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91.平凡なる超えし者、単独先行し知り合いに会う……
しおりを挟む歩兵はゴブリン、オークが多い。
時折りオーガやサイクロプスといった巨体が混じり、機動力が売りのウルフやタイガーといった四足獣が走り回っている。
統制さえ取れていれば、驚異的な軍勢である。
人間側からすれば幸いだけど。
だがここにいるのは、統制の取れていない、ただ本能に任せて敵に向かっていくだけのモンスター集団なので、数の多さの割にはそんなに苦労することはない。
たとえば、機動で掻き乱して歩兵で足止めや敵戦力を分担し巨体で叩き潰す、といった役割分担ができていれば、もっともっと被害は広がっていただろう。
かつては、こういう連中を第五魔将軍なんかが率いていたわけだ。
「――よし、と」
とりあえず百匹ほど有象無象を狩り、冒険者や兵士たちの獲物を横取りしてみた。
「おまえ誰だ!?」
え?
「あ、ごめんごめん。獲物取っちゃったね」
こうして、たまに冒険者に怒られるが。
もはや流れ作業で狩っているだけなので、誰と誰が戦っている状態でもお構いなしで総なめにしてきた。
だっていちいち許可取ってたら時間食うし。戦場の一秒は仲間が死ぬか否かの一秒だ。無駄にはできない。
「いやそこじゃねえよ! 今何やったんだって話だよ!」
いつものように「千色薔薇」で吸収しただけだが。
まあ、説明する必要もないだろう。
「それより天使が安全地帯を作ったから、休憩行っていいよ。周りの人たちにも伝えて、怪我人を引っ込めてよ」
冒険者・兵士の多くが、避難中からずっと戦い通しだ。
怪我人を抱え、回復できないまま連戦を続けているチームも当然ある。幸い死人はまだ見てないが……見た感じまだあんまり出てないかもしれない。
ここらで休憩、回復を取った方がいい。補給も必要だろうしね。
「詳しくは後ろの人たちに聞いて。じゃあお疲れさーん」
ついでに言うと、昔は荒事専門でしたーみたいな元なんとかって避難民たちが、怪我人の回収要員として出てきている。
あのクリフっておじいちゃんが言っていた通り、避難民もできることをし始めているのだ。
詳しい説明と状況確認は、バックアップに任せよう。
擦れ違うモンスター、向かってくるモンスターを次々と吸収しながら、長く続く戦場を歩いていく。
冒険者も兵士も、練度が高いな。
数で負けても陣形や隊列、魔法などで耐える戦いをしている。どれくらいの時間戦い続けているかわからないが、よく訓練されているのは確かだ。
「ユイさん!」
あ、レンだ。
「私のことはネズミって呼んでくれます?」
そんなことを言いながら、レンを見る。……よかった、かすり傷一つ負っていない。
ただ、右手にショートソードを下げているので、矢は尽きているようだ。
「ネズミ……? あ、それより、矢の補給をお願いします」
レンは、フレームと弦の間に肩を入れて荷物にならないように持っていた弓を見せる。あ、そう。
「もう使い切ったんですね。すげーっすね」
百本くらいはすでに渡している。なので撃ち漏らしがなければ、百匹以上のモンスターを狩っていることになる。
聖樹を生んだところで魔力が尽きかけたが、ここまでの戦闘でちょっとだけ回収できた。矢の百本や二百本は余裕だ。
……そうだな。出し惜しみしているわけじゃないけど、私ももう少し効率を求めるか。
「ちょっと失礼」
と、レンに渡した矢筒のベルトに触れ、作り直す。もっと大容量のものにしておこう。荷物になるような矢筒でも、レンなら問題なく使いこなせるだろう。
矢もたっぷりサイズの五百本だ。奮発した。
足りなくなるのがまずいのだ。余る方がよっぽどましだ。
「かなり重いですけど」
「そうですね、さすがに多すぎですが……」
うん、わかってる。これじゃ動きを阻害するだろう。
「私はこれから騎士隊の戦場を押し上げるので、後方に下がって防衛戦をお願いします」
レンはもう、乱戦に参加しなくていい。
この辺のモンスターもかなり減っているので、討ち漏らしを狩りながら、冒険者と兵士を全員連れて後方に下がり、そのまま避難民たちのガードとして張り付いていてほしい。
冒険者や兵士はみんな疲れているし、怪我人もいる。
充分な休息を取ってもらうためにも、レンには後方の守りの要になってほしい。
弓を繰る彼女の姿を、多くの者が見ているだろう。強い人が傍にいれば安心もできるしね。
「という感じで頼みたいんですけど」
「……わかりました」
何か言いたそうだが、レンは何も言わず承諾した。
「何か言いたいことでも?」
ちょっと気になったので、聞いてみたら。
「いえ、気をつけてと言いたかったのですが、無用かなと」
ああ……はい。
「私はなんとでもなるんで、レンさんこそ気をつけて。面倒な兄のことをよろしくお願いします」
「…………はい」
即答しなかったね?
