緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

文字の大きさ
97 / 105

我々は何処へ行くのか? 9

しおりを挟む


 それでも曇って泣いてたら、そなたの首をチョンと切るぞ。





 メスを振り上げ、這いずりながら逃げる背中へ止めを刺そうとする守人へ「止めてっ!」と臨は叫んだ。

 富岡が背後から彼を押え込み、立ち上がって、よろめきながら講堂を出て行く晶子を成す術無く見送る。

「もう良い。早くここから……」

 最後まで言えず、富岡は荒い息を吐いた。まだ出血は止まっていない。自力で立っているのも辛そうだ。

「刑事さん、犯人を逃がして良いんですか?」

「君が深手を与えたから遠くへ行けないだろう。それより『赤い影』の仲間が出てきたら厄介だ」

「ここには今、僕と来栖先生しかいない筈ですが」

「だとしても、モタモタしていられない。そこの液晶モニターを見てみろ。陸奥大学の中が映されていて、向うでも事件が起きたらしい。赤い服を着た連中がウジャウジャ湧いてやがる」

 研究室と聞き、臨が鋭く反応した。

「今、誰が残っているんですか?」

「俺の相方と、増田さん、それに伊藤君も」

「三人だけ?」

 富岡は液晶画面を覗き込み、『イベント』ライブの動画ウィンドウを拡大、「あ」と一言漏らしたきり、激しい驚愕で凍り付く。

 続いて画面を見た臨も、その驚きの理由を一瞬で理解した。
 
 複数開いている動画ウィンドウの一つに診察室を想起させる白い部屋が映っており、中央に『赤い影』が座っているのだ。
 
 しかも、仮面を脱いだその顔は、

「隅だ! 隅がライブの指揮をとってる」

「だって、死んだ筈ですよ。来栖先生だって、隅は癌細胞に侵されていたと」

「あぁ、俺も聞いたよ。確かに、そう言った」

 見合わせる二人の視線は、自然に守人の方へ向く。

「高槻君、君、二つの意識が統合された今なら『タナトスの使徒』に関わった記憶があるんだろ?」

「あ、はい、一応」

「隅の生存は確かなのか? もし画像が本物でまだ奴が生きているなら、何処にいるのか、教えてくれ」

「それは……すみません。わかりません」

「まだ隠す気?」

 臨にまで疑われ、守人は心外そうに眉をひそめた。

「違うんだよ。僕、隅亮二と直接の交流があったのは、小学校を卒業する位まで、でさ。後はネットのやり取りだけだった。それも多分、来栖先生か志賀が代りに受け答えしていたと思う」

「なら、画面の中にいる『隅』へ働きかけて、陸奥大学の『イベント』を止めさせる方法は無いんだな?」

 申し訳なさそうに守人が頷く。

 富岡は苛立ちを露わにし、侵入者をドアの外へ蹴り飛ばす笠松の奮戦を睨んだ。臨も危機に晒されっぱなしの文恵や正雄を辛そうに見つめるが、

「けど、止める方法なら他にも有ります」

 守人はそう言い、祭壇横にあるPCの一台へ駆け寄って、タッチパネルに指先で何かを書き込んだ。

 書き終えた途端、『タナトスの使徒』サイトが警告アラームと共に赤く点滅……

 複数の場面が一つずつ閉じて行き、画面全体が『イベント終了』のカウントダウン表示で占められていく。

「多分、大学を襲う奴らはこれで引き上げるでしょう」

「奴らの仲間内の合図か、これは?」

「合図と言うより、命令ですね」

「命令!?」

「ええ。今回のライブ中継をコントロールしているのはこの施設に置かれたシステムなんです。どの動画を出し、どれをシャットダウンするか自由に操作できますし、それに」

 少し口ごもった守人は、言い難そうな顔で言葉を継いだ。

「その……僕は、ですね。彼らにとって『隅』そのもの、なんです」

「はぁっ!?」

 富岡と臨が同時に素っ頓狂な声を上げる。

「今、動画ウィンドウの中にいる『隅』が何者だとしても、『タナトスの使徒』の都市伝説を信奉している連中は、およそ9年間、ダークウェブ上で監視され、育てられてきた僕の中にいる『隅』……その残像の方へより強いシンパシーを感じていて、新たなカリスマと見なしている」

「つまり、君の言う事なら聞く、ってんだな?」

「こちらへ来てから、晶子先生が作ったカリキュラムに沿う毎日を繰り返していたんですけど、その中に、サイコパス・ネットワークを手足として動かす、というレッスンが含まれていまして」

「もう、『命令』を試したのか?」

「はい……脱出できたら、知っている事は全部話します」





 晶子が言っていた「能代さんには理解できない複雑な事情」とは、インターネットの中だけで復活した『隅』の正体を指しているんだろうか?

 本物は死んでいる。

 それは間違いないと思う。

 けど、それなら晶子が演じる『赤い影』と、陸奥大学の事件を実況している『隅』はどういう関係なのだろう?





 富岡の横で考えをまとめようとし、臨は体のあちこちに鋭い痛みを感じた。晶子の隙をつく為だったとしても、守人から加えられた数発の打撃は強烈過ぎたのだ。

 つい出てしまった呻きは守人の耳にも届き、

「ゴメン、能代さん」

 青い顔で頭を下げられ、臨の方が答えに困る。

「……良いよ。アレ、来栖先生の隙を突く為だったんでしょ?」

「そうなんだけどさ、爆弾を奪うまであの人を完全に騙しておきたかったから、手加減とかできなくて」

 困り切った声を出す守人は、以前の草食系へ戻ったように思える。だが、正直、臨はまだ怖い。微妙に距離を取り、富岡の負傷へ応急処置をする内、パソコン画面のカウントダウンが終わった。

「よしっ、これでもう、ここに留まる理由は無い。とっとと逃げ出そうぜ、高槻君、臨ちゃん」

 富岡が急かす声に二人は従い、講堂を出た。

 晶子が小学校内に仕掛けていると宣言した爆弾の方も気になるし、一刻も早く離れた方が良い。
 
 多量の出血の為、満足に歩けない様子の富岡へ守人が肩を貸し、三人は渡り廊下から順路を逸れて、小学校の校庭を小走りで進んだ。

 進む先にはパールホワイトのセダンが停車したままだ。あれを使えば野犬の群れに襲われる事無く、ここを脱出できるだろう。
 
「あ~、タバコが吸いたい」

「刑事さん、ダメです。ケガしてんですから」

「ケガさせた当人がそれ、言う? せめて電子パイプでも……あ~、どうか俺に末期の一服を」

「死にませんよ、そんなグチこぼしてる間は!」

 この期に及んで脳天気を貫く富岡に、守人は呆れ気味で苦笑を漏らした。

 考えてみるとこの二人、交番勤務の警官と犯罪被害者という形で出会って以来、十年間の長い付き合いなのだ。

 意外と息のあったやり取りは一見微笑ましいが、すぐ後ろを行く臨の心は揺れていた。

 二つの人格が統合した今の高槻守人は、彼女にとっても見知らぬ他人。この間の悪い距離感は一体、いつまで続くのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...