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72.平凡なる超えし者、出発……の前に呼び出される……
しおりを挟むマイセンは、ここ王都から馬車で三日ほどの場所にある、迷宮都市である。
いわゆる「ダンジョンの街」だね。
ゲームでは、マイセンの街には寄れなかったけど、ダンジョンには入れた。確かゲーム中盤くらいの冒険フィールド扱いだったはず。
ダンジョン内にしか生息しない草花。
無限に現れるモンスターのドロップ品。
なぜか時々発生する宝箱。
などなど、偏りはあるけど無制限の資源が約束された地、となるようだ。この世界のルールでは。
そんな場所を中心にして、人が集まり、街となった。
それがマイセンだ。
攻略キャラであるラディアス・マイセンのお父さんが治める地であり。
マイセン家は、何代か前の一冒険者がダンジョンで活躍し名を馳せて騎士の称号を貰ったという、いわゆる成り上がり……いや、立身出世の野望を叶えた家系である。
――と、いつか読んだ本には書いてあった気がする。攻略キャラ付近のことだったのでよく憶えている。
幸か不幸か、あるいは何かの予定調和の内なのか。
これから起こる「謎のモンスター大量発生」が、まず襲うのはマイセンだ。
ダンジョンの街、マイセンだ。
つまり、ダンジョンで生計を立てている冒険者が多数腰を据えている街。
なんなら兵隊もいるだろう。
領主にいたってはバリバリの騎士でもある。かつての武勲にすがっている二世三世貴族とはわけが違う。
おまけに領主の息子三人は、二人は現役騎士で末っ子はまだ学生だが、誰もが認める実力者である。
要するに、ある程度はモンスターの進行に対抗できる戦力がある、ということだ。
もし私が間に合わなかった場合、止める間もなく進行が始まった場合でも、被害は最小限になるだろうという保険が付いた。
まあ冒険者は死ぬかもしれないが、一般人が逃げるだけの時間稼ぎもできるだろう。
仮に私が動かない未来があったとしても、だ。
時間さえ稼げれば、王都から援軍を呼んだりもできるしね。
この世界には「転移魔法」という、瞬間移動が可能となる無茶苦茶な便利魔法があるから。
まあ、使い手は国レベルで隠匿されているらしいけど。
魔王一派と別れ、ネズミの姿で寮に戻ってきた。
クローナは……不在か。キルフェコルトと一緒に外回りだね。
いつ戻るかわからないから、待たずに出ることにしよう。本当に一秒でも早い方がいいだろうからね。
小さな机の上に果物を少し出してから部屋を出た。
これは置き土産で、しばらく帰らないよ、という意味の合図である。一応二人だけで通じるサインを決めといたんだよね。嫌がるクローナの耳に無理やり入れといた。身体は正直だからなぁ、嫌がってもこれで意味はわかるだろへっへっへっ。
さてと。
まずマイセンに行く必要がある。
発見された小さな遺跡の詳細がわからないけど、それはここで調べるより現地で調べた方がたぶん早い。
となると、さっさと行くのが正解だ。
ただ、移動手段がなぁ。
時間が惜しいので、どうしても転移魔法陣を利用したい。
利用する方法を考えると……確か、旅行会社という定義で一般に向けた転送魔法陣サービスがあると本にあった。一番簡単なのはお金を払って飛ぶのがよろしい。
ただ、私はネズミだからね。
人型にしても、完全に不法入国者だしね。身分の証明ができないから、正規のルートを利用するのはハードル高いな。
じゃあ、次点の候補である冒険者ギルドから?
