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35.平凡なる超えし者、一仕事終えて眠りにつく……
しおりを挟むうーん。
6発は回避できたけど、残りの77発が命中か。
ラッシュの速さが尋常じゃないのは動きの端々からすぐわかったけど、その「速度」をちゃんと自分のものとしている時点で、やっぱり相当強い。
というかアレだ。
「多すぎるだろ」
10発くらい殴ったところで、だいたい結果は見えただろう。
そのあとの追い討ちの多さたるや、個人的な恨み妬み嫉みがあったんじゃないかと疑いたくなる。
「うるさい。早く立て」
聞きました奥さん? 気遣いゼロですよ?
「生身だったら死んでたわ」
すっかり打ちのめされて見慣れた青空を見上げていた私は起きた。服も身体もボロボロだ。開戦から5分も経ってないのに。
「嘘をつくな」
こんだけ殴っておいてよくもまあ不満げな顔できるね。カイランくんよ。
「これだけやっても仕留められた気がしない。現に急所はすべてかわしただろう」
まあ、防御はしましたが。
「普通の人なら余裕で防御も体制も崩せてるからね。仕留めたも同然だと思っていいよ」
このネズミの身体じゃなければ、受けている段で痛みであれ物理的な故障であれガードブレイクされたはずだ。
生身ではこんなに耐えられるものではなかった。それくらいのラッシュだった。なんとか百烈拳をそのまんまって感じで。骨も全身バッキバキだったわ。骨ないから折られずに済んだだけだ。
「……腹の立つ女だ」
なんでだよ。散々殴ったくせに。
「終始いつでも勝てるような顔でいやがって。言っておくが俺は本気で殺す気だったぞ」
まあ確かに、勝とうと思えばいつでも勝てたけどさ。
「それくらいで勘弁してよ。私結構傷つきやすいんだから」
「嘘をつくな」
だからなんでだよ。
乙女心はデリケートって相場が決まってんだろ。私の心もウエハース張りにもろく割れやすいっつーの。ガラスより強度ないんだぞ。サクサクしてるし。
ま、それはともかくとしてだ。
百花鼠の力があれば、この先もあるかもしれない単独ボス撃破は普通にこなせそうだ。
カイランの場合は相性が非常によかったってのもあるけど、逆に考えると「百花鼠にとって相性が悪い相手」ってのが極端に少ないんだよね。
候補としては、強いて言えば遠距離攻撃型か炎を使う相手が苦手かなーって感じになるけど、それも対策くらいいくらでも立てられる。それほどまでに万能な能力だと思う。
よっぽど戦い方を誤らなければ、そこらのボスキャラなんて足元にも及ばないくらいには強いと、改めて実感した。
まあバトルジャンキーじゃあるまいし、戦う機会なんてない方が楽でいいけどね。
人前に出るのも、やっぱりできるだけ避けたいな。面が割れたり知り合いが増えると面倒も増えるし。
とまあ、そんな小さな諍いがあったりなかったりしつつ、ついに王都タットファウス王国が見えてきた。正確には外壁だが。
壁を越えてからは畑や牧場があるので、城下町から城まではまだまだ距離があるのだが。
身分証がない私と、指名手配犯であるカイランが近づけるのはここらが限界だ。下手に兵士に見られると面倒だし、壁を越えるには入国審査もあるからね。
平和な国なので、入国審査も入国税もだいぶ緩いし軽いみたいだが、片や身分証なし文無しで片や本物の犯罪者でしょ? 緩い軽いでも引っかかっちゃうから。
なので、ここからは私は化けなければいけない。
でも化ければカイランに見られる。正体を明かす気はないので絶対に見せない。
「ここらで待っててくれる?」
この先の同行はお互いにとってよくない。
カイランは万一にも兵士に見つかってはならない。ただでさえかなりのイケメンだから目立つし、揉め事は勘弁だ。
「わかった」
何を考えてるのかはわからないが、カイランはすぐさま承知した。潔いっつーか、よすぎるっつーか。
「つまらないこと言うけど、まだ逃げないでね」
「ああ。ここらにいる。たぶん木の上だ」
うん。まあ、それでいいや。
「じゃあ呼んでくるわ。そうだな……夕方まで誰も来なかったら、あとは自由にしていいからね」
