緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

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WHO ARE YOU? 3

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「フフ、良い人って何時でも自分が正しいと思っているのね」

 この時、守人の口調は女性を模し、ひどく芝居がかっていた。

「高槻君、それ、何?」

「1959年に作られた映画の台詞だよ。『私は死にたくない』というタイトルで、スーザン・ヘイワードがアカデミー主演女優賞をとった」

 守人が映画の蘊蓄を語るのはいつもの癖だ。でも、落ち着き払った口調と怜悧過ぎる眼差しに更なる違和感が漂う。

「ヘイワードはバーバラ・グレアムという殺人犯を演じ、ラストシーン、死刑執行の直前で彼女はこう言い放つ」

「自分は無実と訴える為に?」

「映画を監督したのは巨匠ロバート・ワイズで、バーバラ・グレアムを悲劇のヒロインとして描いた。ほとんどの観客は映画館を出る時、彼女の無実を信じただろう」

 守人は謳う様に語り、臨の目を覗き込んだ。

「でも、アメリカの臨床心理学者、マーサ・スタウトは著書の中でバーバラ・グレアムに触れ、人の同情心を巧みに利用するサイコパスだった、と分析してる」

「つまり、真犯人と考えていたのね」

「バーバラは32才の時、二人の男と共に金持ちの未亡人、メイベル・モナハンの家へ押入り、握っていた拳銃の台座でメイベルの顔が変形するほど殴った後、枕を押し付けて窒息死させた。仲間内でのあだ名は『血塗れバブス』。事件を詳しく取材したロサンジェルス・タイムズの記者も又、判決の正当性を主張してる」

「なら処刑前の、バーバラの言葉は……」

「最後にもう一度『良い人』達を煙に巻き、コントロールする快感を味わおうとしたのかも、ね。サイコパスと言われる人種が、その手のゲームを好むのは君も知ってるだろ?」

 臨は口をつぐみ、守人を見た。

 そんな話を切り出す彼の真意が分からなかった。
 
「如何に哀し気に振舞い、心の痛みをアピールしようと、本質的に彼らは只それを演じているだけ。良心なんて初めから持ち合わせが無いのでね。哀れ、善人の皆さんは勝手に同情した挙句、食い物にされるが関の山」

「良心は役立たずって言いたいの?」

「少なくとも得じゃない。多くの遺伝子を次代へ残す生存戦略からすれば弱肉強食のみが正義であり、良心は重い足枷。欲望のみで行動するサイコパスの方が遥かに有利だと思うよ、私は」

 流暢に回る舌の先で、一人称が『俺』から『私』になった。本人は気付いているのだろうか? 

 これまで現れた事の無い三つ目の顔を臨は感じた。だが敢えて気付かぬ振りをしたまま、いつもの調子で言い返す。

「お言葉ですけどね、それでも世界には正しくありたいと思う人の方が多いと思う」

「い~や、世界はサイコパスを求めてるのさ」

 守人は楽し気に断言した。

「第二次世界大戦当時、戦場に派遣される兵士の何パーセントが実際に人へ向けて銃を撃てたか、知ってる?」

 臨は当惑し、首を横に振った。

「僅か15パーセントに満たないと言われている」

「沢山、人が死んだのに?」

「爆撃や砲撃といった不特定多数への攻撃なら、少しマシなんだけどね、どうしても人を殺せない『良い人』が一定数いるんだよ」

「その境界線は何処にあるの?」

「そう、まさにそこが問題」

 守人はベンチに置かれた古い木の箱を手に取る。

 その中に使い古されたメスが入っていて、先程まで守人は恐る恐る触れていたが、今は如何にも慣れた手つきで弄び、ポケットの中へ放り込む。

「どうすれば誰もが躊躇なく人を殺せるようになるか、軍に携わる多くの学者が研究し、ノウハウを蓄積した。そして反復学習による条件付け等の手法が確立した結果、ベトナム戦争ではめでたく70パーセント以上の兵士が人を撃てるようになったのさ」

「心理学の……暗い側面ね」

「確実に殺人を可能とする方策は今も研究途上にある。殺戮を厭わないサイコパスへの人格矯正法が確立した場合、欲しがる国は多いからね。天井知らずの高値がつくだろう。当然、寄与する実験にも高い投資効率が期待される」

