68 / 105
痕跡 3
しおりを挟むたどり着いた現場は既視感に満ちている。
大きな切株を中心に張られた「KEEP OUT」のテープと言い、若い警官達を指揮する泉刑事の皺の目立つ丸顔と言い、荒生岳の現場を思い出さずにいられない。
「泉さん、御苦労様です」
「あぁ、富岡さん、おんなすったかね」
いつも着膨れした印象の泉が、この時はワイシャツ姿で額に汗を浮かべている。広い範囲で証拠採取した苦労が滲む様だ。
切り株の周囲に転がる女性の遺体は手首、足首、胴体と無造作に切断された後、歪なバランスで組み合わされている。
一人分の首がオブジェさながら四人分の掌へ載せられ、もう一人分が無い。
「あんた方がホテルの部屋で見てきた生首、その首無しホトケさんの物なんでしょうなぁ」
泉は眉をしかめ、額の汗を拭った。
「切断された部分以外、特に遺体の損壊は無いですね。周囲に血痕が飛び散った様子も無い」
遠巻きに見ている笠松を他所に、富岡は遺体へ顔を寄せる。
「多分、犯行が行われた現場じゃないんですわ、ここ」
「私も他の場所で殺され、運ばれたと考えています」
「何で又、そんな手間を? この状況さ見る限り、ホトケさん見世物にして、飾っとく為としか思えんのですが」
「ギャラリーを意識したのかも知れません」
目を丸くする泉に、富岡は取り囲む木々の枝ぶりを見回しながら訪ねた。
「この林をくまなく捜索されたんですよね。ストリーミング……つまり、動画を撮影して、インターネットへ流す為の機材や、それを設置した痕跡が見つかりませんでしたか?」
「いやぁ、そっただ妙な仕組みは無かったけんど、台風の後は天気が定まらん。細かい証拠は吹っ飛んだかもしんないねぇ」
「或いは痕跡を丁寧に始末したかもしれない」
「例の学生、高槻守人が、かね?」
「通報者の女性によると、現場には高槻以外にも不審者がいたそうですが」
「オウムみたいなカルト集団がおるんかなぁ? やっと事件の片が付いたと思ったのに」
事件の片が付くとは、気仙沼市八日町と荒生岳での連続殺人は志賀進による犯行、との上層部の判断に基づいている。
志賀が陸奥大学に持ち込んだ金槌の血痕から、荒生岳の被害者・田村絵美のDNAが検出された事。
愛人の田島茜と共に常用していたPCPの錠剤が、八日町の江口繁殺害現場に落ちていた物と、特殊な添加物を含め、同じ成分だと判明した事。
この二点から志賀進単独犯行説が支配的となり、被疑者死亡と言う形で合同捜査本部解散も視野に入っていた。
勿論、富岡は異議を唱え続けていたが、頼みの綱の雨宮捜査一課長すら耳を貸してくれない有様。
後は背景を明らかにする作業だけの筈だった。とは言え、そちらの方は遅々として進まない。
志賀の部屋にあったPCのハードディスクはサイバー犯罪対策課の解析作業に回され、成果を得られぬまま終了。
ディープウェブ版『タナトスの使徒』へのアクセスデータを含む肝心な部分は、リムーバル仕様の記憶装置で運用されており、逃走中に志賀の手で廃棄された可能性が高い。
又、志賀が死亡時に所持していたスマートフォンはSIMカードが抜いてあり、大学構内の捜索でもSIMを発見できなかった。騒ぎを起こす前に医工学科ビルのトイレで流すなりして処分したのかも知れない。
つまり『タナトスの使徒』に関わる新たな情報は殆ど入手できておらず、実態も不明のまま。
そんな状況の中で捜査の幕引きを阻む新たな事件まで起きてしまった為、警察は対応に苦慮しているのである。
「お偉いさんはまだ志賀の単独犯説を捨ててねぇべさ」
丸い顔の皺を深く寄せ、泉刑事はこぼした。
「高槻って学生が今回のホンボシだとしても、志賀の事件に刺激された便乗犯。あくまで別のヤマって見立てで」
「幕引きを急いでる感じですね。で、被害者と高槻以外に人間がいた痕跡、些細な物でも良いんで、何か見つけたら……」
「無い、無い。正直な話、いかれた連中さ、この長閑な東北で跋扈してるなんて私も信じらんねぇべし」
疲労が滲む泉に礼を言い、富岡は笠松へ話しかけた。
「参ったね。能代さんが折角、俺を信じて通報してくれたのに、彼女の主張を裏付けるものが皆無とは」
「通報通り、死体があったじゃないスか」
「彼女が俺に証明して欲しかったのは、被害者と高槻以外に誰かが現場にいた事だろ。それに高槻の精神が不安定なのを利用し、罪を押し付けようとする陰謀の存在」
「彼女も騙されてる可能性、あるでしょ」
「その場合の高槻の目的は? 自分が犯行現場にいるのを明かしてるんだから、容疑を自ら濃くしてる感じだぞ」
「少なくとも、高槻が襲われ、拉致される動画をインターネットで観たって話は眉唾ですよ。富岡さんだって、五十嵐さんへ確かめてたじゃないスか」
「それはまぁ……そうなんだが」
臨から通報を受け、捜査本部へ報告を上げた後、この現場へ向う前に五十嵐とは電話で話している。
『タナトスの使徒』のサイト画面をキャプチャし、24時間録画で監視している五十嵐が、臨の言う突然のストリーミングを捉えたか否か尋ねたのだが、結果は空振りだ。
その放送を五十嵐は見ていない。
それ所か『タナトスの使徒』は志賀の死後、休眠状態で監視の中止を検討していたと言う。
「ネット配信された動画が、陸奥大学の中だけで閲覧でき、他の視聴者は存在しないなんて、確かにあり得ないよなぁ」
「嘘って考えた方が、よっぽど素直っスよ」
笠松の指摘を富岡も否定しきれない。だが、電話の向うから切々と訴えてきた臨の言葉も信じたいと思った。
「消えた高槻、今、どうしてんだろ?」
「さぁねぇ。訳の分からない出来事ばかりで、俺、良い加減うんざりしてきましたよ」
吐き捨てる笠松の見つめる先、泉達の捜索は尚も精力的に続いていたが、おそらく何も見つかるまい。
もう一度、五十嵐と直接会い、力を合わせて隅の消息を徹底的に探る必要があると富岡は思った。
高槻守人を見つける為にも、今はそれしか活路が無い、と。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる