緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

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知り過ぎていた男 2

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 五十嵐が住まうマンションの5階、外廊下で星空から吹き下ろす寒風に晒され、笠松は天を仰いでいた。

「全く……オヤジの引き籠りは始末が悪い」

 富岡の方はこの展開を予期していたのか、性懲りも無く呼び鈴を押し続け、

「ちょっとだけ、ねぇ、ちょっとだけ話をしませんか。俺、宮城から戻ったばかりで良い土産があるんですよ」





 宮城と聞いた途端、ドアの前で仁王立ちしている五十嵐の表情が変わった。

「……まさか、お前、あの事件を調べとるのか!?」

「ええ、気仙沼と荒生岳の現場に臨場して、今夜、東京へ帰ってきたばかりです」

「帳場の見立てはどうなっとる?」

「ほら、先生も興味あるでしょ? 開けてくれたら、包み隠さずお話しますよ」

 五十嵐は喉の奥で唸り、ドア・チェーンを掛けたまま、薄~く玄関の扉を開く。すると、茶色の細長い棒が隙間から差し込まれた。

「な、何だ、こりゃ?」

 たじろぐ五十嵐を、ドアの隙間から富岡のにやけ面が覗き込む。

「宮城名物、油麩。お土産があると言いましたよね」

「ふ? 食いモンか?」

「鍋に入れるのが定番ですが、使い勝手が良いんですよ。切って味噌汁に放り込むだけでもいけます」

「ほぉ」

「どうせ、ろくなもん食べてないでしょう、五十嵐先生」

「ほっとけ」

 と吐き捨ててみたものの、見れば意外とうまそうだ。

 五十嵐が油麩の先端を掴み、ドアの中へ引き込もうとすると、もう片方を握ったまま、富岡が言う。

「込み入った話は中でしません? 俺も年を食ったもんで、秋の夜風は骨身に染みる」

「ふん、むしろ、そのまま凍死せぃ」

 悪態をつき、五十嵐は浮かない顔でドア・チェーンを外す。





 玄関から書斎に通され、部屋へ入った途端、こもる悪臭に笠松は顔をしかめた。

「高齢者の引きこもり……巷のゴミ屋敷ってのも、こんな匂いなんだろうなぁ」

 富岡の方はポケットからそそくさ電子パイプを出すが、ブラウン色のリキッドをアトマイザーへ注入する寸前、ヒョイと伸びた五十嵐の手に取り上げられてしまう。

「オイ、誰が吸って良いと言った!」

 富岡の口から「へ?」と間の抜けた声が出る。

「わしゃ、去年から禁煙しとンじゃ。こんなタバコの紛い物で、寝た子を起こす真似すんな」

「え~っ、あなたが禁煙!? 自堕落な生き方を改めず、ゴミと共存する生活破綻者なのに」

「……どうしようと、わしの勝手よ」

「健康的な暮らしなんて、どう考えても似合いません。今更、悪あがきしないで下さい」

 未練タラタラの富岡に電子パイプとリキッドボトルを返し、五十嵐は呆れ顔で肩を竦めた。

「悪あがきはどっちじゃ。えらく往生際の悪いオヤジに成り果てやがって。手下の無礼もお前の指導か?」

 渋々パイプを仕舞う富岡を横目に、笠松が憮然と言う。

「自分は富岡さんの手下じゃない。警視庁捜査一課・特殊捜査班第四係、笠松透。階級も同じ警部補。対等の相棒です」

「ヒヨッコがナマ言うんじゃねぇ」

 五十嵐は鼻で笑い、壁に貼られた資料を撫でた。

「なにしろ体を大事にしねぇと。わしゃ、まだ死ねねぇンだ。この世に未練がたんとあるからよ」

 その眼差しの迫力は富岡の未練も断ち切ったらしい。

 表情をぐっと引き締め、黒板へ張られた写真等に一通り視線を巡らせた富岡は、パソコンの液晶モニターに目を止めた。

「これ、例のサイトですね」

 富岡はHPの「門」をマウスでなぞってみる。

 自分の根城を荒らされたくない様子の五十嵐は、富岡からマウスを荒っぽく取り上げ、仏頂面でデスク端に置き直した。

「全く……十年前のお前は、もう少し可愛げがあったぞ」

 藪睨みで威嚇するものの、富岡は受け流し、「サイトで何か、見つかりました?」と聞き返す。

 忌々し気に、五十嵐は首を横に振った。

「五十嵐さんでも手に余りますか」

「ダークウェブは想像以上に厄介でな」

「ダークウェブっスか。それ使って公安の内部情報をリークする事件が前にありましたけど」

 笠松が横から口を出すと、五十嵐から冷たい視線が飛ぶ。

「本来はサイバー対策課の仕切りだが、この先、一課のヤマにも少なからず影響を及ぼす。もっと勉強しとけや、小僧」

 露骨に見下げられ、反感をつのらせる笠松の肩を「落ち着け」と叩いて、富岡が五十嵐に向き合った。

「わしがネットの都市伝説に注目し、『タナトスの使徒』へ目を付けた経緯は覚えとるな。最初はわしもITにうとく、表の方だけ調べておった」

「実際、表サイトも違法スレスレのネタを扱ってますものね」

「しぶとさだけなら表は裏に負けん。アドレスを変え、規制する側と鬼ごっこを繰返しながら生き延びていやがる」

「仮に管理人を特定できたとして、そいつも匿名の誰かに委託されただけでしょうし」

 五十嵐が忌々しそうに舌打ちした。
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