緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

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我々は何処へ行くのか? 8

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 迫る守人の一挙一動が、臨には死へのカウントダウンに思えた。

「過去を振り返る意味なんて無い。何故なら、あなたの命を贄とし、彼はこれからも『タナトスの使徒』を率いていくのだから」

 晶子の言葉で促され、無造作に振り下ろされる金槌がヒュンと風を斬る。臨は悲鳴を上げ、守人の側から飛び退った。

「うん、イイ声。もっと頂戴」

 ワイドショーのディレクターよろしく、艶やかな笑顔で晶子は煽る。





「我々は何処から来たのか?」

 いつもの様に守人が呟き始めた。志賀をラボで切り刻んだ時と同じ、冷たい殺意を含む声。
 
 ボイスチェンジャーを通さない生の声なのに、臨が良く知る守人の声とは全く違う響きに聞こえる。
 
 同時に可動式のスポットライトとビデオカメラ、マイクの作動音がした。そのスポットライトの光条と同じだけ、いや、それよりはるかに多くの眼差しが、カメラの向う側から臨の肉体へ突き刺さる。

 不特定多数の悪意達。

 あたしがどんな酷い死に様を晒すか、ワクワクしながら見物してる。





「我々は何者か?」

 守人が虚空へ声を張り上げ、覚束ない足取りで逃げ回る臨の足音、荒い息遣いが講堂内で響く。

 晶子は祭壇横のデスクに凭れ、パソコン画面上の『タナトスの使徒』サイト閲覧者数を確認した。
 
「もっと告知を打っておけば良かったかな? まぁ、良いわ。アーカイブをアップしとけば、後で視聴する会員もいるでしょうし」

 世界での閲覧者数は5000を超え、更に増え続けている。





「我々は何処へ行くのか?」

 避け損ねた金槌が背中に当たり、悲鳴と共に床へ倒れ込んだ臨を、冷酷な守人の眼差しが捉えた。

「やめて……高槻君……」

 まともに声が出ない。よろめく臨は足元が滑り、また床へ手をつく。嫌な感触がして、持ち上げた掌は両方とも真っ赤だ。

 傍らには、先程、守人に左胸を貫かれた富岡が目を閉じたまま、小刻みに体を痙攣させており、生暖かい深紅の泥濘が床へ広がり続けている。

「富岡さん!?」

 臨の叫びに、富岡は全く反応しなかった。もう既に手遅れで、息絶えつつあるのかもしれない。

「富岡さんっ……お願い、起きてっ!!」

 刑事の肩を掴み、揺さぶる臨の右肩を守人の金槌が打つ。

 十分狙いすました容赦のない衝撃と痛みが、か細い悲鳴となり、跳ね飛ばされる様に床を転がり、のたうつ。

 殺される、本当に……

 もう臨も認めざるを得なかった。守人の中で拮抗していた二つの人格は、完全に統合されてしまったのだろう。隅亮二を模す人格が、今度こそ守人本来の人格を完全に呑み込む形で。
 
 這いずり、右手を床につくと、肩に激痛が走る。

 堪らず臨が悲鳴を上げた途端、ビデオカメラ、収音マイクが一斉に蠢き、彼女が這いずる先へ回り込んだ晶子も楽し気に聞き耳を立てる。

「そのイイ声を聞くのが、私、前から楽しみだったの」

「……どうして、こんな?」

「ず~っと高槻君を導いてきてね、好む女のタイプは知っていた。あなたはピッタリだったし、犯罪心理学を志す動機を聞き、一層気に入りました。頭の中のお花畑が可愛くて、可愛くて」

 かつて見た事の無い熱気が晶子の目に宿り、瞳孔の奥で炎が揺らめく様だった。

「トレーニング・アナリストを引き受けてからの最優先は、彼へ興味を持つよう仕向ける事。キューピットさながら、出会いも演出したわ。ラボのパソコンに『タナトスの使徒』が自動表示される細工をし、あなたが見るよう仕向けたり、ね」