今なんかちょっと返事までに間が空いたね?
そこに潜む本音が気になるけど、まあいいでしょう。
これは追求しない方がいい類のアレだろうから。
レンに見送られ、騎士隊のいる戦場へ向かう。
この辺は明るくしてあるだけに、乱戦が良く見える。
敵味方が入り乱れて戦っている――ように見えて、四人一チームで動いているのがわかる。
防御あるいは注意を引く者、それのサポート、そしてアタッカー二人という構成が多いようだ。
すごいのは、チームごとに役割を振ってあるのに、他のチームとも連携したり、状況によってはタンクやアタッカーがよそと入れ替わったりするところだ。
いや、ほんとすごい熟練度だよ。ここまで連携が上手い騎士隊、初めて見たよ。
マイセン団長は、少し離れたところで戦況を見つつ、時々指示を出したり戦場に飛び込んだりしている。
倒れている者もいないし、怪我人もほぼいないみたいだ。
ここにやってきた二十一名、誰一人欠けることなく全員戦い続けている。
「団長、お疲れー」
「ネズミ殿か」
俯瞰で見るために乱戦から抜けたところを捕まえた。
「避難民の安全は確保したよ。そろそろ進軍していいよ」
「うむ、わかった」
「ちなみに疲れはどう?」
騎士隊の戦闘が始まってから、30分が過ぎたくらいだろう。
重いフルアーマーをまとって全身運動をしているのだ、どんなに鍛えていても疲労が蓄積しないわけがない。
「そうだな、まだまだ余裕はあるが小休止は欲しいところだな」
なるほどわかっている。
長期に渡って戦うために、むしろこまめな休息が絶対に必要なのだ。むしろ無理して連戦させると、それこそ怪我や連携ミスと言った失敗に繋がってしまう。
「もうすぐ後続の騎士隊が来る予定となっていてな。そこで一旦休むつもりだ」
あ、第二陣が来るのか。そっか。
じゃあここは大丈夫だね。私が入ることで連携が乱れるかもしれないし。
「あと任せていい?」
「…? そなたはどうするのだ?」
私は、光球の届かない闇の彼方、モンスターが続々とやってくる方向を指差した。
「ちょっと元凶を見てくるよ」
きっと際限なく発生しているから。元を断たないと終わらないだろう。
可能ならなんとかしたいけど、ちょっと無理そうな感じだなぁ。魔力の大きさが尋常じゃないってのもあるし、周囲には数千のモンスターもいるみたいだし。
だいぶ面倒臭い感じになってるんだよなぁ。
まあ、それも含めて、一度見てみないと。
騎士隊から離れ、モンスターが列をなしてやってくる方へと向かう。
おーおーいるいる。すごい数だ。見えるだけで百はいるな。ちらほら強そうなのもいるけど、まあ敵じゃないか。
さてと。
私は両手に、引き金を生み出した。
まあ、金属が一切含まれない総木材なので、「引き金」と言えるかどうかわからないが。
右手には、銃身の短い単純構造のフリントロックピストル。
左手には、構造は同じだけど銃口が大きい拡散式。いわゆるショットガンだ。
火薬は「弾ける種」、弾丸は「千色薔薇の種」。
本来なら一発撃ったら火薬だの弾丸だの詰めなければならないが、そこは百花鼠の力で瞬時に装填できる。
マシンガンほどは無理だけど、リボルバーくらいの連射速度は出せるだろう。
まあ撃ち出すのが「植物の種」なので、中距離でも精密射撃は難しい。
だが、大きな的のどこかに当てるだけなら、これで充分だ。
この先、不自然な文明開化が始まるかもしれないので、この世界の住人には見せない方がいいだろう。
だから、使えるのはここからである。
「よっ」
パァン!
蠢く闇を貫くような乾いた音を放ち、広がりながら高速で飛ぶ「千色薔薇の種」。
狙いも甘く無造作に撃っただけだが、モンスター数体に触れると薔薇を咲かせ、粒子となって消えた。
うん、ショットガンとしては音が軽すぎるし反動もないが、同じような使い方はできるかな?
装填も一瞬でできることを確認する。
よし。
「どれくらいやれるかな?」
近接戦闘で飛び道具ってのは効率が悪い。剣とか振り回した方がよっぽど早いとは思う。百花鼠なら広範囲をカバーできるムチとかもよさそうだ。攻撃と同時に「種」を植えるのもできるしね。
でも、まあ、やっぱこっちかな。
だって運動量が増えるからね。派手に動くのも腕力を使うのもしんどい。それに飛行モンスターにも対応できるし。
「――ほい」
飛び掛ってきたウルフを避けて、横っ腹に一発ぶち込む。
長丁場になる可能性を考えると、余力を残しとかないとまずいしね。
まあ、とにかくだ。
「ひゃっはー。魔力をよこせー」
北斗のなんとかのモヒカンよろしく、弱い奴には強気で行こうか。
もう面倒なので数えてはいないが、五百は狩ったと思う。
今や完全にモンスターに囲まれ襲われているが、まあ、別に問題はない。
ゴブリンの錆びた剣を、ウルフ系の飛び掛りを、オーガの棍棒を、ガーゴイルやら二度と見たくなかったキモコウモリなどの攻撃を、紙一重で食らいながら食らいながらぬるぬる避けつつ銃を乱射する。
触れるたびに「種」を植え付けているので、触れたモンスターも軒並み薔薇の餌食である。
小走り程度の速度を止めることなくキープし、モンスターの真っ只中を突っ切っていく。
もうちょっと時間が掛かるかな。
後方に向かう奴は多くないとは思うが、問題は「ここ以外」への流出だ。
ここも危険がないなんて談じて言わないが、一応「戦う準備ができている場所」にはなっている。
騎士隊も続々来る予定だし、今は引っ込んでいるだろう冒険者・兵士もいざとなれば休憩中でも多少怪我をしていても、また戦場に立つだろう。
しかし、よそは違う。
武装の甘い村や、戦う準備ができていない街に行ってしまうと、かなりまずい。
頭に叩き込んだ地図によれば、辺境と呼ばれるだけあって、近くに村や街がない。このは不幸中の幸いと言えるだろう。
できれば早めに処理してしまいたいが、肝心の亀がなぁ……
近くに寄れば寄るほど感じる、強大な魔力の圧迫感。
巨体の奴って、だいたい防御が厚いんだよなぁ。その身体を維持するために自然と皮膚とか堅くなるんだよなぁ。
この魔力、巨体、ついでにモンスター軍団。
たぶん生半可な攻撃は通用しないだろう。
「千色薔薇の種」も、物理的な接触が必要だ。たぶん自然発生しているだろう魔力の壁に防がれる気がする。
一番早いのは交渉だろうな。
魔将軍と呼ばれる存在だ、知能がないはずがない。なんとか交渉とかその辺でお帰り願いたいもんだなぁ。
……人と事を構えたくない魔王が、今この段階で指令――「引き返せ」だの「来るな」だのの指示を出していない以上、やっぱり交渉の余地がない気がするけど。
大剣を振り下ろす幽霊鎧の手元を蹴り上げて攻撃を潰すと同時に「種」を植え付け、ると同時に、真正面に陣取っていた大量のモンスターが宙を舞った。
「なんだ?」
思わず足を止める。モンスターたちも突然のことに驚いているようだ。
「――よう鼠! こんな処で奇遇だな!」
ありゃ。
「骨のおっちゃん?」
あの見覚えのある三メートル級の骸骨は、魔王城跡地で会った災の悪坊だった。
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