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62.平凡なる超えし者、認めたくなかったのに……
しおりを挟むそれは一言「異様」と呼ぶべきものだった。
「――見た!? ねえ見た!?」
「――見た! つか見てきた!」
「――あれヤバイよね!? あれヤバイでしょ!?」
闘技場の入り口でチョコバナナをかじり、隣の屋台で渋めのお茶を購入する。
甘ったるいものと飲み物。この隣接は狙っていたとしか思えないコンボにやられ、脇に避けて消化していると。
人ごみで疲れて小休憩、みたいになっている私とおじいちゃんの横で、女子の集団がはしゃいでいた。
見るともなしに見ていると、二人、三人と合流し、どんどん増えていく。
その数、あっという間に二十名を超える団体となっていた。
この学校の制服を着ているものが半分、私服が半分くらいの比率だろうか。
ただ、年代は十代前半から後半までって感じなので、もしかしたら全員この学校の生徒だったりするかもしれない。
「姦しいの。なんじゃ?」
おじいちゃんも気になってきたようだ。うん、私も気になる。
「出場者のファンじゃない?」
女だらけで、闘技場の中から出てきて「見た」だのなんだのはしゃぎ、そして何より黄色い声援。
この世界でも、アイドルだの俳優だのの女性ファンは同じノリみたいだ。
「ふむ? ……おまえさんちょっと聞いてこい」
「え、私が?」
「気になる情報は耳に入れとかんとな。何がどう関係してくるかわからんじゃろ」
ああ、護衛目線ってやつですね。お仕事大変ですね。
「よし任せろ」
私は護衛じゃないけど確かに少し気になるので、聞いてみよう。
……若干嫌な予感もするし。
我が兄のことで盛り上がっている可能性も、考えたくはないが、一応、ある、かもしれない、わけだし。
残っていたチョコバナナを口に詰め込み、ウーロン茶っぽい渋みのある紅茶で流し込み、串とコップを任せて女子の集団に近づく。
「ねえねえ見たー? いやらしい目線で見てみたー?」
さりげなく集団に混ざってみる。
何人か私を見たあと、力強く頷いた。
「見た見た! 超いやらしい目で見た!」
「私も見た! あの長い足とか超なめたい!」
「なめっ……ちょ、それはアレじゃね!? せめて頬ずりから始めない!?」
「私は命令されたいっ! 耳元でささやくように罵られたいっ!」
お、受け入れられたようだ。
……だが、うっかり深入りはやめとこう。一部の女子の性癖が進みすぎてて怖い。
ああだこうだキャッキャ言いながら盛り上がる集団に、なんやかんや曖昧に「へー」とか「ほー」とか相槌を打ち、口々からこぼれるキーワードを拾ってみる。
そして絶望する。
仮面。
謎の仮面の美女。
すらっとした超スタイルのいい謎の剣士。
決定的だったのは、
「ああ、サンライト仮面様っ! いったい誰なのかしら!?」
…………もう確定でしたわ。名前そのものが出ちゃうっていう。
急に気分がげんなりしたのは、急いで食べたチョコバナナが胃に重たかったからでは、決してない。
「――だってさ」
そそくさと現場を離れ、待っていたおじいちゃんに仔細を伝える。
あんまり身内の醜態を話したくなかったが、そういうわけにもいかない。
……とにかく今私ができることは、徹底的に、徹頭徹尾に、他人ですって主張することだけだ。
なんの関わりもありませんよ、と。
絶対に、絶対に関係ありませんよ、関係者だなんてとんでもないですよ、と。
「謎の美少女剣士、な。……今時の若い者はわからんな」
ご安心ください、ご老体。若い奴でもわかりません。
「そういうけったいな生徒が出場しておることは聞いていたが、まさか予選を通過するとはのう」
あ、それは私も気になった。
お兄ちゃん、マジで午前中の予選会を勝ち抜いたらしい。
で、その時の勇姿が、早くも女子たちの心を鷲掴みにしてしまったようだ。
「とか言いながら、身辺調査は済んでるんでしょ?」
昨日の夜、キルフェコルトが言ってたからな。どうせ調べたのおじいちゃんたち隠密だろ。
「フン……名を変え顔を隠して出場など、刺客と疑われても仕方あるまい」
そりゃそうだ。
「ちなみに誰なの?」
「聞かん方がええ。身分のある方じゃからの」
……なるほど。
一応裏を取ったつもりだったんだけど、この返答だと、お兄ちゃんに間違いなさそうだ。正確にはアクロディリアの姿のね。
ただ、そう考えると、ちょっと引っかかるな。
クローナが言っていたけど、アクロディリアみたいなスタイルが良くて髪さらっさらな金髪美女、早々いないだろ。
なのにあの女子の集団は、誰一人正体に気づいていなかった。もしかして、って話もまったく出てなかった。
あるのかね? そんなこと。
だいぶ目立つと思うんだけどね。アクロディリア。
顔隠したくらいでわからないってことはないと思うんだけど。
……ま、百聞は一見にしかずか。
「おじいちゃん、私そろそろ入りたいんだけど。おじいちゃんは来ないよね?」
「あ?」
「護衛でしょ? お偉いさんたちの傍にいないとまずいんでしょ?」
「……ぬう」
唸るなよ。すっごい悔しそうに。
「大抵のことよりおまえさんを放置する方が危険だと思うが、……まあ、仕方あるまい」
はいはい。どうせ自分は去るけど監視とか付けちゃうんでしょ?