いつかのように、誰かにくっついていくのも手だね。
……博打すぎるか。行き先が同じ人に連れてってもらうとかヒッチハイクだもんね。
とりあえず城下町に出て、冒険者ギルドに向かいながらアレコレ考えてみたところ――
「…?」
呼ばれた。
久しぶりに感じた、空耳草の種が割れた感覚だ。
発信されたサインの場所は、ものすごく近い。
これは間違いなく、大酒姫ゼータからの呼び出しだろう。
先日おつまみ要員でまた会いたい的なことを言っていたから。たぶんなんか酒の肴が欲しくなったのだろう。
というかそれ以外の人と言えば、カイランくらいしかいないからね。そういやカイランは王都から離れたのかな? まあ残る理由もなさそうだしな。
そうだ。
マイセンにはゼータに連れてってもらおう。
一応お金もあるし、お金になりそうな物もあるし。敵対はしてないし。交渉くらいはできるだろう。
よし、善は急げだ。さっさと行こう。
サインがあったその場所は、大通りから少し入ったぼろっちい一軒屋だった。
随分年季の経った小さな一階建て……まあ一人暮らしにはちょうどいい1DK的なのかもね。同じような家がたくさんある区画なので、場所的な治安も悪くなさそうだ。
間違いなく、サインはあの家から飛んできた。
「こんちわー」
人型となった私は、バーンとドアを開け放ち、家人へ挨拶した。
「ようやく会えたな」
「さよならー」
「待て」
飛び込んだ勢いそのまま回れ右したけど、残念ながら捕まってしまった。
「なぜ逃げる?」
「いやあ、これ以上関わると面倒臭いかなーと思って」
「無視した理由もか?」
「ほらー、こんな風に言われちゃうでしょ? 言われたくないなーと思って」
――ドアのすぐ向こうには、見覚えのある銀髪イケメンのカイランくんが待ち構えていましたとさ。
「いやあ久しぶり元気だった? あれ以来だから少し心配してたんだよー」
軽妙に軽口を叩く私を、カイランは冷たく一蹴した。
「白々しい」
あ、はい。
まあでもそりゃ白々しいだろう。だって本当に心にもないこと言っているから。カイランくんならどこ行っても平気だろとしか思ってないし。
「まだ王都にいたんだ」
「ああ。爺さんに捕まったからな。少しだけ付き合ってやっている」
じいさん? ……というと、あのじいさんしかいないか。
「といっても、そろそろ出発するがな」
と、カイランは私を離した。ドアを閉めて私を奥へ促す。
「最後にどうしてもおまえに会いたかった。だからおまえの臭いがするゼータと接触し、今ここにいる」
そうか。人狼の鼻はごまかせないか。決して私がくさいわけではないし。決して。奴の鼻が優秀なだけだし。ええ、決して。
「久しぶりだな、鼠」
奥……といっても狭い家なのですぐそこだが、テーブルに着いているゼータがいた。あ、酒入ってるな、この感じ。
テーブルと、あとはベッドと台所くらいしかない。
人も、二人入れば充分、三人だとやや手狭かもしれない。
「早速だが出してもらおうか」
へいへい。呑んだくれに掛かれば幻獣だっておつまみ出す奴程度の認識ですよ。
…………あっ。
「バレた?」
「ああ。ゼータに聞いた。幻獣と言われれば色々納得できた」
おい。
「そこの酔っぱらい。こら。個人情報を漏らすなよ」
「あ? ああ、すまん。鼠のことを知っていたし、同じ種を持っていたから知っていると思って」
というか、なんか違うな。ゼータの反応。
うっかりポロリしてしまった奴の罰の悪い反応じゃないな。
カイランに「知らなかったのか?」と今聞く辺り、私が責めたこの状態でも、ゼータは自分が秘密を漏らした自覚がないみたいだ。
これは……そうだな、カイランがうまーいこと話を誘導して聞き出したのかもな。言葉巧みに。
「そうやって何人女を騙したの?」
「急になんだ」
……今さりげなく目を逸らしたな。こいつ何気に前科ありそうだな。女の敵め。……なぜ私を口説かないのか。一度でいいし冗談でもいいから一度くらい口説いてくださいよ。
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