 床を転がって逃げる臨を右側から守人が追い詰め、左側に立つ晶子が、肩を踏みつけて上から覗き込む。

「さぁ、過ちを認めなさい。人の心の中に怪物はいない? 冗談じゃない! 理解を超える怪物は何時でもすぐ側にいて、あなたの運命を弄んでいたのよ」

 臨は歯を食いしばり、涙がにじむ眼で、下から恩師を睨み返す。

「あ、あたしの心が恐怖や憎しみに負けても、たとえ殺されてしまっても、あたしの全てが間違っていた事にはなりません」

「はぁ?」

「只、あなたの過ちを正す力が、今のあたしに無いだけ」

「うん、一理ある……なんて言う訳無いよね」

 晶子の傍らで見下ろす守人へ顔を向け、臨は声を振り絞る。

「弱い自分が悔しいけど、それでもあたし、あなたを信じる!」

「……臨」

「あたしには取り戻せなかった、あなたの中の守人、その本当の気持ちを信じたまま死にたい」

 強く見開く臨の瞳から涙が零れ落ちた。

 でも、真っすぐ視線は逸らさない。

 その眼差しに捉えられたまま、守人の表情が微かに緩む。

「呆れたよ。何処まで前のめりなんだ、君って」

「……え?」

 臨がポカンと口を開けた瞬間、彼女を狙っていた筈の金槌は素早く翻って、晶子の右腕を打つ。

 完全に意表を突いた一撃により握っていたスイッチボックスが吹っ飛び、晶子は激痛に呻いて、床へ膝を付いた。

 突然の裏切り。

 臨はポカンと口を開けたまま反応できず、顔を上げた晶子を、動くな、と守人の凶器が威嚇する。

「そんな馬鹿な!? 人格の統合は為されたのよ! 以前のお前は消滅した筈」

「判らないか、先生? 心の統合は終わったけど、それは隅亮二やあなたの思い通りには進んでいない。高槻守人が主となり、二つが統合されたんだ」

「平凡な青年の意思が、隅亮二の影響力に打ち勝ったと言うの!?」

「勝ったんじゃない。あなたが教えてくれたろ。分裂した自我もあくまで僕の一部に過ぎない、と」

 金槌を投げ捨て、守人は笑った。

「二つの人格に共通する、捨てきれない思いがあったんだよ。隅の執念にも劣らない、自分勝手な僕の執着。それが何か、わかるかい?」

 晶子は無言で首を横に振る。

「アンタらのお陰で、親を失くした10年、友達は一人もいない。隅が傍にいても、あんたがいても、僕は一人ぼっちで、何かに飢えてた」

 臨も息を呑み、守人の言葉に耳を傾ける。

「絶対的な孤独、絶対的な心の乾き……僕だけじゃない。僕の中にあるもう一つの心も酷く飢えたまま、出会わされた相手が……」

 話の途中、急に守人は噴き出した。

 ゲラゲラ。

 臨の方へ向き直り、大声で、腹を抱えて笑う。

「高槻守人、何がおかしい!? 私を愚弄しているの?」

 喚く晶子の表情は、怒りと動揺で歪んでいる。

「いや、だってさ。東京で拉致してからの臨と来たら……ひでぇぜ。やる事なす事、トンチンカンのすべりっぱなし! アンタは臨を「作った」と言うが、ありゃ無理だ。根っからの天然は作れない」

 監禁施設でのやりとりを言っているのに気づき、殺されそうな恐怖そっちのけで、臨は頬を真っ赤に染めた。

 そりゃまぁ、刑事コントとかやりましたけど、あれは一応、狙いがあるのよ。ウケを狙った訳じゃないもん。

 若干、涙目で守人を睨むものの、この期に及んで臨が反論しても虚しい。余りに虚し過ぎると自分で思う。

「僕も、僕の中にいる奴も、一緒に笑わずにいられなかった。笑って、呆れて、いつの間にか、飢えは消えてた。想定外だろ、先生? 他は全然違っていても、心の真ん中にある何かが同じなら、両者が歩み寄るのは不可能じゃなかったんだ」

「あり得ない……あり得ないっ!」

 逆上した晶子は半身を起こし、スイッチボックスの方へ手を伸ばすが、ヒョイッと横から出た手が一足早くボックスを掴む。

「お生憎様、先生」

 倒れていた床からドッコイショっと体を起こす富岡の左胸辺り、相変わらず血が滴っている。

 でも、どうやら急所は逸れていたようだ。蒼白な顔色ながら、飄々とした能天気な微笑が蘇っている。
 
「生きていたのか、お前も!」

「あ~、得意なんだよねぇ、俺、昔から死んだふり」

 ふっと富岡が守人の方を見やり、肩を竦めて見せる。

 左胸を刺されるまで、会話する余地など全く無かったのに、何時、二人の間に意思の疎通が図られたのだろう?

「嫌だ! まだ、諦めない! こんな事で、私は」

 憎々し気な眼差しが、富岡から臨の方へ移った。力を振り絞って飛び掛かろうとする晶子を、守人が阻む。

 蹴り倒し、懐に忍ばせていた古いメスを彼女の体へ突き立てた。

 一度、二度……高く血飛沫が上がり、這いずって逃げる晶子をゆっくり追う守人は鼻歌を歌っている。





 てるてる坊主、てる坊主、あした天気にしておくれ。





 臨は、改めて思い知らされる心境だった。

 来栖晶子の思惑通りに行かなかったとは言え、殺人鬼の種子は今も確かに守人の中で息づいている。
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