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73.平凡なる超えし者、マイセンに出発する……

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「鍋でも作るか。鼠も食っていくか?」

 見た目に寄らずお料理上手なゼータが立ち上がろうとするのを、私は手で制した。

「ごめん、ちょっと急ぎなんだわ。先に私の用事を聞いてくれないかな?」

「急ぎの用事? 私に何かできるのか?」

 お、協力してくれそうだな。

「マイセンまで送ってくれない? 転送魔法陣で」

「マイセンだと」

 私の言葉に反応したのは、カイランの方だった。

「今は、マイセン行きの転送魔法陣は使用禁止だぞ」

 なんですと。

「ふむ……」

 ゼータも何か思うことがあるのか、形のよい顎をさすり思案する。

「話が込み入りそうだな。二人とも座れ」




 狭いテーブルを囲み、まず。

「これは上位の冒険者のみに知らされている情報だが」

 ゼータが、キセルに煙草の葉を詰めながら口を開く。

「今現在、マイセン付近に魔物の集団がいることが確認されているそうだ」

 あ、間違いなくそれだわ。
 ガステンが言っていた「帰還の準備」の真っ最中ってやつだ。

「一般に知られると混乱を招くから情報は規制されているが、できるだけ静かに、表沙汰にならないよう、腕利きの冒険者やら剣士やら傭兵やらを集めている状態だ。
 一両日中には、討伐部隊として討って出る手はずになっている」

 つまり、そこがタイムリミットか。

「おまえは行かないのか?」

 カイランの問いに、ゼータは「夜だ」と答えた。

「先に言った通り、静かに集まっているからな。一度に動けば聡い者に気取られる」

 なるほど、マイセンに集う腕利きどもの出発時間をずらすことで誤魔化しているわけか。

「もう少し自堕落にやっていたかったが、ギルドマスター直々に頼まれたからな。出ないわけにもいかんのだ」

 先日の古龍関係の報酬が、まだまだ残っているんだろう。
 自堕落に、か。
 私もそうしたいなぁ。

「奇遇、というよりは必然か。俺はこれからマイセンに行くところだ」

 え、カイランくんも?

「色々あって、タットファウス王国印の入った冒険者ギルドのカードを持たされた。俺も今や、肩書きは冒険者だ」

 え、マジで?

「てゆーか王国印が入ったらなんかあるの?」

「簡単に言うと、国が後ろ盾になっている冒険者という証だな。間者みたいなものだ」

 かんじゃ。スパイか。
 つーか潜入調査員的なやつだね。

 そうか、国が認めているってタイプの冒険者もいるんだね。
 一応冒険者ギルドは民間企業ってことになっているみたいだけど、国の人間だろうが元犯罪者だろうが身元がはっきりしない子供だろうが来る者拒まず、って姿勢みたいだ。

「見た目は変わらないが、見る者が見ればわかる作りになっているらしい」

 と、ギルドカードを見せてくれた。

 色々書いてあるだけの金属プレートだ。名前とか略歴とか。

 噂の王国印は確認できないが、むしろ私が確認できたらまずいんだろうね。見る人が見ればわかるようになっているんだから。

「で、二人は討伐隊に参加するわけだ?」

 ここまでの話でわかりきったことだが、念を押すように聞いておく。

 二人は頷いた。気負いもなく平静に。

「そうか、行くんだ」

 気負いも気合も武者震いも緊張もないのは、二人がかなりの凄腕だからである。
 そこらのモンスターの集団くらい単騎で撃破できるだろうしね。

 ただ、今回のは事情が違うからなぁ。

 並みのモンスター連中を相手にするならそれでもいいが、問題は、復活した魔王の眷族だよね。

 ――第五魔将軍ヘーヴァル。

 確かデュラハンって設定だ。死霊系の超強い奴だね。しかも普通のアンデッドじゃなくて、魔王の部下だからね。眷属だからね。
 高位のアンデッドは、まずいよなー。
 
「それで?」

「鼠は何をしにマイセンに行く?」

 うーん……話していいものかどうか。

「ちょっと事情を知っててね。そのモンスターどもをどうにかしに行こうかと」

 恐らく何が起こっているのか、明確に知る者はまだいないのだろう。

 「事情」というフレーズに反応する二人に、しかし何かを言う前にしっかり釘を刺しておいた。

「私は話してもいいけど、聞いたら後悔するかもしれないよ? 知った以上は何かしないといけなくなるかもしれないけど、私は知らないよ? 君らの自己責任で行動してね」

 警告はしておく。
 聞いたら面倒なことになるかもしれませんよー、いいですかー、と。

 話すとなれば、魔王が復活していることや、魔将軍も続々と覚醒してここに向かってきていることとか、話さざるを得なくなる。

 私なら絶対に聞かないね。だって面倒事の臭いしかしないし。

「どうやら私は聞かなくてよさそうだ」

 ゼータはたぶん私と同じ気持ちだろう。

「俺も聞かなくていい」

 お、カイランくんもいいのか。まあ私も話す手間が省けていいけどさ。

「二人ともそれでいいの? たぶん今を逃したらずっと知らないままだと思うけど。ゼータは上に報告の義務とかないの?」

「義務はない。責任はあるがな。
 しかし出所不明の情報をなんと言って報告する。知り合いの幻獣に聞いた、とでも言えばいいのか? 誰も信じないだろう。
 出所のわからない情報は、数多くある噂の一つに過ぎない。ならばいらんな。然るべき筋から知りうる情報しか当てにはできん」

 なるほどねぇ。
 出所がわからない、か。

 確かにそうかもね。
 私は別に、誰かに信じて欲しいわけでもないから、こいつら以外に直接誰かに情報を伝える気なんてさらさらないし。

「カイランもそんな感じ?」

「いや、知る必要がないからだ。おまえが動くなら問題なく解決するだろうからな。すぐに消え去る問題を知ってどうする」

 あ、はい。がんばりまーす。




 これから行くというカイランとともに、マイセンに向かうことにした。

 ゼータの家を後にし、一粒の「クルミ」となってカイランのポケットに潜み、冒険者ギルドの転送魔法陣に乗る。
 魔力の膜を通過する感覚を一瞬感じ、王都の魔法陣からマイセンの魔法陣へと飛んだ。

 カイランは、王都と同じようににぎわう冒険者ギルドを出て、路地裏に入り、私を取り出した。

「もういいぞ」

 おう。

「悪いね。お世話になりました」

 「クルミ」から人型に戻り、私は無事マイセンの地に足を付けることができた。

「礼を言うのは俺の方だ」

 お?

「なんかしたっけ?」

「ああ、色々な。おかげで、俺の部下はいつ背後から刺されるかわからない生活から、足を洗えそうだ」

 ああ、盗賊団か。

「その口調だと、司法取引できたんだね」

「なんとかな。しかし一番の大仕事はこれからだ。部下の説得の方が骨が折れる」

 そっか。まあ確かに、信頼関係できあがってる盗賊団だから、解散は受け入れられないってメンバーも出てくることだろうね。

「国に吸収される形になるの?」

「俺は、な。めでたく天使のお守り役に決まったからな。部下のことはそれぞれが決めるだろう。何なら俺の仕事を手伝わせてもいい」

 ふうん。なるほどねぇ。

「真っ当に生きられそう?」

「わからん。手を汚しすぎたのも事実だし、免罪は叶ってもやったことが消えるわけではない。ただ――」

 ふっ、と、カイランはかすかに笑った。

「否応無く盗賊になった部下もいる。人の道に戻れるチャンスが巡ってきたことは、素直に嬉しいな。
 商売を始めるのもいい、平凡だが平和な家庭を作るのもいい、ただの冒険者になるのもいい。盗賊にはできなかった人生を取り戻せる機会を無駄にはしてほしくない」

 はあ。冷たいようで部下思いなことですな。

「君自身はどうなの? なんかしたいこととかないの?」

「盗賊云々もそうだが、それ以前に俺は同族殺しだからな。あとの人生は償いでいい」

 つぐない、か。

「幸い、天使のお守りなら、それも叶いそうだしな」

 うん、まあ、アレだ。

「君の人生に幸多からん事を祈っておくよ」

「俺より年下が言うな。……ありがとう。じゃあな」




 カイランが去っていく。
 その背中を見送りながら、思う。

 ――ゲームだと死ぬんだよなぁ、あいつ。

 さっき言っていた「償い」って言葉は、もしかしたら、ゲームで死んだ時のカイランの気持ちでもあったのかもしれない。

 だってあいつほどの身体能力があれば、逃げるなんて簡単なことだろうから。
 死ぬシチュエーションとかほぼないからね。それくらい強いし。

「償い、か」

 やってしまった罪を償うなんて、無理なのかもしれないけど。
 でも、きっと、償おうって気持ちが大事なんだと思う。

 私も色々償わなきゃいけないことがあるかなぁ……

 まず思い出すのは、兄から借りっぱなしでもう返す気のない五百円かな。
 すでに五百円以上の働きはしている気もしないでもないけど。




 カイランの姿が見えなくなったところで、私も動き出す。

 さて、面倒事を片付けに行きますか。

 



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