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しおりを挟む「何というか、あまりに出来過ぎな気がせんでもない。類様が御主君に近づいた経緯と言い、噂が広まる速さと言い」
利家は鋭い眼差しを緩めず、独り言のように言った。
「お主、何かよからぬ悪巧みでも織田家中にあると言いたげじゃな」
「類様の御父上、生駒八右衛門殿は、川並衆のまとめ役でもあるからな」
利家の指摘に何が言いたいかを察し、藤吉郎は渋い顔で頷く。
川並衆とは、忍びさながらの厳しい修練を得た集団として家中に知られ、戦場へ出る事もあれば、流言飛語を操り、民の心を扇動する素っ破の役割を引き受ける事もある連中だ。
元々、信長は諜報戦を重視しており、生駒屋敷へ足を運ぶ機会が多いのは八右衛門が集めた諸国の情報を密かに吟味する為でもあるのだが、
「つまり明智城陥落の際……小見の方を見殺しにした件で信長様と帰蝶様の仲が険悪になるのを見越した八右衛門殿が、夫を亡くした妹を近づけ、権勢を握ろうとしたとでも?」
「あながち的外れとは言えまい。帰蝶様は信長様と御気性が似ておられた」
「確かに短気な所もおありじゃのう。その分、仲がこじれると厄介じゃ。斎藤道三殿が身まかられた後、間に立ち、取り持てる人もおらぬし、のう……」
呟く藤吉郎の面持ちは一層渋くなる。
道三の娘である帰蝶との縁組は、当初から政略的な要素が強い。
人質的立場でもある帰蝶は夫へ容易に心を開かなかったであろうし、信長にも妻の心を斟酌する余裕は無かった。もし、そのような夫婦間の空白が未だ十分に埋められていなかったのだとしたら?
即ち、
「一緒にいても安らげまい。その点、あの類という女子なら」
言い放つ利家の視線の先、類の盃を受ける信長からは持ち前の苛烈な鋭気が、抜け落ちてしまった様に思えた。
幼い頃、弟を溺愛する実の母に疎まれ、命まで狙われた記憶が信長の心に傷を残し、後の冷酷さに繋がっている。
時に自ら火中へ飛び込む暴挙へ出るのは、信長が心の奥底で自らの死を望んでいるからではないか、とさえ利家は思う事があった。
だが、あの破天荒な舞い姿と言い、お気に入りの側室とかわす和やかな笑みと言い、今の信長は確かに生きる事を楽しんでいる様だ。
「或いは、あの御方にとって良い事なのかもしれぬ。だが、俺はどうしても喜ぶ気になれん」
微かに眉をしかめ、利家は言った。
「十亜弥を俺が斬り捨てた時、信長様が放った殺気を忘れられぬ。血が凍る程に恐ろしかったが、あれこそ本来あるべき御姿なのではないか」
「今の姿はまやかしだと?」
「ああ」
「ならば、今一度、あの方のお側で確かめてみるが良かろう」
藤吉郎はそう言い、利家の手を引いて、主席の方へ誘おうとした。
先には信長がいる。
「お主、今宵は信長様へ詫びを入れ、今川との戦で先陣に加わる旨、直訴しに参ったのであろう。何ならこのわしも一緒に土下座してやるわい」
「一歩間違うと、又、お怒りをかう。貴様もともに打ち首だぞ」
「何、いざとなればお主は見殺しじゃ。わしの要領のよさ、十分知っておろうが」
「しかし」
利家は尚もためらった。
「確かに俺は殿が今川へ挑むと信じ、帰参を直訴するつもりであった。その為、土産にすべき報せも携えている」
「なんじゃ、そりゃ」
「貴様に明かして何とする。それに、あくまで殿が今川と戦う場合にのみ役立つ話よ。
もし信長様が、あの生駒の女子の色香に迷い、真に腑抜けになり果てておるとしたら、全てが無駄に」
利家の言葉は途中で途切れる。
舞台の手前、家臣と思しき五十絡みの男を傍らに連れた武家らしき少女の視線を感じたのだ。
何故か少女は、怒りのこもった眼差しを利家へ据え、小さな拳を握りしめていた。
年の頃なら、まだ十二、三才と言う所か。この時代には一人前の女と見なされ、男に嫁いで当たり前の年頃である。
「類様のこと、悪く言うのはお止めくださいませ」
「何だと」
「あの御方の事、何も知らないくせに」
「無礼な奴」
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その気丈さは、利家に妻・まつを思い起させた。
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その利発で勝気そうな瞳で睨まれ、利家はまつに会いたくなった。
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