無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン

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望みと聖剣の乙女

 ハイデマリーが何を言ったのか理解出来なかったのは、当然と言うべきかイリスだけではなかった。
 魔王もまた、訝しげな目でハイデマリーのことを見つめていたのだ。

「……貴様、どういうつもりだ? 貴様は何か望むところがあるがゆえに、我の封印を解いたのであろう?」

「ええ、ですから、その全てはお姉様のためですから。何の問題もねえですよ?」

「……嘘はないようだな。では、何ゆえそんなことを望む?」

「何故と言われても正直困るんですが……まあ、敢えて言うなら、この世界が間違ってやがるから、ですかね」

「ほぅ……?」

 興味深げな声を上げると、魔王はハイデマリーのことを改めて見つめた。
 そのままどことなく楽しげに、問いかける。

「間違っているとは、どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。まあ、魔王様は知ってるかは知らねえですが……今の世の中って、力が全てとかって感じなんですよね。ほら、もうこの時点でおかしいじゃねえですか。だってそれが正しいなら、魔王様こそ上に立つべきなんですから」

「ふむ……人の世の理がどうなっていようとも、我が上に立つのは当然のことではあるが……中々興味深くはあるな。それで、だからこそ貴様は世界がおかしいというわけか?」

「いえ、別にそういうわけじゃねえですよ? そんな魔王様が封印されるってことは、魔王様より何らかの手段で上に立ったやつがいたってことなわけですし。まさか魔王様も、そこは否定しやがらねえでしょう?」

「……道理であるな。よい、続けよ」

「ですから、それ自体はいいんですよ。問題は……その封印を、不相応なくせに維持しやがってるってことの方です。――聖剣の乙女の命を使ってまで」

「……っ」

 瞬間、何故それを、と思った。
 そのことを知っているのは極一部も一部……公爵家の当主にすら知らされないこともある情報だ。

 彼女が知っているわけがないものであった。

「そのことは、魔王様が一番よく知ってると思うですが?」

「ふむ……確かにその通りよ。だが、貴様の方こそよく知っていたな。我も詳しいことは知らぬが、隠蔽される類の話であろうに」

「ええ、確かに徹底的に隠される情報ですよ……本来は。公爵家の当主の中でも二十年以上務めたようなやつにだけ教えられることな上に、もし喋ったらその時点で死ぬような呪いまでかけられるですからね。普通は外に漏れるようなことじゃねえです」

「では何故貴様は知っている? 探り当てた、というわけか?」

「ワタシも知りたくて知ったわけじゃねえですよ。うちの爺がそのことを知ってた元公爵家の当主だったんですが……その死の間際にですね、ワタシにそのことを伝えてきやがったんですよ。もう死ぬから、どうせなら、とか言って」

 それは確かに、そうすれば理論上は伝えることは可能だ。

 だがまさか、そんなことをしてまで伝える者がいるというのは、予想外である。

「本当に、いい迷惑って話ですよ。ワタシその頃、八歳のガキですよ? んなこと聞かされてどうしろってんですよ」

「なるほど、それは確かにどうしようもあるまいな……して? 貴様はそれからどうした?」

「ですから、どうしようもねえです……って、思ってたんですがね。見ちまったんですよ。知っちまったんですよ。ワタシよりも二歳も年下のやつが、ワタシと同じように重いもんを背負わされちまって……それでも、凜と立って、真っ直ぐに前を向いてる姿を。そしたらもう無理でした。ワタシだけが無様に逃げてるわけにはいかねえじゃねえですか」

 名前は出てこなかったが、それはきっとユーリアのことなのだろうと思った。
 同時に、なるほどとも思う。
 だからこそ、彼女のことをあれほど慕っていたのか、と。

「で、それからよくよく見てみれば、お姉様もお姉様で同じようなもん……いえ、それ以上だったわけですしね。眩しすぎて、直視出来なかったですよ。少なくともワタシにはどう考えても無理です。二十五を迎えたら、その命と引き換えに魔王の封印の強化を行わなけりゃならねえって分かってんのに、世の為人の為とか言って魔獣と戦い続けるなんて」

