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第3話 : 黒炎の中の愚者
しおりを挟む広間は騒然としていた。
王族のみが扱える禁忌の魔法――『黒炎』。それは肉体だけでなく、魂すらも焼き尽くすとされる呪いの業火。
どれほどの治癒魔法も、いかなる上位ポーションも、黒炎に侵された傷だけは癒すことができないと語られてきた。
その苦痛も尋常ではない。皮膚が焼ける感覚、骨が溶ける音、神経の一本一本が針で刺されるような痛み。
それらが同時に押し寄せるとされ、かつて黒炎に焼かれた者で立っていられた者は一人もいない――はずだった。
今そこに、黒炎を浴びながらも立ち上がる少年がいた。
アノセウス。
その瞳は揺るがず敵を射抜き、全身を蝕む黒き炎をものともせず、一歩、また一歩と前へと歩みを進めていた。
「くっ…!来るなぁ!!来るなあぁ!!!」
男の悲鳴が広間に響いた。先ほどまでの傲慢な態度は影も形もない。そこにいたのは、恐怖に怯えるだけの王族の血を引く、ただの中年男性の成れの果てだった。
アノセウスの姿は、古い伝承に語られる“愚者の王”とは大きく異なっていた。
だが、その再生能力だけはまさに伝説に相応しかった。焼けた皮膚が再び閉じ、血が戻り、ただ“立ち上がる”。そのたびに、周囲は恐怖と畏敬の念に打たれた。
「それ以上近づいたら燃やすぞ!」
だが、アノセウスは止まらない。焼かれながらも、彼の足はまっすぐに進んでいた。
男の叫びは、もはや命乞いに近かった。
それもそのはずだった。男の魔力は既に限界に近かった。
日頃から戦う訓練を怠り、権威を振りかざすことでのみ周囲を支配してきたこの男に、連発で禁呪を撃てるだけの魔力などあるはずもない。
あと数発撃てば、確実に魔力切れを起こす、それを、男自身も理解していた。
アノセウスの身体は依然として黒炎に焼かれていた。服も髪も焦げつき、肌は赤黒く爛れていた。それでも彼は、吼えるように前へと走り出す。
黒炎にその身を焼かれながらも、突き進む。
そして勢いそのままに、アノセウスは拳を振り上げ、王族の男の顔面に向かって思い切り殴りつけた。
常人であれば、自らの肉体を守るために直前で減速する。しかし、アノセウスにはその発想がなかった。再生する肉体に守られているからではない。
ただ、考えていないのだ。自らの身などどうでもよい、ただ敵を叩きのめす、それだけの意志が拳に宿っていた。
黒炎を纏った捨て身の拳が、男の顔面に炸裂した。
「が、ぼ……あ、ぐぅぅぅ……!!」
悲鳴というより、崩れ落ちる臓器の音のような呻きが、男の喉から漏れた。
骨が砕け、顔が歪み、表情という概念すら失ったその瞬間、広間にいた誰もがその光景に言葉を失っていた。
男の顔は信じられないほど凹んでいた。頬骨が沈み、片目は潰れ、顎の形が原型を留めていない。
さらにその上に、アノセウスの拳から移った黒炎が移り、男の顔を包み込むように燃え上がった。
悲鳴はもう上がらない。痛みで意識が飛んだのだ。
広間の空気は凍りついていた。
アノセウスが全黒であること。
王族の男との衝突が形式上“決闘”であること。
そして、男が広く嫌われていたこと――
すべてが“正当防衛”のような雰囲気を醸し出し、誰もアノセウスを止めようとしなかった。
やがて、遅れて警備兵たちが慌ただしく駆け込んできた。
男の顔を見てその場に凍りついたが、直後に呼ばれた医師とタンカが運び込まれ、重傷の男は運び出された。
王族であるがゆえに、誰もが丁重に扱おうとする。だが、だからこそ、急がなければならないのに動きが鈍る。
男がこれまで王族の地位を乱用してきた結果が、今、皮肉となって彼自身に返ってきていた。
その混乱をよそに、アノセウスは一切周囲に目を向けることなく、静かに測定台へと戻っていった。
炎は掻き消え、焼け焦げた体は瞬く間に再生する。迷いなく歩くその姿は、恐怖や罪悪感とは無縁だった。
測定台の横で用意されていた新入生用の制服が、魔道具によって再生成されていた。
アノセウスは、入学用の服の上からその制服を無造作に受け取った。
その制服の肩口には、色のついた円形の紋様が刺繍されている。
これは「特徴」の割合――すなわち、赤・青・黒、それぞれの血統を示す印だった。
周囲の多くの学生の肩には、赤と青が混ざった円があった。
中には黒も混じっている者もいたが、わずかにある程度であり、黒色をどこか無意識に隠すような仕草を見せる者も少なくなかった。
正式名称は“生命の黒”だが、実際には“愚者の黒”あるいは“穢れ持ち”と呼ばれ、忌避される対象だった。
長寿で病に強いという利点があれど、再生力しか取り柄がないとされ、全黒に関しては奴隷階級として当たり前のように差別されている。
しかし、アノセウスは何も知らない、堂々と黒一色の紋様が刻まれた制服を身にまとった。
その姿は、無知ゆえの無防備ではあったが、どこか気高く、凛としていた。
全黒の少年が王族を倒したという、誰もが想定しなかった事態。
その余韻に包まれた広間では、しばしの静寂の後、測定が再開された。
検査監督が咳払いをし、再開の合図を出したとき、空気が少しずつ動き始めた――
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