緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

文字の大きさ
90 / 105

我々は何処へ行くのか? 2

しおりを挟む


 富岡は開けっ放しの玄関へ踏込み、下駄箱が並ぶ框から板間へ上がって廊下を進んだ。

 飾られているグロテスクで稚拙な絵画、遺体の欠片を納めた標本や凶器の陳列が嫌でも目に入る。

 それらが意味している所は明らかだ。シリアルキラーに良く見られる傾向、犯罪の記念品=トロフィーの展示である。

 シリアルキラーとは、基本的に極めて孤独な存在。

 他者に知られる事無く、己の抑圧された願望を犯罪の形で吐き出し、秩序型の犯人の場合は痕跡を巧みに隠蔽、無秩序型の場合は現場を蹂躙する。あまりに個人的な願望と強くリンクした犯罪である為、共犯者がいるケースは極めて稀だ。

 だが同時に強烈な自己顕示欲、承認欲求に苛まれ、その矛盾の間で揺れ動く。

 この不気味な犯罪の記念品は、或いはその矛盾の解決法なのかもしれない。シリアルキラー同士が互いの犯罪を誇示し、認め合い、癒しあう或る種の集団セラピーだ。

 でも、加害者の側はそれで癒されたとしても、治療の道具となった被害者達は浮かばれない。

 毎年、多数の行方不明者が出て、その何割かは捜索願が出ず、届が出た者も警視庁のデータベースで公開されるのが関の山。殆ど忘れ去られるのが日本の現状である。

 おそらくここでトロフィーと化した被害者の多くが「殺されている」事実を把握されていない行方不明者なのだろう。

 背筋の寒くなる思いで、富岡は渡り廊下を通り抜ける。





 体育館を兼ねた講堂の照明は消えていた。

 時刻は午後9時の少し前。周囲の視界を確保しておくには月明かりとスマホのライトに頼るしかなく、廊下の明かりが途切れる領域へ入っていくのに勇気が要る。

 富岡は思い切って講堂の扉を開いた。闇の只中を手探りで中程まで進んだ時、いきなり堂内の明かりがつく。

 眩しさにたじろぎ、薄目を開く富岡の視界に入ったのは中央に置かれた丸い祭壇だ。

 その周囲には複数の可動式ビデオカメラが設置されている。更に講堂内でもライブ映像をチェック可能なPC端末と液晶モニターが祭壇横へ置かれていた。

 暗くて見えにくい体育館の四隅は老朽化した部分が剥き出しである為、急ごしらえな印象は否めない。だが、オカルト趣味とハイテクが入り混じり、どれ程の費用が掛かったか富岡には想像もつかなかった。

 ライブの準備は既に万端だ。

 どの角度からも撮影できるよう照明機器が多数固定され、その光の中心、五芒星を描いた祭壇上に能代臨がいる。

 手首と足首をロープで縛りつけられていて、富岡の気配に気づいてこちらを見たが、声は出ない。細長いタオルで猿轡を噛まされている。
 
「能代さん……待ってろ、すぐ縄を解く」

 祭壇へ駆け寄り、富岡は臨の猿轡を取った。手首のロープにも手を掛けるが、何かが動く気配に気づいて辺りを見回す。





 てるてる坊主、てる坊主、あした天気にしておくれ。





 小学校の運動会で使うお古の拡声器を通したような聞きづらい歌声が聞こえた。





 それでも曇って泣いてたら、そなたの首をチョンと切るぞ。





 歌声が止んだ方角、放置された古い跳び箱の陰に身を潜めていた人影が、赤い仮面に覆われた頭を上げ、空洞に似た二つの眼孔を富岡へ向ける。

「招かれざるゲストの御到着か。そろそろ、イベントを始める頃合いだね」

 ボイスチェンジャーで電子音化した耳障りな声に眉を顰め、富岡は汗ばむ右手で拳銃を握り直した。

「お前は、高槻守人か? それとも隅亮二?」

 音もなく立つ『赤い影』は、細い長身が幾つも交差するスポットライトの光条に揺らめき、この世の者と思えない妖しい雰囲気を漂わせている。

「高槻……そんな人間は、もう存在しない」

 祭壇上の臨は、身を固くして声を発することなく、ひたすら『赤い影』の方を凝視していた。

「どういう事だ?」

「日々、変化……いや進化しているのさ、我々は」

「我々?」

「そう。高槻守人と併存していたもう一つの人格にせよ、以前のままではない。十年前の事件から受けた影響を我々の導きで強化し、部分的に守人本来の人格と統合、より望ましい形へ近づいている」

 『赤い影』が歩み寄った先、スチール製の大きなツールボックスがあり、中に金槌、絞首用のロープ、ナイフといった、様々な凶器が納められている。

「どうだい、これ、イイだろう?」

 電子音声に変換されていても、嘯く者の狂喜は声の抑揚から伝わってきた。

「テッド・バンディの金槌、ジョン・ウェイン・ゲイシーのロープ、エドモンド・エミル・ケンパーのナイフ、それに隅亮二の外科用メス……他にも幾つか正確にオリジナルを模した品を用意していてね。その娘にはシリアルキラーの存在を世へ知らしめたパイオニアの手口を、残らず刻もうと思っているんだ」
 
 『赤い影』は金槌を取り上げ、スポットライトの光に翳す。

「ショー・マスト・ゴー・オン!」

 遂にライブが始まったのだろう。

 『赤い影』はカメラの正面に立ち、液晶画面に表示される動画視聴者数を確認。満足げに頷いた後、レンズの向う側、ダークウェブを回遊する閲覧者へ恭しくお辞儀した。

「富岡君、今、どれ程のギャラリーが、どんな思いで我々を見つめているか、君には想像もつくまい。皆が満足するまで時間を費やし、能代臨の白い肌が鮮血で染まっていく美の極致をお目に掛けたいと私は思う」

「あたし、あなたの思い通りになんか、ならない!」

 強張っていた口元に力を籠め、ロープに拘束されたまま、祭壇上の臨が叫ぶ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...