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92.平凡なる超えし者、巨大亀を目視する……
しおりを挟む「こんなところで何やってんの?」
「何、少々用事があってな」
「用事って?」
「鼠のことだ、大体察しておるだろ」
うーんまあ、そうねー。
「指揮官にしては無能すぎるから、もしかしてお迎えに来たの?」
「そう、それよ」
なんだよー。
「じゃあ早く連れてけよー。迷惑だろー」
「カッカッカッ、拙者の手には余ったわい」
笑い事じゃねえわ。こっちは大変だっつーの。
「で、実際何がどうなってるの?」
災の悪坊と話しつつ、次々襲い来るモンスターを潰していく。
動いていた方がいくらかマシというくらい集中攻撃を受けているが、まあ、特に脅威になりそうなのが背中にいる一匹だけなので、鬱陶しいくらいで問題ない。
それより問題なのが、災の悪坊のすべてだし。
ここにいた理由も、なぜか同じようにモンスターに襲われているのも、奴が握る三メートルを越える元鬼神の身の丈に合った巨大な刀も、色々と気になることばかりだ。
そう、なぜか襲われているのだ。同じようだ。
「うーん。簡単に言うと、爺さんがボケたんだろうなぁ」
は? ぼけ?
…………
えっ。
「もしかして、向こうにいる巨大な奴、敵味方の区別が付かない状態なの?」
「わからん」
おい。
「今の拙者今の拙者は、生前の拙者とは言えん状態だ。力も姿も爺さんの憶えている姿とは違いすぎるのかもしれん」
あ、そうか。災の悪坊も千年前の戦争で死んでいるからか。
で、災の悪坊が「爺さん」と呼んでいる大きな亀――第六魔将軍ボロバレメルは、転生したのではなく、第五魔将軍と同じように封印されていたのだとしたら。
戦時中の記憶そのままに、今この世界を闊歩しているってことになる。
……生前を知らないから確かとは言えないが、災の悪坊は綺麗に骨だけだもんなぁ。
普通に考えてそりゃ生前とは似ても似つかない姿だと思うよ。
千年前の記憶の中のおっちゃんと一致しなくても、仕方ないとは思う。たぶん力も落ちてるだろうしね。
「そもそも話もできんからなぁ。もう何がどうなっておるやら拙者にもさっぱりよ! カッカッカッ!」
いやおい。
「それ決定的じゃない? 骨のおっちゃんがどうこうじゃなくて、やっぱ敵味方の区別が付いてなくない?」
「応! おまえさんがそう言うならそうかもしれんな!」
いやいや。おい。……おいっ。
ダメだ。魔王城跡地で話している時も何度か思ったが、こいつは豪快すぎて細かいことがどうでもよすぎるタイプで間違いない。あと「細かい」の範囲が常人の三倍くらい大きい。
別に嫌いじゃないけどさー……こういう大仕事をおっちゃんに任せるなよ。魔王軍は人手不足が深刻だなぁ。
「おまえさん、拙者から仕事を引き継がんか? 拙者にはもう、爺さんを止める方法は殺すことしか思いつかん」
えー……
「ちなみに殺せる?」
「万も斬ればな」
そんなにかよっ。……そうか、そんなに堅いか。元神の力でもそんなに掛かるか。
「魔王には相談した?」
「したいのは山々だが、拙者がここを離れたら魔物が一気に溢れるぞ」
ん?
「爺さんが呼んでいる魔物の半分を、今拙者が抑えておるのよ。だから魔物には敵と認識されて襲われておるのだろうよ」
「そんなことしてるの?」
「主の命の最優先事項は『人を殺すな』だからな。拙者にできることは最初からできることはやっておるつもりよ」
背後で凶悪な刀を振り回している災の悪坊が、こちらに視線を向けた気がした。
「――誰かがやってきて手伝うてくれるだろうと期待していた。そこに鼠が来た。おまえさん、もう魔王軍に入れよ。ここで出遭うたのは間違いなく闇の女神の導きだろうて」
はあ、闇の女神の。知らないなぁ。
「ただの偶然だよ」
そもそもを言うなら、今回は魔王軍界隈の事情に私から首突っ込んでいる状態だから。だから偶然と呼ぶのも間違っていると思う。ただの予定通りでしょ。
「だがおまえさんが魔王軍に居ったら、この仕事は間違いなくおまえさんに任されたと思うぞ」
……だろうね。
この状況だし、今は人であるガステン、リアジェイルには危険すぎる。
第五魔将軍は動くこと自体が禁止だ。
魔王もまだ動けない状態だし、消去法で災の悪坊以外になんとかできそうな奴がいない。
恐らく、私が知らない部下もいるはずだろうけど、それぞれ似通った理由で動かせないんだろうとも思うし。
そうだなぁ。
私が魔王軍に協力していれば、今回のことも、水際で防げた……かもしれないわけだしなぁ。
所属は無理でも、協力体制だけは結んでおくべきだったのかもなぁ。
……今回の事件を乗り越えられたら、最低限は協力しようかなぁ。
よし、じゃあ、あれだ。
「一応聞いておくけど、私と殺し合う気はないんだね?」
「急に何だ?」
