緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

文字の大きさ
2 / 105

SHOW TIME 2

しおりを挟む

 更に麓の方角へ走る。相変わらず左右はぶなの林に挟まれており、変化が無い分、どれほど距離を稼いだか感覚がつかめない。

 もう随分、走った気がするけど……

 携帯電話を取出し、まだ繋がらないのを確かめて肩を落とした絵美の前方、蛇行した道の先に光が動く。

 曲がり角の向う側から自動車が接近しているようだ。

 絵美は歓喜で飛び上り、へたった膝に力を込めるが、その真横、鬱蒼とした左側の林から素早く何かが飛び出してきた。

 赤いレインコートが閃く。

 叫びかけた絵美の口を手袋付きの片手が塞ぐ。

 後から追うのではなく、逃げる絵美に気付かれない程度の距離を離し、並走していたのだろう。いつでも捕まえられるのに敢えて弄っていたのだ。

 もがく間もなく、頭部に衝撃を感じた。何か重く固い物で強打され、意識が遠のく間に彼女は林の奥へ引きずり込まれた。

 霞んでいく視界を、通過するヘッドライトの光が横切る。

 虚空へ指を伸ばすのが精一杯の絵美と、林の奥へ彼女を引きずる襲撃者の事など、車のドライバーが気付く筈も無い。





 絵美が意識を取戻した時、正面に赤い服のサイコパスが座し、こちらの様子をじっと伺っていた。

 今度は、仮面の中の瞳が仄かに見える。

 上空の夕日はすっかり山の端へ落ちているのに、絵美の周囲は眩しい程の明るさだった。取り囲む木々の枝に高出力タイプのペンライトが多数固定されており、その全てがこちら側を向いて、細い光の筋を集中させている。

 まるで舞台のスポットライトのようだ。さぞ手間が掛かるだろうに、誰かが先回りして準備でもしておいたのだろうか?

 体を起こそうとし、絵美は頭部の痛みに呻いた。

 手を触れると、ドロリと嫌な感触がある。先程殴られた傷からまだ血が流れ続けており、体の下に黒い泥濘ができているのを感じた。
 
「……あなたは誰?」

 顔を上げた絵美が声を振り絞ると、答えの代りに掠れた笑い声がする。

「何故、あたしにこんな事するの? お金が欲しいなら、好きなだけあげる」

 襲撃者の右手が振り上げられ、ビニールコートの裾が下がって、握りしめた大きな金槌が見えた。先程、絵美の頭部を殴打した凶器も、これだったのだろう。

 仮面の中の目が細くなり、無言のまま立ち上がって、絵美の方へと一歩踏み出す。

「いやっ、来ないで!」

 逃げる暇など無かった。

 勢い良く振り下ろされた金槌は、今度は絵美の頭部ではなく右膝の上へ落ち、骨を砕く音が響く。鋭い衝撃が頭の芯に駆け上る。
 
 耐えられる限度を遥かに超えた痛みに対し、絵美は悲鳴すら上げられず、その場でのたうち回った。

 膝下の感覚が失われている。

 もう何処へも逃げられないと悟り、絶望の最中、本能的に絵美は樹木の間を這った。這って、ほんの少しでも痛みを与えた者から遠ざかろうとする。

 その背へ金槌が落ちた。

 更にもう一撃。今度は左の膝だ。

 外科医の処置を思わす精緻な一打で腰から下が麻痺、絵美は這う事もできなくなった。呻きながら涙と血、怒りと哀しみの滲む瞳を真っ赤なてるてる坊主の黒い眼孔へ向ける。

「どうして……あなたは何故、こんな酷い事……」

「理由など、問うべき命題では有りません」

 そいつはセダンの車中で命がけの鬼ごっこを絵美へ仕掛けて以来、初めて意味のある言葉を発した。

「私達は答を探しているのです」

「答え……何の?」

「我々は何処から来たのか?」

 近くで聞いても違和感のある声だ。

 その響きからして、硬質素材の仮面内部にボイスチェンジャーか何か仕込まれているらしいが、激痛と恐怖に戦く絵美の脳裏にはこの時、奇妙な違和感が広がっていた。

 誰かに見られている。

 ペンライトが放つ光条と同じだけ、いや、それより遥かに多くの眼差しが、己の肉体へ突き刺さる気がした。

「我々は何者か?」

 赤い襲撃者は虚空へ声を張り上げ、ぶなの林が反響する。その妙に勿体ぶった台詞回しと、大袈裟で芝居がかった身のこなしのせいだろうか。

 現実感が薄れていく。何処か、遠くから拍手と喝采が聞こえる。

「我々は何処へ行くのか?」

 痛みと恐怖すら曖昧にぼやけ、絵美自身も女優で、グロテスクな寸劇の生贄を演じている気がした。

「ねぇ、君、考えた事はありませんか?」

 赤い仮面が絵美へ肉薄する。同時に確信した。やはり、確かにギャラリーは存在しているのだろう。

 仮面左側の上部、もがく絵美とシンクロして動く突起があり、良く見るとそれは内臓したビデオカメラの一部で、仮面を装着する者の視線を追うよう出来ているらしい。

「極めて根源的でありながら、捉え難き混沌に満ち、命を賭すに値する命題。是非、協力して下さい」

 目の前の奴が犯行を心から楽しんでいる、と声音で判った。

 ああ、何もかもお芝居であれば良い。それなら幾らでも絵になる悲鳴をあげてやるのに。
 絵美は心の底から、そう願う。

 しかし、振り上げられる襲撃者の金槌は、今度も外科医の処置に似た正確さで、彼女の鼻腔の上へ振り下ろされ……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...