無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン

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公爵家当主の驚愕

 ――キマイラ。

 今まで見てきた魔獣は全てが下から数えた方が早いような、魔獣の中では比較的弱い部類のものばかりであったが、これは中位に位置する魔獣であった。
 今までの魔獣が束になっても一蹴されるだろうほど危険な魔獣で、確かレベル60相当であったか。

 厳密に言うのであれば、魔物にはレベルというものはない。
 いや、もしかしたら存在しているのかもしれないが、少なくとも人類側がそれを知ることはほぼ不可能だ。

 レベルを知るには鑑定を行う必要があるが、実のところ鑑定というのはただの俗称である。
 実際には神官が神の力を借りて行う神事の一つなのだ。

 そしてそのためには、じっくり相手の手を掴み、数秒の集中が必要である。
 魔物を相手に出来るわけがないのだ。

 まあ、動けないように拘束した上でならば可能と言えば可能だが、そこまでして知る必要があるようなことではあるまい。
 だが魔物の強さというのが客観的に分からなくては不便であるため、便宜的にレベル相当というものが使われている。

 これは単純に言ってしまえば、そのレベルの者が一人でもいれば倒すことが可能な強さ、という基準だ。
 ただ、あくまでも平均的な強さから考えるとといったものである上に、焦点となっているのは倒せるか否かというものである。

 要するに、瀕死にはなるかもしれないが多分勝てる、というものなのだ。
 つまり、キマイラを瀕死になりながらも単独で倒すためには最低でもレベル60が必要ということでなり……結論を言ってしまえば、騎士達ですら単独で戦うのは無謀過ぎる、そんな存在だということである。

 学院の入学試験で出てきていいわけがなかった。

「うわぁ……キマイラとか、クソな上に運までねえ野郎ですね。ああいえ、そんなことは分かりきったことでしたか……ま、でも、これで万が一もなくなりましたね。ざまあみやがれです」

 呆然とする頭は、横から聞こえる悪態をほぼ素通りさせる。

 そして冷静さを取り戻すのと同時に、反射的に動いていた。
 あんなものを前にすれば、自分にだって勝ち目などはない。

 だがだからこそ、あの人が逃げる時間ぐらいならば稼がなければならないと思い――直後に突き出されたハイデマリーの腕によって強引に静止させられた。

「っ……ハイデマリーさん……!?」

「駄目ですよ、お姉様。忘れやがったですか? ――これは試験なんです。明らかにやばいとなったら止めるのもありだと思うですが、まだ試験は始まってすらいねえんですよ?」

 ハイデマリーの言っていることは、正論ではあった。

 そもそも、ユーリアはこの場では部外者だ。
 厚意で見学することを許されているだけの者が、勝手な判断で試験の邪魔をしていいわけがあるまい。

「っ……しかし、あれが相手では……!」

「まあ確かに普通は瞬殺されるでしょうね。正直ワタシでもそうなると思うです。ですが……どうやらアレはやる気みてえですよ? ……ったく、本当に忌々しい限りです」

「え……?」

 言われ、見てみれば、確かにローブ姿の人物はキマイラに向けて歩き始めていた。
 無謀どころの話ではなく、最早本当に自殺と同義だ。

 何を考えているのかと思うものの、実際やる気があるというのならばユーリアが邪魔するわけにもいかない。
 これは、あの何者なのかも分かっていない誰かの戦いなのだ。
 惨劇の予感を覚えながらも、固唾を呑んで見守っていることしか出来ず――瞬間、甲高い音が響いた。

 一瞬、何が起こったのかは分からなかった。
 いや、今も何が起こったのか把握出来たわけではない。
 分かっているのは、ただの結果だ。
 キマイラはもちろんのこと、ローブ姿の人物も未だに健在だということだけである。

 それと、キマイラの腕がいつの間にか振り下ろされているのと、ローブ姿の人物が何かを握りながら腕を振り抜いていることから、キマイラの攻撃をあの人物が防いだのだろうと予測出来ただけであった。

「……お姉様、今の見えやがったですか?」

「いえ……見えませんでした。今のは、キマイラの攻撃を防いだ、のですよね?」

「だと思うです。ワタシも見えなかったので状況からの推測でしかねえですが……ちっ、本当に忌々しいクソ虫野郎ですね」

 停滞したのはほんの僅かな時間だけで、直後に一人と一匹は動いた。

 何かをしているということが分かるのは、甲高い音が連続して響いたからだ。
 一人と一匹がユーリアの目でも捉えられない速度で攻防を繰り返すのを、ユーリアは呆然と眺める。

 レベルの上がり方に、男女の差というものはない。
 ただ才能限界の値と、魔物や魔獣とどれだけ戦ったかということだけがその差となるもので、だから男性がそこまでの動きが出来るというのは、有り得ないことではなかった。

 実際昔には、レベル80ぐらいまで上げた男の人というものもいたらしい。
 しかし、そこまでレベルを上げてすら、最弱とされている魔獣にすら傷一つ負わせることは出来なかったという。
 だからこそ、戦いは女の役目とされ……だが、それを間違いだと言わんばかりの光景がそこでは繰り広げられている。