 ハイデマリーの言っていることは、事実である。
 そしてだからこそ、聖剣とは魔王を倒すための武器ではないのだ。

 聖剣に溜められた魔力は魔王を倒すためだと言われているが、あんなものは嘘である。
 そもそも聖剣には今までの聖剣の乙女が込めてきた魔力など残ってはいない。
 全て魔王の本体を封印するのに使ってしまっているからだ。

 聖剣の乙女は、そうと認められた瞬間から聖剣に魔力を溜め続ける。
 これは事実である。

 だが、それも二十五までだ。
 全盛期を迎えたその時に、今まで込めた続けた魔力と、命を引き換えにして得た膨大な魔力を用いて、魔王の本体の封印を強化するのである。

 そうしなければ、封印がもたないからだ。
 魔王にかけた封印は年々綻び始め、補強し続けなければ百年ほどで解けてしまうのである。

 つまり本当は、魔王を倒すことはおろか、封印することすら満足に出来てはいなかったのだ。

 それが、魔王と聖剣の乙女にまつわる真相。
 聖剣の乙女は、生まれたその時からそのことを知っている。
 そのためだけに、生き続けるのだ。

 でも、だからこそ、ハイデマリーの言っていることは間違ってもいる。
 世の為人の為なんて、そんな綺麗なものではないのだ。

 ただイリスは、それしか知らないだけであった。
 それしか知らないから、それしかすることが出来ない。
 それだけのことなのだ。

 ……人並みの幸せを求めたことがないと言ってしまえば、嘘になるだろう。
 しかしそれは、とうの昔に諦めたのである。

 聖剣の乙女として正式に認められて……その場で、プロポーズ紛いの告白をされて。
 その相手が、最初から存在しなかったことにされてしまった時に。
 自分が幸せなんてものを求めるのはやっぱり間違っているのだと、そう思ったのだ。

 彼が言ってくれた言葉は、本当に嬉しかった。
 そんなことを言ってくれた人は、今まで一人もいなかったから。

 無理だろうということは分かっていたけれど、それでも嬉しかったことは確かで……その報いだと、言われたような気がした。
 多分それは傲慢な考えで、本当は関係なんかないんだろうけど……そう思ってしまった以上は、もう無理だった。

 だから、諦めたのだ。
 学院で再会してしまった時も、必死で何も感じないようにしたし、一緒のベッドで眠った時はどきどきして中々眠れなかったけれど、何とか誤魔化した。

 それは今まで上手くいっていたはずなのに……何故か今日は二人きりで外出することになって。
 ちょっと心が弾んでいたことは、きっと気付かれていないはずで……ああ、でも結局は、そのせいなのかもしれない。

 別れ際の言葉も、ちょっと嬉しくて……だから、こんなことになってしまったのだろうか。

「ま、てーわけでお姉様達はすげえとは思うんですが……だからこそ余計に、この世界は間違ってると思うんですよ。で、魔王様ならいい感じに何とかしてくれんじゃねえかって思ったってのも、まあ封印解いた理由っちゃあ理由ですかね。魔王様なんですから、くだらねえことなんか考えられなくなるぐらいには暴れんでしょう?」

「ふんっ、我は我の思うがままに生きるだけが……まあ、よかろう。功労者の言葉だ。心の片隅ぐらいには置いてやろう。それで、貴様の願いは分かったが……貴様の思う通りになるとは限らぬぞ? いや、ほぼ確実に思う通りにはなるまい。アレは我の言うことを大人しく聞く相手ではなかろうからな。身も心も犯し穢し続け、その果てにようやく、といったところであろうよ。その時には既に貴様の知っているアレとは別物になっている可能性が高いが?」

「別に構わねえです。ワタシはお姉様が生きてられるんなら、それでいいですから。何が幸せかなんて、んなもんはそれこそ生きてなくちゃ分かんねえわけですしね。その結果としてワタシが恨まれるってんなら、大人しく受け入れるですよ」

