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63.平凡なる超えし者、初戦を見守る……
しおりを挟む仕上がった兄アクロの姿を確認したので、そっと控え室を離れた。
さて、こうなってくると、そこそこ強いことを祈るばかりだ。
あれだけ気合の入った格好をしていて弱いとか、ちょっとあってはならないことである。
まあ予選を勝ち抜いてきたんだから、それなりにできるとは思うけど……まあその辺も含めて見守るとしよう。
人に揉まれながら、客席へとやってきた。人気イベントだけに人が多いな。
うーん……出遅れたというか、熱心なファンが多いってことだろう。
かなり大きな闘技場なのに、客席は八割埋まっている。
そして当然のことながら、前列は完全に埋まっている。ギチギチに。あれは割り込めないなぁ。
最後列くらいしか座れそうにないが、闘技場の形がすり鉢状なので、見れることは見れそうだ。だいぶ小さくだが。
あっちの空いているスペースは、きっと貴族用だろうなぁ。貴賓席ってやつだ。それに騎士が何人か立っているので、王様が座るのもあの辺かな。
あっちに行くのはまずいだろうな……紛れ込める気がしない。
……いや、意外といけるかも。
私は一旦来た道を戻り、貴族用の席に続く出入り口から入りなおした。
「こんにちは。隣いい?」
「は?」
振り返った少女は、かなり訝しげな顔をしていた。
「……誰?」
ああ、そうね。私が一方的に知ってるだけだからね。今は。
「こういう者だけど」
と、私は差し出した手から、一輪の薔薇を出して見せた。
「……あっ。あのネズミの飼い主?」
飼い主? ……ああ、いや、そうね。ネズミと同一人物とは普通思わないか。
――そう、私が声を掛けたのは、アクロディリアである。小さい姿の。
貴賓席の片隅に、所在なさげにポツンと一人座るアクロディリアを見つけたので、こうして声を掛けてみた。
これだけ余裕のある席なのだ。一人増えたところでなんでもないだろう。
それに、かなり寂しげだったってのもある。
あと周りの身なりのいいおっさんとかがだいぶあやしい目で見ていたってもある。子供とはいえ今のアクロディリアの美貌もかなりのものだからね。もうスネ毛も生え揃ってるだろういい歳のロリコンどもめ。ノータッチだぞ。視線がすでにアウトだぞ。犯罪だからな。
「メイドは一緒じゃないの?」
「あなたが誰であれ、まだ座っていいって言ってないんだけど」
おっと厳しいな。
でも勘弁してくれ。
門番みたいな騎士が見てるんだよ。
「知り合いが中にいる」って言って入ってきたから。ここで「知らない奴ー」みたいな反応されたらつまみ出されちゃうよ。
「まあまあいいじゃない。知らない仲じゃないんだし」
「思いっきり知らないんだけれど……」
「まあまあ、まあまあ。一人でいるよりは気が紛れるでしょ? ないよりはマシの置物程度に思ってくれればいいよ」
アクロディリアの今の立ち位置って、かなり難しいからね。
元々の知り合いに素性は話せないし、知り合いを作るのもダメだし、今のアクロディリアは人と接すること自体も忌避しているような罪悪感の塊だし。
「……女性とは思わなかったわ」
「はは。まああのネズミが君に見つかったのは偶然だからね」
そう、本来ならこの接触もなかっただろう。シッポを掴まれたから隠れるのをやめただけに過ぎないし。
「あのネズミはなんなの?」
「興味あるの?」
「……聞いておいてアレだけれど、あんまりないわ」
それはよかった。聞かれても答えようがなかったし。
アクロディリアは、声を掛けてきた理由を聞かれなかった。
まあ貴賓席に乗り込んできた理由なんて、そこかしこで混雑している一般席を見れば一目瞭然だからね。
そして、お互い名前も素性も聞かない。
色々と面倒臭いことになっているアクロディリアだけに、知らない人と会話するのは避けたいのだろうと思う。私も面倒だから聞かないし言いたくないし。
「メイドは、今日はお休みよ。故郷から家族が来ているから、家族と学園祭を見ているはずよ。どこかにいるかもね」
あ、そうなんだ。レンの家族が王都に来ているのか。
……あれ?
レンの家族、っていうか、弟は病気じゃなかったっけ?