「だって戦大好きでしょ?」
絶対いつか申し込まれるだろう、襲われるだろうって思って過ごしてたよ。今がその大チャンスだと思うんだけど。
もし頷くなら、速攻でぶっ潰して亀の対処に協力させてやる。
「まあ確かに好きだし、おまえさんとも死合いたいとは思うが」
あ、やっぱ思ってるのか。そうだと思った。そういうタイプだと思った。
「だが拙者にとってはすでに鼠は味方だからな。味方と斬り結びたいと願うほど若くもないし、どうせ相手にするなら同じ刀を振るう者が良いわ。拙者の望む力とおまえさんが持つ力は少々毛色も違うだろうしな。あまり面白くなさそうだ」
あ、そう。強けりゃなんでもいいってほど節操なしでもないのか。なんというか、武士の品格とでも言えばいいのかね。
「それに殺っても勝負にならんだろ。おまえさんは強い。拙者は昔よりはるかに弱くなった。昔ならまた違う気持ちも湧いたかもしれんが、今となってはな」
つくづく思うね。
今この時が戦乱時代じゃなくてよかった、って。
今の災の悪坊でも、第五魔将軍でも、なんならガステンやリアジェイルも、もちろん魔王って充分強いのだ。
全盛期なんて想像もしたくない。
ましてや敵に回すことなんて、更に考えたくもない。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
災の悪坊がやり合う気があるならここで潰しておこうかと思ったが、その気がないなら次の工程に移ろう。
次は……そう、亀だな。
「亀の様子を見ておきたいんだけど」
「おう、行くか。拙者が案内しよう」
あ、そう。じゃあよろしくー。
「鬼ヶ道弐拾捌式――」
うおっと。
災の悪坊が、ぶらさげている大きな刀に力を込めた。……マジか。本能がビビるレベルのこの圧力。魔力とは違う形式の、それこそ「鬼の力」を使った技。
感じられるだけでも、私の予想を倍近く超える戦闘力がある。
本当にマジで思う。
全盛期じゃなくて、本当によかった。
たぶん百花鼠の力をプラスしても、これより強かったという昔の災の悪坊に勝てたかどうかわからない。それくらい強いと思う。
「――落天伽」
するりと。
普段から力任せなくせに、その技は手からこぼれる水のように静かに、すべてをすり抜けるように放たれた。
直線状にいたモンスターが次々と身体を切断され、消し飛んでいく。
飛ぶ斬撃ならたくさん見てきたが、こんなにも静かで柔らかい刃は始めて見た。
鬼の剣か。
うーん……向こうが私をどう思うかより、私が災の悪坊に興味が湧いてきた。いずれ見せてもらおう。
「行こう。拙者についてこい」
モンスター集団の中にできた斬り開かれた道を、災の悪坊とともに走る。
まあ、一言で言うと、巨大怪獣だ。
ゴ○ラだのガ○ラだのと言えば、わかりやすいだろう。
「あまり近づくなよ。巻き込まれるぞ」
うーん……
「想像よりデカい」
形としては、丸のまま亀でいいんだと思う。頭からシッポまで、たぶん1キロ弱はある。高さは五百メートルくらいかなー。
少し離れたところから見ているにも関わらず、全身が見えない。這いずり動く壁って感じだ。
速度はそんなに出てないけど――進行方向は間違いなく王都だな。
直線上に、あるいは付近の集落は絶対に巻き込まれるだろう。亀自身も問題だが、無尽蔵に発生するモンスターも厳しい。
更に言うと、亀の近くに行けば行くほど、取り巻きのモンスターは強いみたいだ。頼まれたってあんまり近づきたくはない。
あと、モンスターとは相変わらず戯れている。まあ問題ない。
「話ができないって?」
「できない。話しかけても反応がない。返事もない。まあ元々耳が遠い爺さんだったしなぁ」
はあ、そうですか。
「それで戦争では役に立ったの?」
「ああ、そりゃ爺さん自体が兵器だからな。爺さん自身は特に何もしない。行進するだけでこの有様よ」
あー……桁違いの防御力と巨体がすでに武器なんだ。神の攻撃さえ無効化しちゃうんだろうね。
この巨体を維持する肉体と、魔力がある。
どちらも常識をはるかに超えた存在だ。
「……これまずくね?」
なんつーか、もう、私の力が及ぶ存在じゃないっつーか。
さっき災の悪坊が言っていた「万も斬れば」ってのが、逆にすごいと思えるようになってきたっつーか。
「カッカッカッ! な!? 止め方がわからんだろ!?」
はい、わかりません。あとおっちゃんがなんでテンション上がったのかもわかりません。
「魔王と相談した方がよさそうだわ」
進行速度は早くないので、少なくとも数日は王都にたどり着くことはないと思う。
被害を受けそうな集落は、避難する時間くらいはあるだろう。
ただ、問題は。
まだ力を失っている魔王にこれをどうにかできるだろうか、ってところだけど。
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