60 / 105
君が深淵を覗く時 1
しおりを挟む(22)
それが夢でしかないと、高槻守人は知っていた。
東北の郊外、都市と都市の間をつなぐ幹線道路は木材や土木工事の資材を運ぶトラックを除くと、夕方は交通量が多くない。
赤い小型車で快適にスピードを上げ、雨上がりの涼気を胸に吸い込む。快適だ。でも、所詮は夢。普通免許は取ったが、守人は自分の車を持っていない。
あ、誰かから借りたんだっけ?
はっきり思い出せない。
でも、赤い小型車なんて……好みから言っても論外。色も形も可愛過ぎ、自分には似合わないと思うが、その可愛さに惹かれたのだろうか?
道端で若い女性のヒッチハイカーを見かけ、二人組の内の一人が片手を上げた。ウォーキングに適した旅装をしているから、都会からやってきたのかもしれない。
台風24号は気象庁の想定を超える速度で通過。宮城県では昼過ぎに爽やかな晴れ間が広がったから、それに誘われて歩いてみる気になったのだろう。
だが、既に夕日は山の端に没しつつあり、薄暗くなって焦ったらしい。守人が車を止めると喜んで乗ってきた。
しばらく軽い会話を楽しむ。
口下手の守人が、この時は巧みな話術で女の子たちを笑わせ、リラックスさせる事ができた。
僕にしては上出来じゃん。上出来過ぎて、僕じゃないみたい。
夢だから、唐突に場面が飛ぶのも仕方ない。
次に目に浮かんだのはドライブしたまま市街へ7キロの距離まで近づいた所で、何時の間にかヒッチハイカーは消え、パトロール中の警官が前方を自転車で走っていた。
車の速度を落とし、何処か良い宿が無いか尋ねる。
感じの良い小太りの警官でしばらく路肩に車を止め、他愛のない世間話を楽しむ。
又、車を走らせ、そして、教えられた場所、派手なネオンサインが目印になっている駐車場へミニセダンを乗り入れて……
窓から差し込む朝の光で目覚めた。
今度こそ夢じゃなく現実かな?
衣服は昨日から着の身着のまま、部屋に入った直後にベッドへ倒れ込んだという感じ。ぼけた頭を軽く叩き、大きく背伸びして意識をはっきりさせる。
全く……夢にしたって極端な展開だよな。
丸い回転ベッドに仰向けで寝転び、真上に張り付けられた鏡の天井を見上げて、守人はつくづくそう思った。
見るからにラブホテルの内装だ。
悲しいかな、彼女いない歴と年齢が一致する守人には、この手のホテルに入った経験が無い。
カーテンは紫色で、パンダやらアライグマやらのぬいぐるみが彼方此方に置かれ、様々な言語の張り紙が目についた。
そういえば夢の中でお巡りさんが話してくれたっけ。
外国の観光客目当てで改装したラブホテルなら、男性一人でも泊めてくれるし、安上がりだってさ。
ならここ、今は普通のホテルなのかな?
ベッドサイドのスイッチを押すと、ウィンウィン耳障りな音を立てて寝台が回りだした。一回転した所でスイッチを切り、ベッドから起き上がって上着のポケットをまさぐってみる。
財布とスマホしか入っていない。しかも、スマホの方は格安携帯キャリアのSIMカードが抜いてある。
ん~、何でこうなったんだっけ?
能代さんと一緒に、来栖先生の催眠療法を受けた所までは覚えていて、何か凄く厭な事が起きた様な……
晴れない靄が頭の中心に居座り、思い出すのを邪魔する。
スマホにSIMを挿入、電源を入れると日付は10月2日の火曜日で、催眠療法を受けた日から二日過ぎていた。
完全な記憶のブランクが存在していた訳で、以前にも何をしたか思い出せない日は時々あったが、これほどの期間、意識が飛んでいた経験は無い。
こういう場合、他人に頼るのが一番だ。
留守電の記録をチェックすると臨から何度も……数えきれない程、受信していた。
時刻表示は午前9時半。この時刻なら迷惑にならないかな、と発信ボタンを押しかけ、その指が止まる。
夢うつつの内に又、何かやらかしてたら?
あれは何時だったか、いつもの癖でぼ~っとしていて曖昧な返事をした後、臨に思いっきり突っ込まれた記憶が疼く。
高槻君、ちょっとソコ座んなさい!
説教のノリで言い出したら聞かない。口答えしたら三割増しで反撃。こっちが一歩退いたら、何歩でも限りなく突進してくる。
『羊の皮を被ったイノシシ』と言うあだ名がピッタリに思えたけれど、慌てて謝る守人に少し頬を膨らませて微笑む臨は堪らなく可愛い。
他人との関りを極力避けてきた守人にとって、臨は最大の例外に他ならなかった。
物騒な事件に巻き込まれ、もう沢山と思う反面、彼女が側にいてくれるなら、ずっとこんな時が続けば良いと思えてしまう。
さ~て、今日の御機嫌はどうだろう?
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる