83 / 105
突破口! 3
しおりを挟む「五十嵐さんの推理も私の推測も、このサイトに隠されたリンクがあるという点では同じ。何とかして早く見つけ出さなきゃ」
グッと画面を睨む。
その文恵の鼻先、正雄がイチゴ大福を突きつけ、
「臨ちゃんみたいに前のめり、なんて似合わへんよ、姉さん」
「だから、その姉さんは止めてと何度も……」
抗議しかけた文恵の言葉が途切れた。いつものチャラい調子と違い、正雄の顔つきは真剣そのものに見える。
「根詰め過ぎは、あかんでしょ」
「だって……」
「だってもあさっても、無い。姉さん……いや、増田さん、責任感じとるんやろ、臨ちゃんと守人の事」
正雄の言葉には熱がこもり、茶々を入れる余地など無い。
「あの二人を合コンで引き合わせたのは、俺と増田さんやからな。何も知らんかったとは言え、草食の文系男子と前向き理系女子の組み合わせを面白がってたのは事実やし」
「この先、何かあったら……」
苦し気に呟く文恵の青ざめた顔に、深い疲労が滲む。
「一人で抱えんなや、姉さん」
「でも」
「デモもストライキも無い。俺だって、責任はあるんよ。あるけど、臨ちゃんや増田さんみたいな知識は無い。この大学もまぐれで受かったボンクラやからな」
「うん」
「そこ、否定してほしかったんやけど」
「日頃の行いが悪い」
「……ま、俺に出来る事って言ったら、差し入れ位のもんや。せめて食うて、一息入れて、元気出してくれ。他にも出来そう事があったら、俺、何でもするからさ」
「正雄の癖に生意気な!」
切なげな正雄を横目にイチゴ大福の包装を破り、文恵は大きく口を開けて頬張った。
固く張りつめていた心の糸が少しだけ緩んだ様だ。
心なし穏やかになった声音で正雄へわざと悪態をつく文恵を、富岡は微笑ましく見つめた。
若さと拙さに裏打ちされたピュアな絆を感じ、くたびれた中年の身としては、以前流れていたであろう長閑な時の流れを、彼らへ早く取り戻してやりたいと思う。
心と体の栄養補給をしばらく見守った後、
「実はね、五十嵐さんから聞いた話の中に、隅亮二が若い頃作ったレポートにまつわる話が含まれていて、詳細を思い出す内、気が付いた事があるんです」
と富岡は切り出し、液晶画面に映る『隅 心療内科クリニック』HPのある一点を指さした。
「この背景、目立つ位置にある横長の額縁は一面黒塗りで詳細は全く分かりません。ですが、周囲にある他の名画の画像はそのまま表示され、絵のディテールが現れている。しかも……」
「反転してる、でしょ?」
「は!?」
文恵にあっさり先回りされ、富岡は意表を突かれて間の抜けた声を出した。
「臨から聞きました。富岡さん、ゴーギャンの肖像画がこの中にあるって言ったそうですね」
「はぁ」
「で、ネットで調べたんです。確かにオディロン・ルドンって画家がゴーギャンの死後、追悼の為に描いた絵で、オリジナルと比べると左右反転してました」
「え~、五十嵐さんと隅が研修中、一緒に作ったレポートに似た仕掛けが有るそうですわ。資料写真をわざと左右反転した状態で隅が掲載し、その後、現実に起きた殺人現場の状況は写真そっくりだった。つまりレポートのミスを再現した訳で」
文恵と富岡の会話に、例によって正雄が割り込む。
「何でまた、そんな面倒な?」
「それは五十嵐さんにだけ理解できる形で行った、隅の犯罪告白だったんだよ。それに隅にとって『鏡像』は人の心の二面性をシンプルに表現するメタファーで、昔からお気に入りだったらしい」
「へ~、この心療内科のHPも、その隅って医者が作ったんやろ。なら、名画を反転させたのも当然そいつやろし、何か深い意味、仕込んでなきゃおかしいわな?」
「この場合の反転は、リンクのパスワードに関する事じゃないかって、直感的に思ったんですよね、私」
思案顔で富岡に言い、文恵は前に臨が試したパソコン操作をそのまま再現してみた。
画面上に現れる赤いてるてる坊主のCGにマウスポインタを合わせ、シングルクリックで選択した後、黒塗りされた横長の額縁へドラッグ&ドロップ。
すると、パスワードを入力する横書きの空欄が三つ現れる。
「この隅 心療内科のHPに現れた入力欄は三つで、三つとも三文字分を入力するようになってます。それに対して、臨が手に入れたパスワードは『GWAW』『WAW』『FCWDW』」
「文字数が違うね」
「ええ、そのまんまじゃ入らない。で、パスワードをルドンの絵や五十嵐さんのレポート写真に倣って、左右反転させます」
「横書きやから、反転で文字の順番がひっくり返るんやな」
文恵は三つのパスワードのアルファベットを最後の文字から最初の文字まで逆にし、並べる順番も入れ替えてメモ用紙へ書いた。
『WDWCF WAW WAWG』
そのメモ用紙を富岡、正雄の目の前に掲げ、文恵は思わせぶりに問い掛ける。
「何か気付きません?」
「は?」
「この黒塗りの額縁に隠れている絵が、富岡さんの推察した通り、ゴーギャンの描いた名画『我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか』だとしたら、現在収蔵中のボストン美術館で表示されるタイトルは……」
文恵はメモ用紙に短い英文を書き足した。
『WHERE DO WE COME FROM? WHAT ARE、WE? WHERE ARE WE GOING?』
見た途端、富岡はあっ、と声を上げる。
「単語の頭文字を抜き出すとWDWCF、WAW、WAWG……反転したパスワードと同じになるんですね」
「はい、サイトを閲覧する者……サイコパス・ネットワークへ参加を希望する者の為、自力でパスワードの意味を理解し、到達できる余地を残しておきたかったんだと思います」
「なるほど。パズルの作成は難しくする事より、想定する回答者にギリギリ答えられるレベルへ調整するほうが難しいって言いますから」
「多分、簡単なヒントは事前に与えておいたんでしょうけど、参加希望者が誰も解けないパズルを用意する筈が無かった。謎自体は馬鹿馬鹿しいくらい単純だったんですよ」
「……なるほど」
「凄ぇ、流石、姉さん!」
思わず叫んだ正雄を文恵が睨む。
「あのね、それを言うのは、まだ早い」
「まだ? これで謎解きが終わった訳じゃないの?」
文恵は渋い顔で頷いた。
「志賀から渡されたパスワードの意味は、多分これだと思います。でも『隅 心療内科クリニック』のHPに現れる入力欄は3文字ずつで、当てはまらない点が解決できていない」
机の上に散らばった他のメモ用紙には、試行錯誤したパスワードの数々が書き散らされている。
あと少し、という感覚が却って苛立ちを招くのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる