ふうん。まあそれはどうでもいいけど。
「まして俺たち兄弟は、金狼と銀狼の血を引いている。どちらも生粋の人狼の戦士だ、生まれながらにして闘争心が強い」
ああ、それもどうでもいいですよ。
「だいたいのところはわかったわ。それじゃ今度は私の用事を話すね」
話すことと言えば、さっきビットに話したまんまである。
「……つまり、俺の幼馴染が俺に会いたがっている、と?」
正確に言うと「死んで欲しくない」だけど、まあ間違っちゃいないと思うからそれでいいと思う。
「誰だ?」
「それは会ってからのお楽しみ」
部下たちが聞いてるこの状況で、下手にクローナの名前は出せない。逆恨みとかしてクローナに害が及ぶと最悪だからね。
「そういうわけで、付いてきて欲しいんだけど。偶然にも目的地と同じ王都までね」
薄汚い盗賊団のカイランだったらともかく、このカイランだったら会わせてもいいと私は思うよ。超イケメンだし。
「今、目立たないように集団行動してるでしょ? それよりはカイランくんが単独で来てくれた方が、より目立たないと思うしとにかく早いと思うよ。弟のこともその幼馴染が知っているから、会うのに手間取ることもないだろうし」
「どの道従う以外の選択ができない」
お、ここに来て結論が早いな。
「部下の命?」
別に取る気はさらさらないけど、カイランは自分の命で部下の命を救えと条件を出しているからね。
「ここまで苦楽を共にしてきた。家族も同然だ。誰一人として失いたくない」
ふうん。
「家族が大切なら真っ当に生かしてやれば? みんなカイランくんに付いてくるっつーなら、尚更盗賊なんてやめて堂々と生きればいいのに」
「それができないからこうなんだ。真っ当にやるには少々手を汚しすぎた」
……そっか。私にしてはちょこっと突っ込んだことを言っちゃったみたいだな。あんまり人の事情に首を突っ込むのは好きじゃないんだけど。
「じゃあまあ、それでいい? 来てくれる? 嫌って言うなら引きずっていくしかなくなるんだけど」
「それでいい。話に乗った方が色々と早そうだ」
だよねー。それは私も思うわ。意外と利害が一致してるんだよね。
カイランは王都に行きたいけど、回り道をしながら集団行動を取るよりは、一人でさっさと王都に行ってクルスに会いたいところだろう。
こうして迎えが来た以上、リスクを無視して話が早くなるのは仕方ないことでもあるしね。
もちろんカイランは、王都で兵士に引き渡される可能性も考えているはず。私の話や条件を全部信じているわけでもないと思う。そこまで甘くはないだろう。
ま、これも己の身体能力と戦闘能力の高さを自覚しているからだろうね。
要するに、「部下を守りながら私と戦うのは無理」と判断している。
そして自分一人ならいくらでも逃げ切れる自信がある、とも判断している。
追いかけるよりも追われたいタイプの私なので、別に追いかける気はないけどね。
クローナと会った後は好きにすればいいよ。
それまでは何があっても逃がす気はないけど。
気に入らない連中だったら全員有無を言わさず捕まえてもいいかなーとも思ったけど、これなら放っておいてもよさそうだし。
そろそろ結論を出してもいいだろう。
「じゃあ今から出発しようか」
疲れ知らずのネズミの身体と、身体能力が高い人狼のカイランだ。突っ走れば明日中には王都に到着するだろう。
「少しだけ時間が欲しい」
「相談? 早めに済ませてね」
さっきからずーっと私睨まれてるし。囲まれてるし。邪魔臭いから連れてってくれ。
少し離れたところで「危険だ」とか「全員であいつを」とか静かな夜の中から聞こえてきたものの、無事話がついたようだ。
「行こう。どこにでも連れて行け」
よし、カイラン確保。
部下たちもちゃんと納得したのか、お頭を一人で送り出す。
さて王都へ向かうぞ――っと。
その前に、一つだけやっておきたいことがある。
「ねえねえ」
二人して夜から走り出し、ちょうど朝陽が上り始めた頃だ。
お互い息も切れていないし、疲れてもいない。
走りながら結構色々話し込んだりもしたが、今回ばかりは立ち止まる。
「なんだ?」
軽快なフットワークのカイランには、少しの疲労も見えない。うーん……なかなかちょうどいいのかもしれない。
「王都は目と鼻の先だし、ここから先は旅人や商人と擦れ違ってもおかしくないから、その前に一つやっておきたいことがあるんだ」
「やっておきたいこと?」
「うん」
一度、ちゃんと計測はしておくべきだ。
この後にも何度かボスキャラと遭遇することは、可能性として低くはない。
「ちょっと私と戦ってみてくれない?」
今、自分がどれだけ戦えるのかを確認しておきたい。ボス相手に一人でどこまでやれるのか確認しておきたい。
もちろん、植物の力はできるだけ使わない。
使えば確実に勝てるのはわかりきっているし、植物の力とカイランは特に相性がいいからね。
こういう敏捷性の優れたタイプは捕まえてしまえばひどく脆く、植物の力は捕らえることが得意だ。繊維とか巻きつければ本当に一瞬だぞ。
正面切って戦う機会もそんなにないとは思うが、いざという時にぶっつけ本番でやるのも不安が残るしね。
この状態での戦い方も色々とイメージしてきているし、一度は試しておくべきだろう。
「殺す気でやってくれると嬉しいな。どうせ死なないから」
この状態でボスを単独撃破できれば、この先も安心ではあるんだけどね。
立ち止まった私を見ていたカイランは、笑った。
凶悪に。
凶暴に。
冷酷に。
銀色の髪を静かな怒りで逆立て、金色の瞳から冷気のような冷たい殺気が漏れ出す。
「……人狼を、あまり舐めるなよ」
あー……
植物なしでの単独撃破は、ちょっと無理っぽいな。
足手まといがなくなったカイランくん、ガチで強いわ。
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