緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

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突破口! 4

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 文恵は小さな拳でキーボードのすぐ横をトントン叩き、疲労に充血した眼で天井を見上げた。

「う~、本物のボストン美術館さ行げたら、何か判るかもしんねぇけんじょ」

「いや~、ボストン行ってもダメなんと違うか、これ?」

 又、横から突っ込んだ正雄を文恵が睨む。いつもなら早々に引き下がる所だが、今回の正雄は怯まなかった。

「だって、この後ろの奴……ゴーギャンの肖像画だっけ?」

「オディロン・ルドンの絵ね」

「ボストン美術館には無いと思うで。少なくとも、ボストンでゴーギャンの、その長ったらしいタイトルの絵と並んでるって事は絶対に無い!」

 珍しく確信に満ちた正雄の口調に、文恵は口をぽかんと開けていたが、富岡は腕を組んで考え込む。何か、思い当たる事があるらしい。

「俺な、オヤジの道楽で何度か海外の美術館へ行った事があるって言ったやろ」

「あぁ、そう言えば、そんな気も」

「思い出したんよ。フランスの美術館で俺、間違いなくその絵を見とんねん」

 文恵がネットで検索すると、正雄の記憶は確かだった。

 オディロン・ルドンによる肖像画は、アメリカのボストン美術館ではなく、パリ・ルーブル美術館に収蔵されている。

「ホントだ。あ~、もう……私もルドンについて調べたのに、何であの時、ピンと来なかったンだべ!?」

「考え過ぎの視野狭窄! 前のめりの弊害やないの?」

「……う~、正雄の癖に生意気なぁ!!」

 身の危険を感じた正雄が後ろへ飛び退ると同時に、富岡が何か思い出した様子で、又、ポンと掌を打った。

「そう言えば、五十嵐さんの話によるとね。ゴーギャンの絵はルーブルに飾られた方が相応しいと思う、フランス王家の宮殿を元にしていて、造りがより優雅だから……なんて隅の奴、言ってたそうですわ」

 宮殿風の装いなら、画面上の『隅 心療内科クリニック』HPも全体がそんな雰囲気に彩られている。ギャラリーを模す演出自体、ルーブル美術館を想起させるヒントだったのかも知れない。

「仮にルーブルで展示された場合、ゴーギャンの絵にはフランス語の……ゴーギャン自身が付けたオリジナル・タイトルが表示される筈ですから……」

 文恵は再びネットを検索。

 『我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか』の仏語原題を探して、メモ帳に書き写した。





 “D'ou venons-nous ? Que sommes-nous ? Ou allons-nous ?”





 このタイトルを三つに分割、英語の時と同じ様に文を構成する単語を抜き出して頭文字を取ると『DVN』、『QSN』、『ОAN』になる。

 その文字の順番を、これまた英語表題の時と同じ要領で反転すれば……

 『NAО』『NSQ』『NVD』、

 これら三つのパスワードを全て打ち込んだ瞬間、額縁の黒塗りは光に包まれてゴーギャンの絵が出現、自動的に左右反転した。

 パスワードの枠も広がり、

『D'ou venons-nous ?』『Que sommes-nous ?』『Ou allons-nous ?』のタイトル全文が表示される。

 そしてHP全体が暗転した。

 素早く通常のブラウザが閉じ、TORブラウザへ切り替わったのだろう。

 新たに開かれた『タナトスの使徒』は、これまで見てきたサイトとデザインが酷似していながら、色合いが微妙に違う。

 各部のディティールはより詳細に出来ていて、リアル且つグロテスク。言語表記もメインが英語のマルチリンガル仕様。
 
 ダークウェブ専用バージョンアップ版とでもいう所だろうか。

「やった!」

 三人が歓声を上げる間も無く、ライブ動画のウィンドウが開いた。以前、臨や晶子の目前で守人が襲われるライブ映像が流れた時と同じ仕組みが作動したらしい。





 避暑地のペンションを思わせる洋館の広間で、臨と守人が向かい合い、テーブルに座っている。

 臨はカジュアルなワンピースを着ていて、守人の方は、あの真っ赤なレインコート姿だ。

 守人が隅の影響下にあるのは明らかに思えた。

 だが、拘束された者と見張る者の間に通常横たわる緊張感が見受けられない。

 二人は談笑していた。

 テーブル上の場違いなオカモチを挟み、臨が何か言う度、笑いを堪えている守人の姿はオカピと呼ばれた草食系男子を自ずと思い起こさせる。

 会話の内容までは聞き取れなかった。強風が窓ガラスを酷く軋ませており、雑音をマイクが拾ってしまっている。

 そんな空模様が気になったのだろう。

 『赤い影』の衣装のまま、守人が部屋の外へ出て戸締りを確認し出すと、トコトコ臨もついてきた。

 逃げる気なら逃げられそうなのに、ベランダの辺りを二人連れ立って歩き、周囲を見回して、雲に覆われた山頂の辺りを指差したりしている。





「何や、あいつら!? 何で、あんなに呑気やねん」

 ライブ映像の中の臨と守人をしばらく観察した後、正雄が呆れ顔で言った。

「能代さんが何処か田舎の山荘で監禁されてるのは確かでしょうが、高槻君の反応が解せないな」

 訝し気に答える富岡の目も動画に釘付けだ。

「それと、この映像……もしかして二十四時間ブッ続けで、臨達の様子を流しているの?」

「そやなぁ。ちょっと前に、若い女の子の部屋へカメラをつけて生中継する悪趣味なサイトがあったりしたけど、その感じと少し似とるなぁ」

「リアリティ番組のノリね」

「問題なのは、どんな連中が視聴者で、撮影されている場所が具体的に何処なのか、と言う事でしょうが……」

 文恵が愛用の最新型スマートフォンを取り出し、その内蔵カメラでパソコン画面内の動画を撮影し始めた。

「姉さん、何しとんの?」

「時々、臨や高槻君の周りの景色が動画に映り込むでしょ。それを分析して、場所が割り出せないかと思って」

「なるほど」

「ある程度、地理データを集める事で3dマップを作れるアプリがあるのよ。それと本物の地図を照合したら、多分」

「場所が特定できる?」

「そういう事! このパソコンの中に動画を保存できるアプリがインストールされてたら作業は楽なんだけど」

 と言いつつ、丁寧に撮影を続ける文恵の隣で正雄もスマホを取り出す。文恵の撮り逃しをカバーするつもりらしいが、

「あの……それしなくても、自分、この場所を知ってるかもしれません」

「えっ!?」

「この山並みね、ちょっとばかり見覚えがあるんですよ」

 富岡が呟き、目を丸くする二人に、いつもの能天気な微笑みを向けた。





(お詫び)
今回、絵画のタイトルをフランス語で入れていますが、テキスト入力だとうまく再現しきれず、正確ではない部分があります。(物語の内容には影響ありません)
私の知識不足です。お許し下さい。
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