 いや、厳密に言えばそこまでいってはいない。
 攻防とは言いつつも、まだキマイラの身体に傷がついてはいないからだ。
 ただ攻撃を防ぐだけであれば、レベル80まで上げたという人でも可能だったであろうことで……と、ふと、音が変わった。

 呆然としながらも頭の片隅で何だろうかと思い、直後に理解する。
 ほんの少しだけ、ローブ姿の人物が前傾姿勢になっていたのだ。

 それはおそらく、今まで防御に回っていたところからの、転換であった。
 攻撃に移るのだ。

 不意に、もしかしたら、と思う。
 そう、今まで有り得ないと言われてきたが……もしかしたら。

 そして。
 直後に、轟音が響いた。

 ローブ姿の人物が腕を振り抜いた体勢でいるのが見え……隣から、鼻を鳴らす音が聞こえた。

「……だから、無理だっつってんですよ。いい加減身の程ってのが分かったんじゃねえんですか?」

 キマイラは、傷一つ付いていなかった。
 当然で、常識でしかない結果に、しかし思わずユーリアは溜息を零す。
 決まりきっていることは誰にもどうすることは出来ないのだと、八年も前から理解していたはずだというのに、まだ諦めていなかったらしい自分がいたことに呆れたのだ。

 だがどうやら、そんなユーリアよりもローブ姿の人物はさらに諦めが悪いらしい。
 今のでもうどうしようもないことなど分かっただろうに、再び甲高い音が連続で響くようになったからだ。

「……諦めの悪いやつですね。目障りなんですから、さっさと諦めろってんですよ」

 ここからどうするつもりなのだろうかとぼんやりと思いながらハイデマリーの罵倒を耳にし……ふと、今更のように違和感を覚えた。

 確かにハイデマリーは男嫌いである。
 男性のことは目にするだけで悪態をつくし、話しているところなど見たこともない。

 だが同時に、ハイデマリーは人見知りでもあった。
 正直本当に何故初対面の時からお姉様などと呼びながら自分に懐いてきたのかは分からないのだが、それでも一人の人物にそこまで執着するということは基本的にはしない。
 幾ら目の前で試験が行われているからといって、ここまでいつまでも罵倒を続けるのは妙だなと思い……ジッとその人物のことを見つめ、そこでようやく気付いた。

 同時に、なるほどと納得する。

「ちっ……いつまでそれを使ってやがんですか……不敬なクソ虫野郎め……!」

 その呟きで、さらに確信した。
 ハイデマリーが妙にあの人物を嫌っているのは、どうやら使用している武器が原因のようだ。

 あの人物は、剣を使っていたからである。

 無骨な剣であった。
 飾りつけなど微塵もなく、ただ斬ることを目的として打ったとでも言わんばかりの剣だ。

 見ていたところで面白味も何もなく……だが、剣というだけで特別でもあった。
 この国……いや、この世界にとって、剣というのは特別なものだからだ。

 何故ならば、それは聖剣の乙女が振るうものだからである。
 彼の人が使うからこそ、多くの人が剣そのものを特別視するのだ。

 特にハイデマリーは、聖剣の乙女に崇拝しそうな勢いで憧れていた。
 去年も物凄く浮かれており……そんなハイデマリーだからこそ、許せないのだろう。

 ちなみにユーリアは、そこまででもない、といったところである。
 積極的に剣を使おうとは思わないが、剣を使っている者がいても忌避感を覚えたりはしない。

 その人物・・・・が近寄ってきたところで特に拒否感などを覚えもしなかったのも、そのためであった。

「――そう言ってやんなよ。アイツ中々いい動きしてやがるぜ? 正直オレもちょっと混ざりてえぐらいだ」

 そう言って近付いてきたのは、言葉遣いこそ男性のようであったものの、見た目は完全に女性であった。

 年の頃は二十代の後半といったところか。
 浅黒い肌に燃えるような赤い髪と、同色の強気そうな瞳が印象的であった。

 それと、もう一つ。

「ふんっ……そりゃオメエは気にしねえどころか気に入るに決まってるじゃねえですか。同類・・でやがんですから」

 言葉と共にハイデマリーが向けたのは、女性の背後であった。
 正確には、そこに背負われているものだろう。

 それが何であるのかは、正面から見ても分かった。
 それは、身の丈を超えるほどの巨大な剣であった。

 だからこそ、ハイデマリーは同類と言ったのだ。

「ふっ……お前は相変わらずだな。ついでだからそっちのと少し話してみたかったんだが……ま、いいか。どうせすぐにまた会うだろうしな。んじゃ、またな」

「一昨日きやがれです」

 あっさりと去っていったその背中を眺めながら、ユーリアは目を細める。
 自己紹介すらすることはなかったが……おそらくユーリアは、彼女の名を知っていた。

 見た目の年齢から考えて、彼女は受験生ではなく、学院の講師だろう。
 安全のためにも控えているという数人のうちの一人で、そして、あの大剣。

 多分間違いないとは思うが――

「ハイデマリーさん、あの人は……」

「ただの不敬な講師ですよ。聖剣の乙女様に嫉妬してわざわざ剣を使ってるような、目障りなやつです。お姉様が気にするような価値のあるやつじゃねえです」

 有無を言わせないような口調でハイデマリーはそう断言し、だがだからこそ確信に至った。
 そういえばと思い出すのは、昔からハイデマリーは彼女が嫌いで、話を聞くたびに悪態をついていたということだ。