クローナの都合もあるから、もしかしたら捕まらないってことも、意外とあるかもしれないし。ほら、王子様の冒険に付き添ったりとかもあるかもしれないし。
「おまえと連絡を取る方法は?」
「え? なんで?」
「知っておいた方が都合がいいからだ」
……えー。
「私はもう二度と会うこともないだろうって思ってるんだけど」
「連絡方法をよこせ。ここまで連れてきておいてこのままさよならは無責任すぎる」
マジか。無責任か。
私意外とその言葉好きなんだけど、……うーん……正面切って言われると、さすがに自分の胸に問いたくはあるな。
本当にそれでいいのか、と。
……仕方ないな。
「じゃあこれ」
と、私はスカートのポケットから出したかのように、三つの種を生み出し差し出す。親指の先くらいの大きさで、水分が少ない落花生みたいな茶色で細長い種だ。
「これを割れば、私を呼び出すサインになるから。よっぽど離れていなければ届くよ」
「空耳草の種か」
お、知ってるのか。
魔法の植物で、「空耳草」という植物の種だ。
薬にして対になるよう二つの金属に吹き込むと、互いで呼び合うくらいはできるというものだ。空メールを送り合える、みたいな感じかな。
もちろん私が生み出したものだから特別製だ。本来なら種単体にそんな力はないからね。
「必ず行くとは限らないから、それは承知しといてね。取り込み中だったり、遠すぎてサイン自体が届かないこともあるからね」
「ああ。過信しないようにする」
よし。これでもういいな。
「正直イケメンに引き止められてちょっと嬉しかったよ」
「早く行け」
嘘だろ……ちょっと心を開いたらこのざまだよ。これだからイケメンは。サクサクな私のハートが傷ついたぞ。
「いてっ」
自分勝手なイケメンのケツに蹴りをぶち込んで、私はとっとと王都に引っ込むことにする。ここ数日は働きすぎた。気分も悪いし厄介ごとを片付けて寝る。
ささっと王都に密入国し、魔法学校に侵入する。
人目を避けて高速移動するのも慣れたもんだ。
代わり映えのしない街や学校を横目に、まっすぐ貴族用男子寮へ向かい、キルフェコルトの部屋を訪ねると――
「――あっ」
開けっ放しだった窓から室内を覗けば、主は不在で、部屋の掃除をしていたメイドと速攻でバチッと目が合った。まるで待ち構えていたかのように。
「――もう! 勝手にどこか行かないで!」
ぐえっ。
ちょっ、力いっぱいの鷲掴みはやめようよっ。有機体だったら中身が出てるぞっ。あと今まで雑巾持ってた手じゃね? ……まあいいけどさ。
歓迎されないのも寂しいが、熱烈歓迎されるのもアレである。程々にやってくれるとありがたいんだけどなぁ。
すっかり愛玩動物みたいな扱いになっている気がするが、とにかく迷い猫が帰ってきて興奮している風の飼い主クローナに、カイランのことを伝える。ネズミの姿で思念を伝えるのは久しぶりだな。
「――見つかったの!?」
それどころか待たせてますよ?
「――いい? 絶対どこにも行っちゃダメだからね? いてね? 絶対にいてね?」
はいはいいますよ。つーか寝てますよ。
カイランのあれこれを伝えると、クローナは私にしつこーく念を押し、部屋を出て行った。きっとキルフェコルトを探して外出許可を貰うつもりなのだろう。
さて、これで私の仕事は終わりだな。
クローナとカイランがどんな話をするのか、どんな結論に至るのか。
それは私の知ったことではない。
カイランのあの様子なら、手当たり次第に人を傷つけるってこともないだろう。
たとえばクローナが捕縛目的で兵士を連れて行ったとしても、カイランは戦うことなく逃げると思う。そういう盗賊だからね。
それにすごく短い付き合いながらも、カイランが義理を重んじるタイプなのはわかってるし。
ああいうのは約束は守る。
盗賊らしく多少曲解はするかもしれないけどね。
よし。
仕事も終わったし、美女のベッドでゆっくり休むとしよう。
何気にちょっと恋しかったんだよなぁ。いい匂いするし。
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