老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第275話 竜、友人を見守る

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「おお、本当にミルザだ!」
「戻ってきてくれたのね……!」
「父さんに母さん!? どうしてここへ!?」
「おや、サルトス家のご両名」
「アトレオン様!?」
「あちこちで驚いておるのう」
「あーう」
「あーい」
「きゃう」

 ミルザによく似た男性が歓喜の声を上げていると、さらに背後から女性が現れた。
 どうやらミルザの両親のようで、なぜここに居るのかと驚愕していた。
 そこでアトレオンが二人へ声をかけると、ミルザの両親が驚く。
 ディランが呟くと、赤ん坊たちが不思議そうな顔でその様子を見ていた。

「ダニーがお前らしい人物を見つけたと連絡をしてきたのだ。詳しい話を聞こうと思って来たら本人がいるではないか」
「十三年も行方をくらまして……生きていて良かった……」
「すまない母さん……」

 母親がミルザの手を取って泣き出すと、彼は握り返して困った顔でほほ笑んでいた。その様子を見ながら目じりに涙を浮かべて父親が頷く。

「助かったぞダニー……って、なぜ庭で寝ころんでおるのだ?」
「う、うるさい! 用が済んだのならさっさと帰れ!」
「呼んだのはお前だろうに。どうせまたなにかしたのだろう? アトレオン様どうです?」
「そうだね」
「即答だ」

 侯爵同士で顔見知りだからか、ミルザの父親はダニーに対して砕けた調子で話しかけていた。
 悪さをすることも知っているようで、ため息を吐きながらアトレオンへ尋ねる。
 すると即答し、ハバラが笑っていた。

「幸運の子を手に入れたとか言っていたが、その様子だとそうはならなかったようだな? 息子は両方とも大切にしろと言ったろうが」
「説教はいらんわ! 貴様こそミルザが家を出て行った時に止められなかったくせに」
「耳が痛いが……お前に言われるこっちゃないわ!」
「ぐあ!?」

 ダニーが起き上がり、怒声を上げるとミルザの父は持っていた杖で顎、脇、左ひざをバシバシと叩かれて膝をついた。

「お、速いわね」
「父さんは昔、剣の腕前は皆伝だったそうなので……と、とりあえず元気そうでなによりです」
「ああ! 私が不甲斐ないばかりにお前に家出をさせてしまった……」
「いえ、父さんと母さんのせいではありません」
「そういえばなんで家出をしたの?」

 鋭い杖捌きにトーニャが口笛を吹いていると、ミルザは父親の剣は凄かったことを口にする。
 そこでユリが家出をした理由を気にしていた。

「ああ、それは――」
「我が父のせいだ!」
「うわあ!?」
 
 ミルザが話そうとしたところで、ダニーのところから戻って来たミルザの父が顔を出してきた。

「あなた、お嬢さんたちが驚いていますわよ。そういえばお名前を伝えていなかったわ。わたくしはアンナと申します」
「そういえばそうだったな。私はオーレル。オーレル・サルトスだ、よろしく頼む」
「それで、原因はミルザのおじいさんってことでいいのかな?」

 自己紹介が終わった後、アトレオンが尋ねると、オーレルは頷いてから言葉を返す。

「その通りです。先代サルトス家の当主は剣の達人。そのおかげで私も剣豪となったのです。そこでウチの息子たちにもと稽古をつけていました」

 しかし、その稽古が厳しく、荒事が苦手なミルザにはまったく合わなかった。
 それでも男なら強くなれと豪語して剣を握らせていたのだが、いよいよ嫌になったミルザは家を出ていったというわけである。

「私は……僕は人を傷つけるよりも助ける方がいいと思っていてね。もちろん剣を持つ意味も分かる。だけど過剰な訓練はきつくて剣を握るのすら嫌になったんだ」
「それはそうかもしれんのう。将来、剣の道に行くならともかく、ただ自分がやってきたからとそれを押し付けるのは違うわい」
「ディランさん」
「あなたのおっしゃる通りだ。ミルザもその内慣れるだろうと思っていた私も同罪なのだ。止めるなら私がするべきだったのに」

 ミルザの意見を聞いてディランも補足する。するとオーレルはしょんぼりしながら頭を下げた。

「もう済んだことです。おじい様はどうされていますか?」
「お前が出て行って五年くらいしたころ、ようやく反省した。どうせ弱音を吐いてすぐ戻ってくると息巻いていた。だがまったく帰ってこないから死んでしまったのではと落ち込んでいたよ。捜索願いを出しても結局見つからなかったのも拍車をかけたのだろう。今は隠居生活だ」
「そうですか……」
「あなたの強さは剣は無く、自らの意思を貫くことだったのでしょうね」

 祖父は亡くなっていないことを聞いてミルザはホッとした表情をしていた。
 アンナは泣きながら無事でよかったと言い、強さとは力だけじゃないと口にしていた。

「ダニーとキーラとか言ったか? あれが家族というものじゃ。あのままライルを育てていたら家出をしていたかもしれん。幸運の子などという大層な肩書をつけて、もし思い通り、幸せになれなかったらどうするつもりじゃった?」
「う……」
「そ、それは……」
「そこで捨てるか? もしそうしたら恨みを持って襲い掛かってくるかもしれんのう。ソルとエレノアがあの姿になってまで攻撃をしてきた。その意味を考えた方がええ。確かにお主達は誰も殺しておらんかもしれん。じゃが、エレノアを殺したのはお前たちじゃとワシは思っとるよ」
「……」

 思い通りにならなければ捨てる。
 それは生き物として最低の行為だとディランはダニー達へ伝えていた。家族とは血のつながりだけでなく、認めて迎え入れることで一員となるのだと。

「……くそ、とっとと帰れ胸糞悪い! ……ぐあ!?」
「ち、父上……!?」
「はっはっは、まだまだ元気なようじゃ。お主も嫁と子を手に入れる時が来たらよく考えるのじゃ。では帰るとするか」
「う、ぬう……」

 ダニーは立ち上がってディランの肩を殴るとあまりの硬さに転がりまわっていた。
 ディランが笑いながらその場を後にし、キーラが呻いていた。


 そして――
  
『……』
『……』
「な、なんだ……ソルとエレノア、か……?」
「あ、兄貴……」

 ――彼等の前に土偶と埴輪がいつの間にか来ていた。ダニー達が怯えていると、二人はぺこりとお辞儀をした。

「あ……」

 そのまま踵を返すと、リヒトとライルのところへ戻っていく。そこでようやくダニーは『息子とその妻』に別れを告げられたのだと気づいた。

「……すまなかった」
「父上……兄貴、ごめん……」

 最後の最後で、二人は心からの謝罪を口にした。
 しかし、彼等の下へ忘れ形見が……血のつながった家族が帰ってくることはもう無いのであった――
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