ジョニーは洗い場へ行った

ちみあくた

文字の大きさ
3 / 7

しおりを挟む


 慎吾が自室から持ってきた四角い缶を譲二は無言で見詰め、忠は野次馬根性剥き出しの眼差しを向けた。

「何だい、それ?」

「昔、お中元とかで貰った高級な御煎餅の金属ケースよね。見た目、古臭いけど」

「実際、年季入ってんだよ」

 慎吾はテーブルの上に缶を置き、少しきつくなった蓋を爪の先でこじ開ける。

「どれどれ、中身は?」

 忠が覗き込み、すぐ興味を失ってそっぽを向いた。色褪せたノート、スペイン沿岸のスナップ写真、プリントアウトした感熱紙などが詰まっているのだ。

「醒めた顔すんな。俺の努力の結晶だぜ」

「ど~れ、どれ」

 夫同様、野次馬根性旺盛な友里恵が、早速手を伸ばす。

 中には取材当時に撮影したと思しきホームビデオの小さなカセットもあった。
 
「あ、八ミリビデオじゃない、これ」

「解像度の高いHI-8だな。小杉、お前、再生できる機械をまだ持っているのか?」

「いや、壊れて捨てた」

「だったら、今はただのゴミじゃん」

「当時の苦労や思い出がしみ込んだ代物だから、捨てるに忍びなくて」

 慎吾はさりげなくビデオカセットを缶の下の方へ押し込み、代わりに一冊を開いた。中にはビッシリ、スペイン料理のレシピが書き込まれている。

「これ全部、実際に作ってみたの?」

 慎吾は友里恵の方へ肩を竦めて見せた。

「俺、学生時代から自炊と無縁で、赴任当初はレシピ収集だけ考えていたから」

「でもこれ、サンジョセップ市場で買い物をした時の記録もあるみたいよ。ホラ、領収書のコピーも付いてる」

「あぁ、これ? え~と……」

 酔いのせいか、かなり記憶が曖昧らしい。それでも慎吾は天井を見上げ、思い出の断片を繋ぎ合わせようとした。

「うん、そうそう、確か俺が料理に挑戦し始めた頃のメモね。スペイン勤務になって半年位だから、35才の時か」

「へ~、今は昔の物語」

 やたらと茶化して慎吾の話を引き出す構えの友里恵に対し、智代は何故か少し俯き加減で表情を隠している。

「言葉はそこそこイケてたが、色々不慣れで大変だったよ。良い食材を求めて市場を歩き巡り、不慣れな部分は女手に頼ってさ。覚えてるか、智代。マドリードの部屋でレシピを試し、こうやって二人きり、ワインで乾杯した日」

「え?」

「酔いでお前の頬はうっすら染まり、恋人同士に戻ったホットな気分でその夜は……」

 ニヤリと笑ってお茶を濁す。

「お~、燃えたんだ、若き日の情熱が」

「良い話じゃない。あたしんとこの無粋な旦那にゃ、そんなの影も形も無い」

「ロマンチックな思い出に欠けるのは、ガサツな相方にも問題あるンと違う?」

 友里恵がキッと睨むと、忠は慌てて口をつぐむ。

 いつもの調子でやりあい、慎吾も楽しげだが、譲二はその輪に入らなかった。黙ったままの智代を気にしていたのだ。
 
 そして、慎吾も妻の態度に不審な面持ちを見せた時、
 
「それ、誰の話?」

 と彼女は急に声を上げた。

「はぁ? 何、言ってんだよ、お前?」

 慎吾が冗談っぽく受け、それが却って大人しい主婦の心を逆撫でしたらしい。

「あなたが日本へ帰って来た時なら、確かに私と一緒にお料理をした事、あります」

「一度じゃなく、何度もな」

「でもスペインでは違う。単身赴任中、私が日本から訪ねていっても何もしなかった。疲れた、疲れたと寝てばかりいて」

「え~、そうだっけ?」

「とぼけないで下さい! 誰か知らない女の話、私と混同するのは嫌っ! 妻として、それだけはどうしても我慢できない」

 智代が、慎吾の過去の浮気を仄めかしているのは明らかだった。

 忠はたじろぎ、友里恵は好奇心に目を輝かせて身を乗り出す。

「か、勘違いだよ、お前の」

 いつも通り慎吾はあくまで強気に出て、智代の疑惑を払拭しようとした。

「でも、あの……もし証拠があると言ったらあなた、どうなさいます?」

「そんなの、あるもんか」

 忠がさりげなく缶を閉じようとした時、日頃のおっとりした振舞いと大違いの素早さで智代の手が伸び、中から掴みだしたのは先程の八ミリカセットだ。

「もし、この中に記録されている映像を私が見たと言ったら?」

 初めて慎吾の顔がひどく強張った。

「お、お前、俺の目を盗んで、俺の部屋からカセットを持ち出したと言うのか!?」

 智代は頷きもしないし、首を横に振りもしない。

「嘘だ。俺はそれを再生できる機械を処分したし、見れる訳が無い」

「いえ、見れるわ、簡単に」

 表情が硬い智代をフォローするつもりか、友里恵が強引に会話へ割り込んだ。

「古いビデオをデジタル化して、DVDにダビングするサービス、知らないかな、小杉さん? カメラ屋なんかでやってる奴」

「いや、知ってるぞ。無論、知ってるが」

 そこで慎吾は口ごもる。

 知ってはいても、まさか妻が勝手にビデオを業者へ持ち込むなんて思いもしなかった、という面持ちである。

「見たのかよ、お前、本当にあれ?」

「答える前にお聞きしたい事があります」

「何だ?」

「再生する機械を処分し、もう見れないテープをそれでも持ち続けた理由は何? 昔、付き合っていた人への未練を、今も引きずっているんじゃないの?」

「見たんだな、お前、やっぱり!?」

「あ~、それ浮気の自白みたいなもんじゃない。最っ低! 最低だよ、小杉さん」

 友里恵が大声で追い打ちをかけた後、しばらく室内は沈黙に包まれた。
 
 只、夫を睨む智代の瞳のみ鋭い光を放ち、緊張感に皆が耐えきれなくなった時、ひょいと譲二が席から立つ。
 
「おい、慎吾、忠、キッチンの洗い場へ行こう。そろそろ後片付けをした方が良い」

 いつも通り淡々と口にした。

「お、俺に今、洗い物なんかさせる気かよ」

「言うまでもない。事後処理までが仕事の内だろ、シェフ」

 そう促し、譲二は殺気漂う妻達の視線を背に、酔いで足元が覚束ない慎吾の腕をとって台所へ連れていく。

「お、おい、俺を置いてくな!」

 慌てて忠が後を追ったのは、女性陣の真っただ中、一人で取り残される状況に恐れをなした為だろう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

処理中です...