ラスト・アニバーサリー

ちみあくた

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 何故か、インターネット、TV等のあらゆる外部情報源と切り離されたコテージで妻と二人きり……

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、防犯カメラの画像を切り替え、チェックしていくと、
 
「あ、あなた、あの人達は!?」

 妻が塀の外を映す防犯カメラの画像に何か見つけたようだ。

 指さす所を見ると、二つの小さな人影が視認でき、早速ズームアップ。ハイキング姿の若い男女が林間を歩いていた。

 女性の方は足元がおぼつかず、男性は彼女の体を支えながら、この別荘の方角へ必死に歩き続けている。

「山道で迷ったかな?」

「女の人、元気ないわね。顔色が悪いし、急病なのかも」

 妻の声に、助けてやって、とのニュアンスを感じた。でも先程の義弟の台詞、外の人間を誰も家の中へ入れるな、という警告が引っかかる。

 その間にも若者達は玄関口へ辿り着き、インターホンに声を上げていた。

「お願いです、開けて下さい。さっきから彼女の調子が悪いんです。早く病院へ運ばないと」

 やむを得ない、そう思った時、若い男が意外な事を口にした。

「僕ら、携帯電話を持っていないんです。経緯は思い出せないんだけど、二人とも一緒に失くしたようで」

 私の腕を掴む妻の手に力が籠る。こちらの状況と似ている点が気掛かりなのだろう。

 念の為、妻を寝室へ戻し、ドアに鍵をかけて私が戻るまで開けないよう約束させる。そして玄関へ向う前に居間の暖炉を覗き、鉄製の火かき棒をつかみ出した。

 いざと言う時の護身用としては心もとないが、それでも無いよりましだろう。





 玄関の前では、激しくドアを叩く音が響き続けている。

 鍵を開けた途端、扉へ凭れる若者二人の体が雪崩れ込んできた。

 私は咄嗟に女性を受け止め、床への激突を防ぐ。改めてその顔を見ると、荒い呼吸を繰返し、目を閉じたままだ。
 
「助けて頂き、ありがとうございます」

 若い男が床にへたりこんだまま、私へ頭を下げた。
 
「礼を言うのはまだ早いよ。彼女、病気みたいだが、このコテージには一般的な常備薬くらいしか無いと思う」

「電話で助けを呼べませんか? ドクターヘリなら、近くまで来られるでしょう」

「残念だが、町へ連絡できない。屋敷に電話は無く、私も携帯電話を失くしている」

 絶句する青年へ、私は健忘状態で目覚めた事など、自分の現状を語ってみた。落胆と共に驚きの表情を浮かべ、青年は胸ポケットから例のカプセル錠を取り出す。
 
「僕らも多分、これを飲んでいます」

「記憶の一部とスマホが無い点、それに薬の服用が我々の共通点だな。なら彼女の異常がこの薬の副作用って可能性は?」

 青年は少し考え、首を横に振った。

「それは無いと思います。僕ら、近くの山にテントを張り、今朝、二人一緒に目を覚ましたんですけど」

「その時の彼女の状態は?」

「不明瞭な記憶以外、異常無しです。二人して散策を楽しみ、山間の幹線道路へ通りかかった時、一台のワゴン車が事故を起こしているのに彼女が気づいて」

 うっ、と女性が呻き声を上げる。

 床に寝かしておく訳には行かず、私と若者は失神状態の女を居間へ移動させた。ソファへ寝かせ、ひとまず落ち着いた状態なのを確かめた上で話を続ける。

「ワゴン車にはガードレールとの接触痕があり、燃料タンクも破損してガソリンが漏れていました。で、距離をおいたまま、車の窓を覗いた彼女が悲鳴を上げたんです」

「何を見た?」

「彼女の話では、ドライバーと助手席の男が血塗れで互いの首を絞めていたそうです」

「つまり殺しあっていた、と」

「間も無く車が炎上し、僕らはその場を離れましたが、彼女、酷いショックを受けてしまって」

 若者の話を解釈するなら、ふとした車中の諍いがエスカレートした挙句、悲惨な事故を招いた、という所だろうか?

 私が頭を巡らす間、若者はコテージ備え付けの薬箱を探っていた。

 青ざめていた女性の顔は紅潮し、発熱が伺える。意識が戻ったのか、小刻みに体を震わせ、充血した目でこちらを見ている。

 そんな彼女の唇から漏れる微かな声に、私は耳を傾けた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 切ない声で謝っている。

 閉じたままの彼女の瞼から涙がこぼれ、頬を伝って床へ落ちた。

「この人が何を謝っているのか、君、心当たりあるかい?」

「いえ」

「とても悲しそうに見えるが」

 もう一度、彼女の言葉を聞こうと身を寄せた時、私の耳は温かな感触に包まれ、鋭い痛みを感じた。飛びのき、頭を撫で……あるべき耳の感触が無くなっているのに気づく。

 身を起こし、女性の唇が血に染まっているのを見た。

 クチャクチャ、何か噛んでいる。

 呑み込まず、床へ吐き出したのは食いちぎった私の耳たぶだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 開かれた女の瞳はルビーの様に赤く、尚も沈痛な面持ちで涙を流し続ける。

 だが間も無く悲哀と相反する感情、激しい敵意が噴出し、甲高い叫びと共に立ち竦む恋人へ襲いかかった。

 顔をかきむしり、首筋に爪を立てる。

「やめろ! やめてくれ!」

 もがく若者は彼女を突き飛ばした。

 床にこぼれた血溜まりに足を取られ、後頭部から床へ倒れた女は、すぐには立ち上がれない。
 
「君、今の内に彼女を取り押さえよう」

 私の言葉を、若者は無視した。

「許して……傷つけるつもりは無かったんだ。なぁ、頼むから、俺を許して……」

 か細い声で呟き、俄かに充血し始めた彼の両目から涙が零れ落ちる。

 私は慄きつつ、理解した。

 女に起きた変化が恋人をも襲ったのだ。

 私は咄嗟に足元の火かき棒を拾い、彼へ投げつけた。怯む若者の足首へ、床へ伏せていた女がしがみつき、食らいつく。

 結果的に私は助かった。二人が殺しあう間、廊下へ逃げる事ができたからだ。
 
「あなた、何が起きたの?」

 階段の上から、怯える妻の声がした。

 今の騒ぎを聞きつけ、寝室から様子を見に来たようだが、

「部屋へ戻れ、今すぐ!」

 私は階段へ向かって声を張り上げた。

「後で事情は説明する。早く寝室へ戻り、鍵をかけて私が行くまで絶対開けるな!」

 寝室の重いドアが閉まる音が聞こえる。妻を守る為にどうすべきか、頭を巡らす私の頭上でビデオカメラが蠢いた。

 うるさい!

 そう思った途端、昨夜の睡眠薬のせいで呆けていた頭が漸く働き出す。

 屋敷内のビデオカメラは可動式だが、自動追尾の仕組みは無い筈。

 一体、誰が操作しているんだ?
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