「ふんっ、そうか。ところで、貴様はこれからどうするつもりだ? 我は見ての通り心が広い。貴様が望むならば、共に歩むことを許してやらんでもないが?」

「そうですね……もし許されるってんなら、ワタシのことは殺してくれねえですかね?」

「ほぅ……? 我の作り出す世界の行く末を見届けたくはない、と?」

「ワタシはこれでも小心者ですからね。さっきはああ言いましたが、正直お姉様に恨みを向けられたら生きてける自信がねえです。……それにぶっちゃけ、もう疲れたんですよ。ちと色々やりすぎたです。それに、ワタシのせいで乱れる世の中を見てたら耐えられる気もしねえですしね。我ながら勝手なことだとは思うですが」

 その声からは、本当に疲れが感じられた。
 まるで一気に歳を取り、老成してしまったかのようだ。

 だが、彼女がどんなことを思っていようと、どんな事情があろうと、彼女がやってしまったことは許されることではあるまい。
 その果てに待っているのは、間違いなく死だ。
 魔王を解き放ってしまうということは、それほどまでに重い。

「ふむ……まあ、よかろう。忠臣の望みを叶えてやるのは、王の責務であるからな」

 だから、このまま魔王に殺されようと、それは誰に殺されるかの違いでしかないのだ。
 結局は何も変わらず――

「大儀であった。貴様の成したことを誇りに思いながら、永久の安らぎの中に堕ちるがよい。では――」

「……っ」

 そう、思うというのに、何故か身体が勝手に動いていた。
 正直なところ全身は痛いし、右手は聖剣と一体化してしまっているような状況だし、まともに歩けるとも思えない。

 しかしそれでも、壁と聖剣を支えにしながら、立ち上がっていた。
 腕を振り上げ、ハイデマリーへと振り下ろそうとしていた魔王を、睨みつけるように見つめる。
 言葉もまた、勝手に口から出ていた。

「……駄目」

「っ……お姉、様?」

「ふんっ……無粋ぞ、小娘。すぐに我自ら相手をしてやるから、引っ込んでおるがよい。こやつの望み通り、その命を奪ってからな」

「……だから、駄目」

 自分でも何故こんなことをして、そんなことを言っているのか、よく分からない。

 彼女に騙されて、陥れられて。
 彼女はやってはいけないことをやってしまって。
 彼女を助ける理由なんて、ないはずなのに。

 ……ああ、でも。
 ふと、思う。

 去年はあまり話しかけてくれはしなかったけれど、ずっと見ていたことは知っていた。
 今年になって、同じクラスに入ってきてからは、よく話しかけてきてくれて……お姉様なんて呼ばれていたけれど。

 それは、きっと――

「……友達、だから」

「……っ」

「ふんっ……くだらぬな。そして、我には何の関係もないことだ。まあ、よいがな。どうせ貴様には何も出来まい。ならば、そこで自らの無力さを噛み締めているがよい。それが我から貴様へと行う、最初の調教よ。さて、そして、改めて告げよう。大儀であったな」

「……っ、だ――」

「では、さらばだ」

 魔王の言う通り、イリスは何も出来なかった。

 伸ばした手は届かない。
 振り下ろされる魔王の腕を眺めながら、自分の無力さを感じることしか出来ず。

 そして。
 轟音が響いた。

 魔王の身体が、吹き飛ばされたのだ。

「がっ……!?」

 そうしてその代わりとばかりに、その場に降り立つ、一つの影。
 それは、少年だ。

「うーん、なんか最近僕こんな登場の仕方ばっかしてる気がするんだけど……ま、いいかな。何か美味しい感じだしね」

 見知った、少年であった。

「さて、ところで、実は僕さすがに今回は事情をよく把握できてはいないんだけど……とりあえずアレが悪者ってことでいいんだよね?」

 そんな少年――レオンの姿を、イリスは何故か視界がぼやけるのを感じながら、見つめていたのであった。

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