アルカが治すイベントがあったはずだけど。
いや、疑問はそこじゃないな。
今ここに家族が来ているっていうなら、すでに治療済みってことでいいんだろう。
「聞いた? 謎の美少女剣士のこと」
「……その話はしたくないわ」
あ、知ってるわけね。出てるの。ああそうか。だから客席で見守ろうとしていたわけか。アクロディリアは闘技大会なんてあんまり興味なさそうだもんね。
それからしばし取りとめのない話をしていると、高らかに響くラッパの音が空高く広がって言った。
喧騒を吸い込むように消えた音の後、ついに王様が現れた。
ほう。あれがこの国の王か。金髪の渋いおっさんだ。
あんまりキルフェコルトに似てないな。むしろウルフィテリアに似て……あ、あっちは似てるわ。
並んで座るところを見ると、あれが王妃かな。赤毛でやや背の高い、なかなか目線がキツめの美女である。そうか、キルフェコルトはお母さん似か。
それから、ぱらぱらと出てきたのは王族連中かな。あ、ラインラックもいる。国賓扱いってことかな。
静まり返った会場に、王の声が魔法で拡張されて放たれた。
「――研鑽を重ねた闘技を見よ。いずれこの国を作る若人の力を見よ。悩みも苦心も一時忘れ懸命なる人を見よ。その勇姿を心に刻め。彼らがいるから明日のタットファウスがあるのだ」
短い挨拶の言葉に歓声が上がる。おお、さすがこの平和を維持する国の王。庶民人気すげーな。
こうして闘技大会は始まった。
闘技大会だけになかなか面白い。
剣技ではなく闘技。剣以外の使い手も出るのだ。もちろん攻撃魔法もOKだ。まあ、さすがに刃は潰してあるようだが。
驚いたのは、攻撃魔法に制限がないことだ。
こういう大会では、殺傷能力が高すぎる魔法は禁止されたりするものだが、ここにいたってはNGがないらしい。
そういえば、ゲームではそうだったな。
まあ、あれはどんなに強い攻撃食らわせたって、相手を殺すような流れにはならなかったからね。最強の火魔法とか相手どころか周囲まで累が及びそうなのに。
そのルールをリアルに適応してどうすんだ、と思いこそすれ、意外と不都合もないのかな?
だって一対一で戦うんだから。
そりゃ相手が強力な魔法を使いそうなら必死で潰すし、魔法使いだって相手の攻撃をかわしながら魔法を放つことになるのだ。フリーになる時間がまずないからね。攻撃をかわし続けるほど体術できるのかって話になってくる。
そう、一対一の時は、小技が生きてくる。
大技に繋がる小技がね。
「野蛮ね」
アクロさん辛辣ですね。まあ貴族の女性からしたらそんなもんかもね。
そんな野蛮な見せ物が続き、ついに時は来た。
「「キャーーーーーー!!」」
ついにヘンタイの出番が来てしまった。ついに公に出てきてしまった。しかも御前試合に。
……うーん。
太陽の下で見ても、やはり妖艶だな。違和感半端ないけど、あれはあれでいいと思う。
「すごい歓声だね」
向こうの最前列の一角に溜まっている女子たちは、完全に兄アクロ目当ての客だろう。
「……」
うわ……本アクロさん、すっごい苦々しい顔してる……ゴーヤ丸かじりしたような顔してる。
「ん?」
対戦相手の冒険者っぽい男と向かい合い、舞台に立つ兄アクロは――ふと、妙なポーズを取った。
「――サンライト仮面……見参!!」
おい何言ってんだヘンタイっ。
「「キャーーーーーーーーー!!!!」」
きゃーじゃねえわっ。あれかっこいいか? あれかっこいいかっ?
あろうことか、ヘンタイお兄ちゃんはこの大舞台で、思いっきりジョ○ョ立ち風のポーズをキメて見せた。おい。おいっ。いいかげんにしろよヘンタイっ。冗談は格好だけにしとけよおいっ。アクロディリアがかわいそうだろっ。身体の使い方考えたげてっ。
「……」
アクロさん白目むいてるっ。
「……」
対戦相手の冒険者ひいてるっ。
「……」
「……」
あ、王様と王妃は楽しそうだわ。なんか楽しげに見てるわ。それだけが唯一の救いか。
完全に異質、完全にイロモノの登場だった。
しかし、だ。
「……あ」
歓声は、なかった。
王族がやってきた時のように静まり返った会場。
そりゃそうだろう。
何せ、謎のヘンタイ美少女剣士サンライト仮面は、ただの一振りで勝負を決めたのだから。
それも、刃を潰し鈍い輝きを放つ剣を、光る剣に変えて。
「そ、それまで!」
試合開始から、わずか数秒の出来事だった。
真っ向からぶつかり合った末、兄アクロが普通に強烈な攻撃を当てて相手を倒した。たぶん失神したのだろう相手は、倒れて動かない。
試合終了の声が掛けられると、ヘンタイは帽子を取り、大仰に礼をした。
――今度の歓声は、王様の挨拶より大きかった。
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