元最強賢者は嘆かない~千年後に転生したら無能扱いされましたが好き勝手にやろうと思います~

紅月シン

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元最強賢者、初めての授業を受ける

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 眼前の光景を眺めながら、リーンは息を一つ吐き出した。
 頭上には真っ青な空が広がっており、足元にはむき出しの地面がある。
 地面の先には何もなく、あるのはただのだだっ広いだけの空間だ。
 訓練場であった。

「よし、全員揃っているな! では、授業を再開する!」

 訓練場の真ん中に立っている男はそう言って声を張り上げたが、それを聞いている者達の多くは困惑の表情を浮かべている。

 だがそれも無理ないことだ。
 先程初めての授業が始まったと思ったら、男は自己紹介をするや否やすぐさま訓練場へ行くよう言い出したのである。
 何の説明もなかったことも合わせれば、困惑を覚えても仕方があるまい。

 しかし、男――ザクリス・ネイトシュトと名乗った教師は、詳しい説明をするつもりはないようだ。
 まるで、賢者学院に通う者ならばこの程度のことは理解出来て当たり前だとばかりに、話を続けていく。

「とはいえ、誰から始めたものか……いや、希望者から先にやらせれば問題はないか! これもまた、実際に見てみるのが一番だろうからな! 次からはそれを参考にして決めればいい!」

 何かに悩んだかと思えば、すぐに結論を出してしまい、その言葉にまた困惑は深まる。
 一体何か始まるのだろうかと、互いに顔を見合わせあい……だが、そんな者達ばかりというわけでもなかった。
 中にはザクリスが何をするつもりなのかということを察している者もおり、無論と言うべきかリーンもその一人である。

 他に理解してそうなのは、リーンの左隣と後ろに座っていた二人の少女と、先程リーンが喧嘩を売った、あるいは売ってきた緑髪の少年、その近くにいた少女が一人、といったところか。
 つまり過半数以上が理解してはおらず、しかもFクラスは全員が理解しているということになるが……ある意味仕方ないのかもしれない。

 彼らはまだ、成人すらしていないのだ。
 突然のことへの対応など出来ないのが当たり前なのである。

 しかし、同時に彼らは、賢者学院の生徒でもあるのだ。
 最高峰の学院に入学し、学んでいこうというのであれば、何があっても即座に対応出来るようにならなければならないと、ザクリスはそう教え込もうとしているのだろう。

 人は口で言ったところで、中々真の意味で理解出来るものではない。
 ザクリスが言った通りだ。
 何事も、まずは実際に経験してみるのが一番なのである。

 Fクラスは全員理解しているのも、その辺が理由だろう。
 隔離されるほどの訳有りっぷりは、伊達ではないということだ。

 ちなみに一応ザクリスがやろうとしていることを説明しておくと、多分各人の腕前を測ろうとでもしているのだろう。
 入学試験の時に色々とやったはずではあるし、その結果をザクリスは把握してもいるだろうが、入学試験が行われたのは一月以上前だ。
 その間に成長した者もいるだろうし……何よりも、相手の腕前を知るということは、相手のことを知るということに通じている。
 互いの刺激にもなるだろうし、言葉で行うよりも雄弁な自己紹介となるはずだ、などとでも考えているに違いない。

 後半は完全な推測だが、間違ってはいないはずだ。
 ザクリスは黄色の髪に同色の瞳を持つ二十代後半ぐらいの外見を持つ男だが、一見好青年のようにも見える外見に反し、熱血漢タイプである。
 知り合ってから僅か数分ではあるが、それでも分かるほどに言動の端々から暑苦しさを感じるのだ。
 前世の頃にも似たような知り合いがおり、その人物とかなり言動が似通っているので、ほぼ間違いあるまい。

 尚、具体的に何の腕前を測るのかと言えば、それはこの訓練場に来たことで答えとなっている。
 学院には幾つか訓練場があるが、用途によって使い分けられているのだ。

 そしてこの訓練場には、壁際に的が用意されている。
 その用途として考えられるのは二つしかなく、一つは弓術であるが、肝心の弓が見当たらないのでこれはない。
 必然的にもう一つの方となり、即ち魔法ということであった。

 賢者学院のことを予め調べていなければ分からないことではあるが、これまたこの程度のことは知っていて当然、ということなのだろう。
 まあ知らなくとも、この場にいる者の大半が将来魔導士と呼ばれるであろうことを考えれば、やはり至って当然の思考ではあろうが。

 というのも、少なくともこの国においては、賢者学院のAクラスを卒業した者だけが、魔導士として認められることになっているからだ。
 ついでに言えば、魔導士の社会的な位置は、騎士などよりも上の最上位である。
 平民であっても貴族と同等の扱いをされるし、貴族よりも上の扱いを受けることも珍しくはない。
 入学した直後だというのにザクリスの態度に容赦がないのも、そういう理由によるものだ。