 そしてよく話が聞こえてきていたその人も、身の丈を超えるほどの大剣を愛用していたという話であった。

「――元最強の騎士、ですか」

 学院の講師をやっているという噂を聞いたことはあったが、どうやら本当だったようだ。
 さすがは王立学院だと思い……と、そこで気付いた。

 いつの間にか完全に試験から目を離していたのだ。

 だが先ほどまでの戦いを目にしていたからか、自分でも不思議なほどに心配してはいなかった。
 最初の焦りが嘘のように、見ていなくとも大丈夫なのだろうなと、何となくそう思っていたのである。

 そして視線を戻せば、やはりそこでは先ほどまでと変わらぬ光景が広がっていた。

「……しぶてえですねえ。もしかして時間いっぱいまでやりやがるつもりなんですか? どれだけ頑張ったとこでオメエじゃ無理だっつーのに本当によくやりやがるです……」

「……そういえば、他のことにすっかり気を取られて見逃してしまっていましたけれど、よくあの格好で動けますね?」

 そう、考えてみたらあの人物は、全身をローブで覆った上で、フードを目深に被っているのだ。
 どこまで前が見えているのかすら疑問で、とても戦闘を行っている者の姿には見えない。

 が、そんなことを言っていた時のことであった。

「あっ……!」

 上から見ていたから、キマイラが何を企んでいるのかが分かったのだ。
 ひっそりと尻尾の蛇だけが独自に動き、死角であろう場所から襲い掛かろうとしていたのである。

 キマイラもその姿から視界が悪いだろうと判断したのか、瞬間、蛇の姿がユーリアの目には消えて見えた。
 しかし、あの人物はそれもどういった手段でか把握していたらしい。

 僅かにその姿がぶれたかと思うと、一歩隣に移動しており、直前までいた場所に蛇の姿があったからだ。
 かわした、ということのようである。

 だが、あるいはそこまでがキマイラの策だったのか。
 相変わらず目で捉えきれないためによく分からなかったが……分かったのは、一つ。

 直後に轟音と共に地面が抉れ、それと共にあの人物のローブが切り裂かれたということである。

「っ……!?」

 思わず息を呑み……だが、宙を舞っていたのは、ローブの切れ端だけであった。
 見た限りでは血が飛び散った様子もなく、どうやらギリギリのところでかわせたようだ。

 しかし、それによって今まで隠されていたその人物の顔が露となり…………瞬間、息が止まった

「あー……さすがにフード被ったままじゃ無理があったか。まあ、十分収穫はあったからいいけど」

 独り言だろう呟きが、不思議と耳に届いた。

 いや、あるいは無意識にでも聴覚を全てその人物へと傾けていたのか。
 だがそんなことを気にする余裕すら、ユーリアにはなかった。

 声に、聞き覚えはない。
 しかしほんの少しだけ、昔に聞いたことのある響きが残されていたように感じた。
 何よりも、その口調は何一つ変わっていない。

 顔に、見覚えはない。
 だが、その髪の色は自分と同じであり……その横顔には僅かながらかつての面影があるように思えた。
 何より、真っ直ぐに前を見つめるその瞳は、あの頃と何も変わってはいなかった。

「さて、と……じゃ、ま、ちょうどいいし、終わりにしようか。後が詰まってるっていうのに、ちょっと時間かけすぎちゃったしね」

 気楽な様子で、その人物は……『彼』は構えを取った。
 その姿に何かを感じ取ったか、キマイラは僅かに後ろに下がり、だが恐怖を打ち消すかの如く、吼える。

 そして、その姿が消え――

「――一刀両断」

 呟きと共に、その場に残ったのは、腕を振り抜いた体勢の少年のみ。

 その両脇に、キマイラだったものがあり……真っ二つになったそれが、ゆっくりと倒れていった。

「…………は? え、何が…………いやいや、ありえねえですよ? 男が……何よりもあの無能なクソ野郎が魔獣を倒すだなんて……」

 呆然とした呟きに、どうやらハイデマリーは彼のことを彼だと分かっていたのだということ理解する。
 確かに彼よりも一つ年上な彼女が知っていたところで不思議はなく、妙に悪態をついていたのはそのせいもあったのかもしれない。

 しかし頭の片隅でそんなことを考えつつも、結局のところユーリアに出来たことは一つだけだ。

「…………兄、さん?」

 どこか満足気で、やりきったような顔をした少年の姿を見つめながら、ユーリアもまた呆然と呟きを漏らすのであった。

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