ぼくとぼくたち

ちみあくた

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 満開だった桜の花が季節外れの雨で流され、春が駆け足で過ぎさってしまったのは、もしかしたら、天国で心配するおばあちゃんの『明くんへのメッセージ』だったのかもしれません。

 でも、楽しい遊びの一つとして魔法の鏡を覗く明くんの毎日は終わる事なく、ずっと続いていました。

 そのくり返しに大きな変化が起きたのは、学校の授業で、いつもより多く算数の宿題が出た日の夜です。





 机に向かって問題集を開き、軽~くチラ見。たった一分で放り出した後、

「ダメだぁ……とてもじゃないけど一人じゃ無理!」

 そう叫んだ時、明くんの中で、あるアイデアが閃きました。

「ん~、これって鏡の中の、算数が得意なボクに手伝ってもらったら、きっと、すぐ終わっちゃうよね?」

 思い立ったら一直線。早速、鏡を覗き、「算数の得意な明くん」が映る魔法の角度へ合わせてみます。

 でも、どうしたら鏡の向こう側にいる「明くん」と連絡を取り、力を借りる事ができるのでしょう?

 しばらくの間、明くんは必死で考え続けました。

 その時間と熱心さを勉強へ打ち込めば宿題はとっくに終わっていたでしょうが、例によって、そんな事を考えもせず、

「そうだ! 合わせ鏡! 合わせ鏡で扉が開くって、おばあちゃん、言ってた」

 ポンと手の平を叩き、次に明くんは、おばあちゃんのあの大きな鏡台の前に座って、布の覆いを取りました。

「え~、合わせ鏡って、どうするんだっけ?」

 前に明くんがスマホで調べた所によると、二つの鏡を正面から向かい合わせ、その間に自分が入れば良いはずです。

 開いた鏡台へ背中を向け、自分の体ごと映りこむように小さな銅鏡を目の前に掲げて、映った光景を覗いてみる。

 すると、何重にも反射した鏡面が連なり、不思議な光景に見えました。

 絶対にやっちゃダメ!

 ふと、おばあちゃんの言葉が胸をよぎります。外では急な雨が降り出し、カミナリまで鳴っています。

 のんきな明くんでも、さすがに嫌な予感がしました。けれど、ここまで来たら後に引けません。

 魔法の角度に合わせ、「算数が得意な明くん」を映すのに成功すると、次第に後ろの鏡台へ映る景色も変わり始めます。

 最後には鏡台の大きな鏡の中心が歪み、その部分が広がって、ポッカリと黒い穴が開きました。

 そこで少しずつ後ずさってみる。背中を鏡台へ近づけていくと、ある部分から先、ふっと体が軽くなる。

「あぁ、目の前が真っ暗だ!」

 明くんは思わず叫びました。

 どうやら鏡台にできた歪みの穴に、明くんの体が吸い込まれ、暗い裂け目へ迷い込んでしまったみたいです。

 そして、しばらくの間、深い、深い落とし穴の底へ落ちていく感覚が続き……





 気が付くと、明くんの目の前に「算数の得意な明くん」がいました。

 自分と同じ顔の人間がいきなり現れたショックで「算数が得意な明くん」はポカンと口を開けていましたが、

「こんにちは。はじめまして」

 と、鏡から出た「元の世界の明くん」が声をかけると、ギャ~と悲鳴を上げ、その場に座り込んでしまいます。

「何だよ、君、完全にビビッちゃって」

「お、お前……僕とそっくり同じ顔をしているけど、エイリアン? 妖怪?」

「あ~、そう思う気持ちはわかるけどさ、まぁ、話を聞いてよ」

 相変わらず怖そうな顔をしている「算数の明くん」に、「元の世界の明くん」は事情を説明しました。

 すると、「算数の明くん」もすぐ興味を持ち、目を輝かせ始めます。

 そういう反応になるのは初めから計算済みでした。なんたって、どちらも「明くん」。元が同じ人間なのですから。





 一通り説明を終え、最後に算数の宿題へ協力して欲しいと頼んだら、

「ねぇ、君が持っている不思議な鏡をぼくにも使わせてもらえる? それなら、勉強を手伝っても良いよ」

 と「算数の明くん」から答えが返って来ました。

 勿論、断る理由なんてありません。





 こちらの世界に、おばあちゃんの鏡台は無いのですが、できるだけ大きい鏡を「算数の明くん」に探してもらい、もう一度、合わせ鏡の歪みを作ってみました。

 そして、できた次元の裂け目から一緒に元の世界へ帰還。「明くん」二人が力を合わせれば、算数の宿題なんて楽勝です。

 一時間くらいで全部終わらせた後、「算数の明くん」を元の世界へ返す前に、他の世界も鏡で覗いてみました。

「ねぇ、これってうまく使えば、凄い事になるんじゃない?」

 二人の明くんはそっくり同じアイデアをいっしょに思いつき、ニッコリ笑顔を交わします。
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