『リスタート1980 ― 四十歳OL、昭和で未来を書き換える ―』

momo

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第3話 小さな予兆

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 証券会社でのアルバイト初日。

 店内は想像よりも静かだった。スーツ姿の男性たちが新聞を広げ、株価ボードを睨んでいる。電子表示ではなく、黒板にチョークで数字を書き換える方式だ。

 昭和だな、と妙な感慨を抱く。

「佐伯さん、これ前場の値動きまとめといて」

 先輩社員が書類を渡してくる。

「はい」

 私はペンを走らせながら、頭の中で未来のチャートをなぞる。

 1980年。
 任天堂はまだ家庭用ゲーム機の本格普及前。
 ソニーはウォークマンがヒット中。
 トヨタは安定成長。

 バブルの本番は1986年以降。

 焦る必要はない。

 だが私は一つ、試してみたいことがあった。

 昼休み、私は人気のない倉庫スペースに入り、ポケットからリンゴを取り出す。

 ――収納。

 リンゴが消える。

 ――取り出し。

 ひんやりとしたまま戻る。

 完璧だ。

「もしこれを……」

 私は想像する。

 市場で安く仕入れた農産物を保存し、高値で出す。
 冷蔵設備不要。
 腐敗ゼロ。

 理論上、利益率は異常値になる。

 だが同時に、リスクも理解している。

 急激に儲ければ、目立つ。

 目立てば、何かが動く。

 それが“時間”なのか、“人間”なのかはわからない。

 

 その日の帰宅後、私はテレビニュースを見て凍りついた。

「千葉県内の食品工場で火災」

 私は立ち上がる。

 その工場は――

 未来の記憶では、1983年に事故を起こすはずだった。

 三年早い。

「……もう、ズレてる?」

 私は今日、何をした?

 証券会社で少し未来予測を口にしただけ。

 リンゴを出し入れしただけ。

 直接的な改変はしていない。

 それでも歴史が動いた。

 

 背筋が冷える。

 もしかして、私が存在しているだけで、未来は変動するのか?

 

 夜、布団の中で天井を見つめる。

 一周目の私は、未来を“知っているだけ”の存在だった。

 だが今は違う。

 私は介入者だ。

 

「……確かめないと」

 

 翌日、私は証券会社で小さな実験をする。

 あえて、未来で下がる銘柄を“上がるかもしれません”と軽く示唆してみた。

 数人が買いを入れる。

 終値は、わずかに上昇。

 本来なら下落日だったはずだ。

 私は帰宅して新聞を確認する。

 小さな記事。

 「○○社株、思惑買いで微増」

 ――未来と違う。

 

 胸が高鳴る。

 変えられる。

 確実に。

 

 だがその瞬間、頭に鋭い痛みが走った。

「っ……!」

 視界が歪む。

 一瞬だけ、崩れたビルの映像が脳裏をよぎる。

 2020年代の、あの地震の光景。

 ノイズのように流れ込み、消える。

 

 警告。

 そんな言葉が浮かぶ。

 何かが均衡を保とうとしている。

 

 私は息を整える。

「急ぎすぎない」

 株価を動かす程度なら小さな波。

 だが大規模な改変は反動が大きいのかもしれない。

 

 ならば戦略を変える。

 直接的な改変ではなく、“準備”を進める。

 災害備蓄。

 医療知識の普及。

 耐震基準の強化を促す情報発信。

 未来を一気に変えるのではなく、リスクを分散する。

 

 私はノートを開く。

 未来改変計画に追記する。

 ――原則:緩やかに誘導せよ。

 

 窓の外では、昭和の夜が静かに広がっている。

 遠くで電車の走る音。

 この世界はまだ、何も知らない。

 崩壊も、喪失も。

 

 私は拳を握る。

「私は、壊さない」

 自分の欲望で、世界を歪ませない。

 守るために変える。

 

 だがその夜、夢を見る。

 巨大な波。

 揺れる地面。

 そして、誰かの声。

 ――選べ。

 

 目を覚ますと、心臓が早鐘のように鳴っていた。

 

 歴史は、ただの記録ではない。

 それは流動する力だ。

 

 そして私は今、その流れに足を踏み入れている。

 

 昭和55年。

 未来改変は、思ったよりも危険かもしれない。

 

 それでも。

 私は止まらない。

 

 次の一手を、打つ。
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