AI仕掛けのロング・グッドバイ 愛しき女スパイに大いなる眠りを

ちみあくた

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あなたと私のボーダーライン

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 22世紀初頭に勃発した先の大戦中、最も急速な進化を遂げたテクノロジーは二つ。
 
 一つは人体の機械部品による互換技術であり、もう一つは擬似的に感情をシミュレートできる有機分子層型AIを搭載した二足歩行ロボット=人造人間だ。
 
 言うまでも無く、それらは当初、戦場へ投入される前提で開発された。
 
 サイボーグ兵とロボット兵、両者の戦闘力は常人を遥かに凌駕する上、戦術型核兵器の使用後、放射能汚染された地区でも戦線を維持できる。
 
 戦火が拡大するに伴い、両陣営の開発競争も激化。
 
 元よりサイボーグだった者に加え、負傷した兵全てが、治癒と称して肉体を機械へ置き換える計画の対象となり、肉体の八割以上が機械化された者も珍しくなくなる。
 
 それは即ち、ロボットと人間の区別が難しくなるのを意味していた。勝敗が定かでないまま停戦協定が結ばれ、戦火が治まった後も状況は変わらない。
 
 機械化人間、そして不完全な自我に目覚めた人造人間が荒廃した都市の中に混在し、様々なトラブルが生じるのは、正に時代の必然と言えるのだろう。
 
 
 
 
 
「私はね、大戦の末期、最も優れた水準のAIを持つスペシャルモデルとして、開発されたの」

 ラナは他人事の様に淡々と言う。

「実験的に任された仕事は、負傷した兵士を説得し、機械化に同意させる事」

「従軍看護師の肩書は、そういう意味か」

「あら、ちゃんと治療もしたのよ。それに年寄りから若い人まで、色んな人と、色んなお話をした」

「君が人造人間だと、誰も気付かなかったんだな」

「失った家族や故郷の思い出話をし、皆、私の前で涙をこぼした。心を許してくれたんです。私も一緒に泣いたから」

「君が……涙を?」

「あら、ロボットが泣いちゃダメ?」

 エドが一瞬たじろぐ程、ラナの眼差しは挑発的だった。

「人体の機械化には、脳の交換という選択肢も含まれている。戦いで破壊された脳髄から記憶をデータ化して読み出し、有機脳へ書き込んで、人体に戻すのよ」

「そういう例なら聞いた事がある」

「聞いた? 良く言うわ。あなた自身、その有機脳の持ち主じゃない」

 奥歯を噛み、目を伏せる。

 そのエドの沈黙は、ラナの指摘が正しい事を意味していた。
 
「彼らは、いえ、あなた方は、あくまで人として扱われる。私達と同じく造られた脳を持ちながら、明確に私達と区別される」

「理不尽だと言うのか、ラナ」

「いいえ、只、その両者を隔てる境界線の在り処を知りたいだけ」

「ふん、決まっているだろう。『心』があるか否か、だ!」

 エドは言葉を吐き捨てた。

 女の形をしたアンドロイドの話を聞く内、強い苛立ちが募ってくる。まだ手元に銃があれば、撃っていたかもしれない。

 それは、戦場の英雄から街を仕切る顔役にまで伸し上がった義兄、トッド・ハンソンより課せられた任務でもある。
 
 
 
 
 
 今、彼らがいる場所。

 先の大戦で大破を免れた直径7キロのドーム状シェルターは、以前、その地にあった都市の名を模し、LA=ロスト・エンジェルスと呼ばれていた。
 
 そこで辛うじて生き残った人々の中に潜むロボットを選別、破壊する。

 戦時中に電子パルス攻撃を受けたロボットには僅かながら暴走する危険があり、放置できないと言うのがその理由だ。
 
 探偵と言うより殺し屋。

 そう陰口を叩かれてもエドは怯まず、ひたすら任務を遂行してきた。
 
 大恩ある義兄の秘めた野望を実現する為にも、一切の迷い、躊躇いさえ己に許す事無く……
 




「成る程、つまり『心』が無ければ殺しても構わないって訳ね」

 ラナは尚も挑発的に言う。

「殺した、じゃない。壊したと言え」

「ロボットが危険だって言うけれど、戦場のストレスで神経を病み、後に暴力事件を引き起こした人間だって沢山いた筈よ。
彼らの方は、問答無用で狩られたり、処刑されたりしていない」

「そりゃ『心』があるからな」

「じゃ聞くけど、『心』って何?」

 エドは即答しなかった。

「そんな不確かな理由で只、存在し続けたいだけの、私の仲間を葬ったの?」

「うるさいっ!」

 左の拳で机を叩く。

 その衝撃でカップが床へ落ち、広がる黒い水溜りを見て、エドは左右に頭を振った。
 
 こう苛立っていたら、駆引きどころの話ではない。
 
 一方、ラナの方も挑発的な口調を改め、
 
「言い過ぎたわ。あなた自身が望んだ仕事じゃないのは、しばらく傍にいて、私にも良く判っています」

 瞳が赤い怜悧な光を放った。

「重要なのは何故、狩ったかではなく、どうやって見分けたか、なの」

 ラナの眼光が、又、エドの体を上から下まで丁寧にスキャンしていく。

「あなたは確かに全身機械化されている。でも、ロボットと人間を選別しうるセンサーを内臓してはいない」

「基本的に安作りの男でね」

 敢えて口にしたエドの軽口を、ラナは無視し、話を続けた。

「元々、センサーの選別には限界がある。私の眼に仕込んだタイプにせよ、人体の機械化比率は割り出せても、構造的に近いサイボーグとロボットを見分けられない」

「つまり俺に何故、ロボットだけ抹殺できるのか、理由を探るのが君の目的なんだな」

「其の為に人を装い、ここへ潜り込んだ。私自身の正体を、あなたが見抜けるかどうかも確かめたかったし」

「ご苦労なこった」

「私のAIは極めて高度な最新型で、感情のシミュレートもほぼ完璧なレベルです。戦場で治療した兵士は、私が人間と思い込んでいたのに、あなたにだけ通用しない」

「ロボットなりに腹が立ったか?」

 赤い光が不規則に瞬いた。

 それは同時にラナの感情が、限りなく人に近い事実をも証明している。

「機器による選別でないなら、チューリング・テストに近いやり方だろうけど」

 一時の戸惑いを振り払い、ラナは頬杖をついて考え込んだ。
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