変な演技しないで素直に「付けるよ」って言えばいいのに。これで監視が外れるなんて思えるほど緩くないし。
絶対撒くけど、好きなだけ付けたらいいさ。
睨むおじいちゃんを残して、私は闘技場へ向かう。
出入り口付近は人が多いものの、入ってしまえばそうでもないな。周りを見通す余裕くらいはあるようだ。
「一口銀貨一枚から! 一口銀貨一枚から!」
うわ、賭けも公認でやってんのか。
いや、学校公認ではなく、商業系の専門家と提携かな? 取り仕切っている男の身なりはしっかりしているし、ボディガードも従えているし。
まあ国が違えば賭博法も違うだろうしね。こういうのも祭りの一部なのかもね。
賭けは盛況のようで、掛札がバンバン売れているようだ。
壁に張り出されているトーナメント表を、何気なく覗いてみると……ああ、いるわ。いるなー。
知っている名前もちらほらあるけど、それより何より目を引くのは、例の謎の美少女剣士サンライト仮面の名だ。
本当にその名前で登録しちゃってるのか。恥ずかしい。
しかも本当に本戦出ちゃうのかよ。
王族の前に躍り出ちゃうのかよ。身内じゃなければ笑い話で済むのに、いらん心労をかけやがって。
さっき情報収集した女の集団といい、賭けの云々を語りあっている賭け事が好きそうなおっさん連中といい、思ったより受けは良いみたいだが。
でも私からすると、だいぶ、キツイなぁ。
……控え室、見に行ってみようかな。
いきなり本番で見るのも、こう、心臓に悪そうというか。
あんまりひどいアレだったら、身内として、大衆の目に触れないよう処理したいというか。
異世界人たちに迷惑を掛けるような真似を、妹として許容できかねるというか。
まあ、あれだ。
漏れ聞こえる話では、そんなに評判は悪くないみたいだし。
そんなに、こう、身内の恥ーっていう感じは、あんまりないかもしれないし。
気楽に構えてちょこっと覗きに行ってみよう。
そして私は驚愕するのだった。
「え、うそ……!?」
不覚にも、ときめいてしまった。
生徒一般騎士問わず、十名を越える参加者たちの中で、一際異彩を放つ人物。
おとなしく壁に寄りかかり、腕を組んで佇むその姿。
その場にいる誰よりも輝き、誰よりも目立ち――
誰よりも、かっこいい。
男装の麗人というべきか、それとも男装っぽく見せた女性の格好なのか。
どちらでもあり、どちらも捨てておらず、ちょうどその中間にいるかのような。
私の頭には、瞬間的に、ラスカルとかマジカルとかジャッカルとかクリスタルスカルとか、そういった感じのなんとかカル的な名前が、真紅の薔薇が散り行く様のごとく舞い踊った。
いや、すごい。
お兄ちゃん、いろんな意味で仕上げてきたな。
全身黒だ。
裾の長い黒の革コートをしっかりと締め、足元も黒い編み上げブーツで固めている。手も黒の革手袋だ。
小物はシルバー系で統一し、唯一の差し色はハスケットハットに飾った赤い羽根。おお、帽子まで用意してんのか……
そして、仮面。
ジェイソン張りのホッケーマスクかと思えば、これも黒い革の、目元だけ隠すタイプのマスクだ。映画で見たゾロを髣髴とさせるアレだ。
いや、すばらしい。
アクロディリアの美貌があってこそ絵になる姿というか、男がするのとは違う妙な色気があるのは確かだ。
女子たちがきゃーきゃー言うのもわからなくはない。というかむしろよくわかる。見慣れていなければなお刺激的だろう。
そう、わかる。
あれは、あやしいのも含めて、魅力なのだ。
口元だけ露出した肌の白さは、全身黒い衣装と相対的に返って際立ち目を引く。
嫌でもシャープな顎のラインとわずかに覗く首筋の造形美に気づく。
そして、最高級の芸術品に、薄く桜色に染まった唇があるという妖艶さ。
知らず目で追い、惹かれるのも、非常によくわかる。
隠すことで引き立つ美貌の一種と言えるだろう。
しかし何より驚いたのは、帽子の下にまっすぐ伸びた長い黒髪である。
何をどうしたのか知らないが、あの美しい金髪が、今は真っ黒なのだ。
そりゃあの姿を見てアクロディリアとは結びつかないだろう。印象がまったく違うから。
…………
どうしよう。兄がかっこいいヘンタイになってた。どうしよう。
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