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 男三人が逃げ込んだシステムキッチンは、想像以上に酷い散らかり方だった。
 
「これ、俺らだけで、今から?」

 忠が浮かない顔で言う。

「あのな、君達。ちょっと前の調査データなんだけど、家事を手伝わないのが熟年離婚の理由第一位って知ってる?」

 譲二の言葉に慎吾と忠、双方同時にゴクリと唾を呑みこんだ。

「俺達の年での離婚は大変だよ、実際。特に男の側は精神的にも肉体的にも」

「経験者は語る、か」

 相も変らぬデリカシーの無い言葉を吐き、忠はため息をつく。

「俺さぁ、前に雑誌で読んだけど、熟年離婚で別れた後のダンナには三つのタイプがいるンだってさ。まず、それなりに自分の生き方を立て直し、適応しちゃうタイプ」

「ジョニーなんか、その口だな」

 譲二は肩を竦め、俺の事は良い、と慎吾へ身振りで示す。
 
「次は、人間的に壊れちゃうタイプ。ただ生きるだけで他は何~んもしなくなる」

 慎吾が、そりゃお前だろ、との揶揄が滲む視線を忠へ向ける。

「そして、最後は」

 忠は意味ありげに慎吾を見返した。

「女房を失ってから三年以内にぽっくり死んじまうタイプ」

「えぇっ!?」

「うん、離婚のみならず、妻に先立たれた場合にせよ、一人残された男性が早死にする可能性は、その逆のケースより遥かに高いらしい」

 憮然とする慎吾に対し、忠の指摘の後を受け、譲二は淡々と言葉を継ぐ。

「仕事に人生を捧げた、なんて豪語する男は往々にして家事に疎い。自分一人じゃ生活を維持できないのに、その自覚が無い分、現実と直面した瞬間に心身が破綻。ストレスが大病を誘発する」

「俺がそのタイプってか!?」

「うん、その見方には一定のリアリティがある」

「バカ言うな。俺ぁ努力してんぞ。料理だってしたじゃねぇかよ、今夜も」

「あくまで気が向いた時、気が向いた形でだけ、な。お前はいつもそうだ」

 うっ、と言う呻きが慎吾の喉から漏れた。

「やるだけやって後の面倒を放棄するなら、やらないより悪いと俺は思う」

「うぅっ……」

 キッチンの惨状が目の前にある分、慎吾は反論できず、段々と肩が落ちていく。

「もし、お前が昔の浮気相手と続いていて、そちらと第二の人生を過ごす魂胆なら話は別だが」

 今度は慎吾が肩を竦める番だった。

「とっくに切れとるわい、そんなもん」

「じゃ、やっぱ、昔の浮気はあったんだ!」

 忠は目を輝かせてツッコんだ。この辺りの野次馬根性は妻と実に良く似ている。

「スペイン赴任中、現地で働いてた女性スタッフとちょっとな。ワイン直輸入の目途がついた夜、二人で祝杯を上げたんだが、俺、あまり強い方じゃないから」

「つまり酔って、そのまま彼女と一線を越えちゃったの?」

「う~ん、何せ30年くらい前の話だし、記憶の曖昧な部分は少なからず有るんだが」

「だから、智代さんの思い出と混同してしまったのか」

「多分」

「へっ、部下と火遊びたぁ、良い御身分じゃね~か、羨ましいじゃね~か」

 忠は興奮して大声になり、リビングルームで妻達に聞かれるのを恐れて、譲二は人差し指を唇へ当てた。
 
 隣室から反応は無い。
 
 妻同士で何を話しているのか、不気味な静けさが漂っている。
 
「すぐ別れたんで、事故みてぇなモンよ」

「その割に、浮気の証拠になるビデオカセットを捨てないのは不自然だが」

「自分でも良く判らねぇ。俺、根っから仕事人間で、他に取柄なんか無ぇしよ。浮気にせよ、あれ一度っきり。他に無い分、胸の奥に何かしら居残っちまって」

「あ~、お前、実は学生時代の彼女の写真とか、捨てらんないタイプだろ?」

「わかる?」

「わかるわかる! 年喰った男の腹の底なんて大抵、元カノの思い出で占められてるもんなぁ」

「浮気者のお前と一緒にすんな」

「へっ、同じさ。隠したんだろ、奥方に。膨らんだんだろ、いけない記憶!」

 俯いた慎吾の頬が、酒の酔いとはまた一味違う仄かな赤さに染まった。

「思い出の女ってなぁ、天下無敵さ。嫌な部分は都合よくカット、良い場面の良い所だけ思いっきり美化できるもんよぉ」

 又、調子にのって忠の声が大きくなる。

 慌てた慎吾が掌で友の口を塞ぎ、

「オイ、そんな話、女性陣に聞かれたらヤバいだろ」

 忠が無言で頷くと、譲二がそ~っとキッチンの戸口からリビングの様子を伺う。

「あ!?」

「どうした?」

「慎吾、忠、悪い事は言わん。精神衛生上、今はあちらを見ない方が良い」

 果たして譲二は何を目撃したやら?

 日頃、滅多に取り乱さない表情が青ざめているから、視線の先、夫の愚痴や悪口で盛り上がる妻達の間に、余程剣呑な空気が流れていたのだろう。

 他の二人も一気に青ざめ、深刻な危機感を共有できたようだ。
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