緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

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痕跡 3

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 たどり着いた現場は既視感に満ちている。

 大きな切株を中心に張られた「KEEP OUT」のテープと言い、若い警官達を指揮する泉刑事の皺の目立つ丸顔と言い、荒生岳の現場を思い出さずにいられない。

「泉さん、御苦労様です」

「あぁ、富岡さん、おんなすったかね」

 いつも着膨れした印象の泉が、この時はワイシャツ姿で額に汗を浮かべている。広い範囲で証拠採取した苦労が滲む様だ。

 切り株の周囲に転がる女性の遺体は手首、足首、胴体と無造作に切断された後、歪なバランスで組み合わされている。

 一人分の首がオブジェさながら四人分の掌へ載せられ、もう一人分が無い。

「あんた方がホテルの部屋で見てきた生首、その首無しホトケさんの物なんでしょうなぁ」

 泉は眉をしかめ、額の汗を拭った。

「切断された部分以外、特に遺体の損壊は無いですね。周囲に血痕が飛び散った様子も無い」

 遠巻きに見ている笠松を他所に、富岡は遺体へ顔を寄せる。

「多分、犯行が行われた現場じゃないんですわ、ここ」

「私も他の場所で殺され、運ばれたと考えています」

「何で又、そんな手間を? この状況さ見る限り、ホトケさん見世物にして、飾っとく為としか思えんのですが」

「ギャラリーを意識したのかも知れません」

 目を丸くする泉に、富岡は取り囲む木々の枝ぶりを見回しながら訪ねた。

「この林をくまなく捜索されたんですよね。ストリーミング……つまり、動画を撮影して、インターネットへ流す為の機材や、それを設置した痕跡が見つかりませんでしたか?」

「いやぁ、そっただ妙な仕組みは無かったけんど、台風の後は天気が定まらん。細かい証拠は吹っ飛んだかもしんないねぇ」

「或いは痕跡を丁寧に始末したかもしれない」

「例の学生、高槻守人が、かね?」

「通報者の女性によると、現場には高槻以外にも不審者がいたそうですが」

「オウムみたいなカルト集団がおるんかなぁ? やっと事件の片が付いたと思ったのに」





 事件の片が付くとは、気仙沼市八日町と荒生岳での連続殺人は志賀進による犯行、との上層部の判断に基づいている。

 志賀が陸奥大学に持ち込んだ金槌の血痕から、荒生岳の被害者・田村絵美のDNAが検出された事。

 愛人の田島茜と共に常用していたPCPの錠剤が、八日町の江口繁殺害現場に落ちていた物と、特殊な添加物を含め、同じ成分だと判明した事。

 この二点から志賀進単独犯行説が支配的となり、被疑者死亡と言う形で合同捜査本部解散も視野に入っていた。

 勿論、富岡は異議を唱え続けていたが、頼みの綱の雨宮捜査一課長すら耳を貸してくれない有様。

 後は背景を明らかにする作業だけの筈だった。とは言え、そちらの方は遅々として進まない。

 志賀の部屋にあったPCのハードディスクはサイバー犯罪対策課の解析作業に回され、成果を得られぬまま終了。

 ディープウェブ版『タナトスの使徒』へのアクセスデータを含む肝心な部分は、リムーバル仕様の記憶装置で運用されており、逃走中に志賀の手で廃棄された可能性が高い。
 
 又、志賀が死亡時に所持していたスマートフォンはSIMカードが抜いてあり、大学構内の捜索でもSIMを発見できなかった。騒ぎを起こす前に医工学科ビルのトイレで流すなりして処分したのかも知れない。

 つまり『タナトスの使徒』に関わる新たな情報は殆ど入手できておらず、実態も不明のまま。

 そんな状況の中で捜査の幕引きを阻む新たな事件まで起きてしまった為、警察は対応に苦慮しているのである。





「お偉いさんはまだ志賀の単独犯説を捨ててねぇべさ」

 丸い顔の皺を深く寄せ、泉刑事はこぼした。

「高槻って学生が今回のホンボシだとしても、志賀の事件に刺激された便乗犯。あくまで別のヤマって見立てで」

「幕引きを急いでる感じですね。で、被害者と高槻以外に人間がいた痕跡、些細な物でも良いんで、何か見つけたら……」

「無い、無い。正直な話、いかれた連中さ、この長閑な東北で跋扈してるなんて私も信じらんねぇべし」

 疲労が滲む泉に礼を言い、富岡は笠松へ話しかけた。

「参ったね。能代さんが折角、俺を信じて通報してくれたのに、彼女の主張を裏付けるものが皆無とは」

「通報通り、死体があったじゃないスか」

「彼女が俺に証明して欲しかったのは、被害者と高槻以外に誰かが現場にいた事だろ。それに高槻の精神が不安定なのを利用し、罪を押し付けようとする陰謀の存在」

「彼女も騙されてる可能性、あるでしょ」

「その場合の高槻の目的は? 自分が犯行現場にいるのを明かしてるんだから、容疑を自ら濃くしてる感じだぞ」

「少なくとも、高槻が襲われ、拉致される動画をインターネットで観たって話は眉唾ですよ。富岡さんだって、五十嵐さんへ確かめてたじゃないスか」

「それはまぁ……そうなんだが」

 臨から通報を受け、捜査本部へ報告を上げた後、この現場へ向う前に五十嵐とは電話で話している。

 『タナトスの使徒』のサイト画面をキャプチャし、24時間録画で監視している五十嵐が、臨の言う突然のストリーミングを捉えたか否か尋ねたのだが、結果は空振りだ。

 その放送を五十嵐は見ていない。

 それ所か『タナトスの使徒』は志賀の死後、休眠状態で監視の中止を検討していたと言う。
 
「ネット配信された動画が、陸奥大学の中だけで閲覧でき、他の視聴者は存在しないなんて、確かにあり得ないよなぁ」

「嘘って考えた方が、よっぽど素直っスよ」

 笠松の指摘を富岡も否定しきれない。だが、電話の向うから切々と訴えてきた臨の言葉も信じたいと思った。

「消えた高槻、今、どうしてんだろ?」

「さぁねぇ。訳の分からない出来事ばかりで、俺、良い加減うんざりしてきましたよ」

 吐き捨てる笠松の見つめる先、泉達の捜索は尚も精力的に続いていたが、おそらく何も見つかるまい。

 もう一度、五十嵐と直接会い、力を合わせて隅の消息を徹底的に探る必要があると富岡は思った。

 高槻守人を見つける為にも、今はそれしか活路が無い、と。
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