「……投資?」

「そう、まさにビッグビジネス!」

 ほくそ笑む守人に臨の背筋は凍った。

「世界は闇に恋焦がれてるのさ。君が思うより、ずっとね。或いはサイコパスこそ、そんな時代の求めに応じる人の進化形かも知れない」

 守人の中にいる『誰か』が善意を嘲笑っている。

 本来の彼には持ち得ない特殊な知識を駆使し、目の前の臨だけじゃなく、宿主たる草食男子を見下している。
 
 そう感じた瞬間、臨の中で恐れは憤りへ転じ、堪えていた疑問が堰を切って溢れ出した。

「あなたは誰?」

 守人は一瞬、目を見開いて臨を見る。

「高槻君の中にいる誰か、もう一つの人格なの?」

 守人は答えない。

 それは言葉に迷うと言うより、心の中のスイッチが切れ、思考の道筋を見失って途方に暮れる面持ちに見えた。

 落ち着きなく右を向き、左を向いたかと思えば、失語症さながら何度か口をパクパクさせ……

 すぐに守人は又、笑う。でもそれは高慢な冷笑ではない。おずおずと伏し目がちに浮かべる、彼らしい弱気な苦笑いだ。

「ゴメン、能代さん、僕、ちょっと言い過ぎた」

「えっ、『僕』!?」

「何か話してる内に気持ちが高ぶって、映画の悪役のノリになってたみたい」

「あ~、高槻君……今、あたしに何を言ったか、覚えてるの?」

「そりゃそうです。検査の不安とか、プレッシャーとかで僕のテンション、少し変だけど」

 やはり、いつもの守人だ。

 先程までの挑発的な態度は消え、物腰もすっかり肉食系から草食へ戻っている。

 これまで他の人格が現れる際に起きていた意識や記憶の混濁が発生しておらず、自身の変化を今一つ自覚していない点は気になるが……
 
 今は止そう。来栖准教授の催眠療法を受ける前に、守人の精神をこれ以上かき乱すのは避けたい。

「こっちこそ変な事を言ってゴメンね。何せ、あたし、前向きバカなので」

 取り合えず臨は笑顔を取り繕った。

「あと、羊の皮を被ったイノシシでしょ? ブレーキが緩いダンプカー、ってのも聞きました」

「あ、チクったの文恵でしょ!」

 怒った顔で臨が拳を握ると、守人は声を上げて笑い、ベンチから逃げ出した。明るさを取り繕い、不安を噛み殺して向かう先は医工学科ビルの入口だ。

 調子を合わせて追いかけながら臨は、カラ元気でも無いよりマシかな、と守人の背中を見て思う。





 この時、ビルへ駆け込む二人を少し離れた植込みの蔭から志賀進が見つめていた。

 守人を隠し撮りする為、過去にも何度か大学構内へ潜入しているのだが、今日は手元にカメラが無い。代りにジャケットのポケットへ手を突込み、掴み出したPCPの錠剤をボリボリ噛む。

 血走った瞳孔は焦点を失い、ふらふら歩く様子は誰が見ても常軌を逸している。学生の少ない日曜日で無ければ、とうに警備員を呼ばれていただろう。

「ヘヘッ、イイねぇ……イ~ぃ感じに盛り上がってきたねぇ」

 スマホを取り出し、メール・アプリを起動。昨夜遅くに届いたメッセージを確認してみる。

 中身は実にシンプルだ。

『午後3時 陸奥大学理工学科ビル4階 精神神経医学教室』

 末尾に潜入用パスワードと思しき9桁の文字列が添えられ、差出人は『赤』。

 普段『タナトスの使徒』掲示板を通して伝えられるメッセージが、昨日の夜は直接届いた。
 
 人目を避け、野宿を繰返す日々でTORブラウザは使用不能。当然、ダークウェブをチェックする手段も無かったから、着信を見つけた時、志賀の胸は歓喜に震えた。

 警察に見つかる危険を冒して市内を移動、青葉山公園を突っ切るルートで陸奥大学へ乗り込んだのも、その勢いの賜物である。

 何しろ『赤』からの指示は絶対順守。

 今やお先真っ暗の志賀にとって、それはネットの仲間と繋がる最後の絆であり、希望の証にも思える。

「旦那……もうすぐだ。会う、会えレば、会って……ヒヒッ」

 直接『師』にまみえるのは何年ぶりだろうか?

 もう一度、夢にまで見たあの人の教えを乞いたい。

 そうさ、惨めにおっ死んでも他人の中で生まれ変わる裏技、ちゃんと教えて貰わなきゃな。

 通行人が気味悪がって道を開け、志賀は路地の真ん中を通って陸奥大学・医工学科ビルの玄関ホールへ足を踏み入れる。

 後は身を潜めていれば良い、指定された時が訪れるまで。
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