 もっとも、その辺に関しては、入学直後に即座に授業が始まるという時点で今更でもあるのだが。
 学院は学び舎ではあるが、その扱いは半分ほどは大人に準じたものとなるのだから。

 閑話休題。

「さて、というわけで……まずは誰からやる!?」

 事情を理解しきれていない者にとっては、何がというわけでなのか分からないだろうが、当たり前のような顔をして手を挙げる者がいた。
 緑髪の少年だ。

「ほう……まずはお前がやるのか!?」

「いえ、それでもいいんですが……その前に一つ、質問をしてもいいですか?」

「ふむ……なるほど、確かに、分からないことはまず聞かねばな! 分からないままで分かったフリをしたところで、後々困るだけだからな!」

 その言葉に、困惑していた者達がハッとしたような表情を浮かべるが、構わず少年は言葉を続ける。

「はい。それでですね……とりあえずは、自分が最も得意とする魔法、ということでいいのでしょうか? それとも、威力を重視するべきでしょうか?」

「そこは、好きにするがいい! そこも含めて、だからな! ただし、あくまでもこれは初回の授業だということも、忘れるなよ!」

「なるほど……」

 そうして少年が頷くの共に、困惑していた者達の顔にもようやく理解の色が灯り始めた。
 おそらくそれは少年の狙い通りであり、だがそのことに感心するよりも先に、少年の口元が僅かに歪む。

「では、たとえばですが……魔法を使えない場合は、どうするのでしょうか?」

 明らかに嘲りの含まれている口調に、ザクリスは僅かに片眉を持ち上げたものの、注意をするようなことはしなかった。
 代わりとばかりに少し考える素振りを見せ、それから口を開く。

「……そうだな、その場合でも、変わらん! どのようにするのかも含めて判断する、ということだ!」

「なるほど……ありがとうございました」

 そう言って丁寧に頭を下げた少年は、直後にその瞳に嘲りを乗せたまま、一瞬だけ振り返った。

 しかしそこでリーンが首を傾げたのは、てっきり自分に向けてのものかと思えば、そうではなかったからだ。
 少年が視線を向けたのは、紅蓮の髪の少女であった。

 その意味するところを考え、ふむと呟く。
 リーンも少女の方へと視線を向ければ、少女は何も気にしていないように真っ直ぐ前を見ている。
 そんな少女のことをちらちらと見ながら、少年達は口元に嫌らしい笑みを浮かべていた。

「おいおい、酷いこと言うなぁ」

「何がだ? 俺は疑問に思ったことを言っただけだぜ?」

「あはは、でも確かにそこ気になるよねえ。どうするつもりなんだろ」

 授業中の私語ではあるが、ザクリスは注意するつもりはないようであった。

 いや……というよりは、おそらくその言葉が誰に向けられてのものであるかを理解しているから、敢えて止めないのだろう。
 千年前から変わらぬことではあるのだが、魔導士は結局のところ力が全てだ。

 その力というのは単純な暴力だけを意味するものではないが……その言葉を止めたいのであれば、自らが力を示し、止めてみせろ。
 そういうことを言いたいに違いない。

 そして、それが伝わったのかは分からないが、次に手を挙げたのはその少女であった。
 ザクリスの口の端が、ほんの少しだけ、嬉しそうに吊り上がる。

「ふむ……質問か!?」

「……いいえ、違うわ。一番手への立候補、ということよ」

「ほう……もうか! まだ聞きたい事がありそうな顔をしている者がいるが……まあいい! とっとと質問しない方が悪いのだからな!」

 その言葉に、恨みがましい視線を少女へと向ける者が数人いたが、少女は気にする素振りすら見せなかった。

 ただ淡々と歩き出し、ザクリスの脇を通り抜けると、そのまま数歩歩いたところで足を止める。
 場所に関する指定はなかったが、それもまた自分で考えろ、ということなのだろう。
 そうして少女は数度の呼吸を繰り返した後で、ゆっくりと左手を持ち上げる。

「――炎よ。我が意に従い、その力を示せ。我が前に立ち塞がる全て、その悉くを焼き払わん」

 詠唱と共に、少女の周囲の魔力が急速に動き出す。
 その魔力は少女の左手の先へと集まり、まるで命令を待ち構えるかのようにその場に留まった。

 いや、まるでなどではなく、実際にその通りなのだ。
 あとはトリガーを引くだけで、魔法は発現する。

 その様子をリーンが自らの『目』でしっかりと見つめる中、少女の口が開いていく。
 真っ直ぐに的だけを見つめ……そして。

「――フレイム・アロー!」

 トリガーの言霊が紡がれ――何も、起こらない。
 集まっていた魔力は霧散し、的に変化がないどころか、魔法が発動した形跡すらなかった。
 少女は、魔法の発動に、失敗したのだ。

 直後、その代わりとばかりに、嘲笑交じりの笑い声が響いた。
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