夏への路地裏 貧乏OLは如何にして心配するのを止め、猫の溜まり場で異能の野良オトコを拾ったか?

ちみあくた

文字の大きさ
7 / 9

しおりを挟む


 その日の夜は前日に増して暑かったが、湿気の方はそれ程でもない。

 もうすぐ梅雨が明けるのかな?

 そんな事を思いつつ、有紀は上空の満月を見上げた。

 久々に良く星が見える夜だ。気持ちも明るく、足取り軽く、と行きたいけれど、そんなノリには程遠い。

 サイコパスCEOに心の内をぶちまけ、爽快だったのはほんの一時。落ち着けば否応なしに、先行きの不安が湧いてくる。クビになるのは間違いないし、「トコトン干す」と宣告された言葉も耳に焼き付いていた。

 櫛田は激高すると思い付きで喋る傾向があり、実際に何処まで可能なのかは良く分からない。けれど割に合わない費用と手間を掛けてでも、逆らう者へ鉄槌を下そうと図る筈。

 理屈ではなく、それが奴の趣味なのだ。陰湿にトコトン執念深く、櫛田は追い打ちを掛けてくるだろう。

 どうしよう、あたし、明日から?

 ぼんやり月を見上げたまま、問いかけてみても答えは無い。

 湿気交じりの生暖かい風が、がっくり肩を落とした有紀の袖口を撫で、テンションだだ下がりのまま、スマホで時刻を確認する。

 戸川団と約束した待ち合わせの時刻はもうすぐだ。

 櫛田ファンドの人間と顔を合わせたら気まずいので、少し離れた立ち飲み喫茶で時間を潰していたが、やっとそれも終了らしい。

 彼女を今の窮地へ追い込んだ野良オトコへ文句の一つも言ってやらないと、気持ちが治まらなかった。それに、団の仕掛けた「因果」の結末がどうなるのか、内心、気になって仕方ない。

 「好奇心は猫を殺す」という言葉が、チキンな彼女の胸の奥を繰り返し揺さぶっていたけれど……





 小走りで繁華街を抜けて行くと、甘える猫の声が幾つも聞こえた。路地裏は今日も満員御礼。五匹の猫が団と遊んでいる。
 
 あやすと言うよりこの野良オトコ、群れにすっかり溶け込む……いや、猫の温もりへ逃避している感さえ有り、声を掛けるのを躊躇していると、

「やぁ、君、うまくいったかい?」

 振り返りもしないで、団が先手を取った。

「ピートは何処?」

 男と目を合さず、有紀は辺りを見回す。常連の、あのちょっと太目の縞猫だけ、何故か姿が見えない。

「今夜はまだ来ていないよ。縄張りでも、パトロールしてるんじゃないか」

「……そう」

「それより、首尾は?」

 団の急かす口調に有紀は口籠り、目を逸らして俯いた。

「まさか、君!?」

 問いかけても答えは無い。

 しばしの沈黙の後、猫と遊ぶ時の穏やかさをかなぐり捨て、団は有紀へ詰め寄る。

「凄く重要だと僕は念を押したよね?」

「あなたから預かったメモリ、差し込むチャンスはあったのよ。あったんだけど、これからって時に……」

 有紀は悔し気に唇を噛んだ。

 彼女自身、全く想定外だったのだ。普段、滅多にフロアへ出ない櫛田洋三が、まさかあんなタイミングで現れるなんて。





 一通り事情を聞いた後、苛立ち紛れに団は「クソっ!」と叫び、背後の塀を叩いた。およそ彼らしくない剣幕に驚いたのか、数匹の猫が路地裏から逃げ出していく。

 頭を抱える彼の落ち込み様に、ぶつけてやるつもりだった文句の数々が有紀の喉元から引っ込んだ。

「そもそも君、どうして実行を躊躇ったんだ? 結局、ギリギリまで僕のプランを実行するかどうか、決めかねていたんだろ?」

「それは……何が起きるか怖くなって、ふとあなたの言葉を思い出したの」

「僕の?」

「ほら、初めて会った夜、「デッド・ゾーン」って小説が好きだと言ったでしょ。あたし、読んでないけど、映画版の方を観てるンだ」

「クローネンバークが監督した奴だね」

「で、内容を思い出す内、ドンドン怖くなって来ちゃった。だって未来を見通す超能力者が、いずれ世界を滅ぼす危険人物をその前に殺そうとして、自分が死んでしまう話なんだもん」

 団は小さく溜息をついた。立ち上がっていつもの能天気な笑いを浮かべようとしたが、できない。

 代りに、よろよろ何歩か後ずさる。多分、朝、コーヒーを飲んで以来、何も口にしていないのだろう。

「ねぇ、あのUSBメモリを使ったら、何が起きる筈だったの?」

「……君の上司が死ぬ筈だった」

 衝撃的な告白にも拘らず、有紀に大きな驚きは無い。もしかしたら、と思ってはいたのだ。

 むしろ団の、感情が載らない淡々とした言葉使いが気になる。何処か捨て鉢で、普段の彼とのギャップが大きい。

「僕が君へ渡したメモリにはね、ファイヤーウォール・プログラムのバックドアを開くキーが入っていたんだ」

「バックドア?」

「前にも話した通り、あの会社のセキュリティは万全。外部からのハッキングは不可能だし、ウィルス感染にも十分な配慮がなされている。複数の同時感染さえ、独自のAIによる検索と駆除を並行して行える仕組みだ」

「だからあの人、いつも余裕綽々だったのね」

「但し、ファイヤーウォールの作成者自身が、プログラム時点で抜け穴を仕込んでおけば話は別さ。キー・コードの入力で勝手にバックドアが作動し、情報をネットへ垂れ流してしまう」

 フッとシニカルに笑う。

 団の、その笑い方は深い翳りを含んでおり、彼が抱える闇、苦悩の大きさを有紀は感じずにいられない。

「ねぇ……そりゃ嫌な奴だけど、櫛田は昔からの知り合いでしょ。どうして、そこまでやらなきゃいけないの?」

「やりたくて、やってるんじゃない!」

 又、思い切り拳で塀を殴る。

 残っていた猫も全て逃げ出してしまい、路地裏をしばしの静寂が包んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...