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SHOW TIME 3
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(2)
それが夢でしかないと、高槻守人は知っていた。
鮮やかな夕陽に染まる山中で繰り広げられる追跡劇。
容易く捕えられる獲物をわざと走らせ、ようやく車道へ出た所で捕えて、再び山林へ引きずり込む。
事前のプラン通り、焦らず、騒がず、冷静に。
そして獲物の抵抗力を完全に奪った後、止めを刺す瞬間の鈍い手応え。
始めは固く、ある一瞬から極度に脆くなる手応えと同時に湧き上がる猛々しい歓喜の滾り。
あぁ、所詮、夢……
自室のベッドへ横たわり、むさぼるレム睡眠の中で生まれる幻影に過ぎない。だから、守人の意識に残る「狩り」の展開は常にランダム。前後の時系列が乱れ、断片的だ。
やたらイメージが曖昧で、痴呆症の老人が持つ記憶と言うのはこんな感じだろうか、と思う事もある。
子供の頃から繰返し見てきた悪夢のパターンは変わらない。でもディティールは様々であり、最後は手口の異なる殺人で終わる。
今回の凶器は金槌だ。
何処を殴れば良いかは判っているし、躊躇いも無い。教えられなくても守人は既に知っている。
昨夜の夢で狙った獲物は、暖色系でコーディネートされたトレッキングウェアをまとう年上の女性で、割合平凡な印象だが、笑顔の魅力的な人だった。
最初、何処かの山道を洒落たホワイトパール色のセダンで、のんびりドライブしていたのを覚えている。
実際は車なんか持っていない。一応、後の就職対策に免許を取得したものの、特にマイカーが欲しいとも思わない。
だが、夢の中で守人がハンドルを握る車は明らかに新車で、快適な乗り心地だった。そして何処か知らない山の裾野で、のんびりヒッチハイクしている女性を見つけたのだ。
車を止め、窓を開けると彼女は笑顔で話しかけてきた。三十代の初めだろうか。年上ならではの大らかな魅力を感じる。
別の形で会っていたら、きっと友達になれたろう。傷つけたくないと素直に思った。
でも夢の中ではそうもいかない。
守人の意志に関わらず、犯行は必ず達成される。必ず行わなければならないし、事前にプログラムされていたかの如く、体が勝手に動いてしまう。
殺す直前、相手に語りかける言葉も守人の意志に関わらず、いつも一緒だ。
「我々は、何処から来たのか?」
自分の声と思えない奇妙な声音で守人は獲物を怯えさせ、芝居めいた大仰なプロセスにたっぷり時間をかける。
「我々は、何者か?」
しかる後、相手の喉元から最後の息が吐き出されて、血塗れの体が静かに弛緩していくのを確認する。
「我々は、何処へ行くのか?」
滑らかな手触りをしたプラスチック樹脂の赤い仮面をはぎ取るのはその後だ。素顔に戻り、頬の辺りを撫でる。
でも、その指先には何も感じられない。
彼の顔の感触が無い。
ある筈の空間にぽっかり虚ろな穴が開いているだけで、その奥から掠れた笑い声が漏れ出す。
守人自身のものとは思えなかった。
何時か、何処かで聞き覚えのある低い声が、動かない女とその傍らで血染めの金槌を握ったまま立ち竦む守人を嘲笑い……
そこで目が覚めるのも、高槻守人は知っていた。
仙台市青葉区の住宅地にある一軒家、自室のベッドで起き上り、額の粘ついた汗を無造作に手の甲で拭う。
19才の若い肌は総毛立ち、汗はすっかり冷えていた。呼吸は乱れ、悪寒と吐き気を感じる。
このパターンもいつもと同じ。
夢の中であれほど獲物の苦しみを煽り、弄り、楽しんでいたのに目覚めた今は思い出すのも嫌だ。
窓から差し込む月明かりが、正面のガラス棚に飾ったフィギュアの群れを照らしていた。
どれもSF映画やアニメのキャラクターで、一番目立つ位置にあるのは「バック・トウ・ザ・フューチャー」のタイムマシン・デロリアン。隣には「スターウォーズ」のXウィング・ファイターが翼を拡げている。
こいつは完成品のフィギュアではなく、少し値が張る精密なプラモデルだ。LED点滅やエンジン音のギミックが仕込まれていて、特に器用なタイプじゃない守人は完成まで半月を要した。
四方の壁はポスターで覆われているが、どれも1970年代から2000年位までの劇場用映画のもの。SFやアクション、サスペンス系が主であり、ホラー映画のものは無い。
実際、守人は決してホラー好きではないのだ。
最新作より一世代前の名作が好きな根っからのSFマニアであり、名のある作品ならホラー映画も目を通しているものの、スプラッター系はパス。本来、血は苦手だ。
喧嘩なんかした事ないし、争い自体が嫌い。幼い頃から、虫を殺すのも避けたいと思っていた。
だから何故、こんな夢を繰返し見るのか、自分でも判らない。趣味の延長線上にないのは確かで、夢の最中に感じる高揚感へ強い違和感があった。
ま、いっか。多分、子供の頃の、あの事件が関わってるんだろうけど……
それは考えたくない。
考え始めると何ンか頭重いし、怖くなる。あの時、あのお医者さんだって、無理に考えなくて良いと言ってくれたし、さ。
それが夢でしかないと、高槻守人は知っていた。
鮮やかな夕陽に染まる山中で繰り広げられる追跡劇。
容易く捕えられる獲物をわざと走らせ、ようやく車道へ出た所で捕えて、再び山林へ引きずり込む。
事前のプラン通り、焦らず、騒がず、冷静に。
そして獲物の抵抗力を完全に奪った後、止めを刺す瞬間の鈍い手応え。
始めは固く、ある一瞬から極度に脆くなる手応えと同時に湧き上がる猛々しい歓喜の滾り。
あぁ、所詮、夢……
自室のベッドへ横たわり、むさぼるレム睡眠の中で生まれる幻影に過ぎない。だから、守人の意識に残る「狩り」の展開は常にランダム。前後の時系列が乱れ、断片的だ。
やたらイメージが曖昧で、痴呆症の老人が持つ記憶と言うのはこんな感じだろうか、と思う事もある。
子供の頃から繰返し見てきた悪夢のパターンは変わらない。でもディティールは様々であり、最後は手口の異なる殺人で終わる。
今回の凶器は金槌だ。
何処を殴れば良いかは判っているし、躊躇いも無い。教えられなくても守人は既に知っている。
昨夜の夢で狙った獲物は、暖色系でコーディネートされたトレッキングウェアをまとう年上の女性で、割合平凡な印象だが、笑顔の魅力的な人だった。
最初、何処かの山道を洒落たホワイトパール色のセダンで、のんびりドライブしていたのを覚えている。
実際は車なんか持っていない。一応、後の就職対策に免許を取得したものの、特にマイカーが欲しいとも思わない。
だが、夢の中で守人がハンドルを握る車は明らかに新車で、快適な乗り心地だった。そして何処か知らない山の裾野で、のんびりヒッチハイクしている女性を見つけたのだ。
車を止め、窓を開けると彼女は笑顔で話しかけてきた。三十代の初めだろうか。年上ならではの大らかな魅力を感じる。
別の形で会っていたら、きっと友達になれたろう。傷つけたくないと素直に思った。
でも夢の中ではそうもいかない。
守人の意志に関わらず、犯行は必ず達成される。必ず行わなければならないし、事前にプログラムされていたかの如く、体が勝手に動いてしまう。
殺す直前、相手に語りかける言葉も守人の意志に関わらず、いつも一緒だ。
「我々は、何処から来たのか?」
自分の声と思えない奇妙な声音で守人は獲物を怯えさせ、芝居めいた大仰なプロセスにたっぷり時間をかける。
「我々は、何者か?」
しかる後、相手の喉元から最後の息が吐き出されて、血塗れの体が静かに弛緩していくのを確認する。
「我々は、何処へ行くのか?」
滑らかな手触りをしたプラスチック樹脂の赤い仮面をはぎ取るのはその後だ。素顔に戻り、頬の辺りを撫でる。
でも、その指先には何も感じられない。
彼の顔の感触が無い。
ある筈の空間にぽっかり虚ろな穴が開いているだけで、その奥から掠れた笑い声が漏れ出す。
守人自身のものとは思えなかった。
何時か、何処かで聞き覚えのある低い声が、動かない女とその傍らで血染めの金槌を握ったまま立ち竦む守人を嘲笑い……
そこで目が覚めるのも、高槻守人は知っていた。
仙台市青葉区の住宅地にある一軒家、自室のベッドで起き上り、額の粘ついた汗を無造作に手の甲で拭う。
19才の若い肌は総毛立ち、汗はすっかり冷えていた。呼吸は乱れ、悪寒と吐き気を感じる。
このパターンもいつもと同じ。
夢の中であれほど獲物の苦しみを煽り、弄り、楽しんでいたのに目覚めた今は思い出すのも嫌だ。
窓から差し込む月明かりが、正面のガラス棚に飾ったフィギュアの群れを照らしていた。
どれもSF映画やアニメのキャラクターで、一番目立つ位置にあるのは「バック・トウ・ザ・フューチャー」のタイムマシン・デロリアン。隣には「スターウォーズ」のXウィング・ファイターが翼を拡げている。
こいつは完成品のフィギュアではなく、少し値が張る精密なプラモデルだ。LED点滅やエンジン音のギミックが仕込まれていて、特に器用なタイプじゃない守人は完成まで半月を要した。
四方の壁はポスターで覆われているが、どれも1970年代から2000年位までの劇場用映画のもの。SFやアクション、サスペンス系が主であり、ホラー映画のものは無い。
実際、守人は決してホラー好きではないのだ。
最新作より一世代前の名作が好きな根っからのSFマニアであり、名のある作品ならホラー映画も目を通しているものの、スプラッター系はパス。本来、血は苦手だ。
喧嘩なんかした事ないし、争い自体が嫌い。幼い頃から、虫を殺すのも避けたいと思っていた。
だから何故、こんな夢を繰返し見るのか、自分でも判らない。趣味の延長線上にないのは確かで、夢の最中に感じる高揚感へ強い違和感があった。
ま、いっか。多分、子供の頃の、あの事件が関わってるんだろうけど……
それは考えたくない。
考え始めると何ンか頭重いし、怖くなる。あの時、あのお医者さんだって、無理に考えなくて良いと言ってくれたし、さ。
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