老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第298話 人、訝しむ

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「これでどうだ……!!」
「グェァァァ!!」
「こっちもいくぞ!」

 サラマンダーとの戦いは続いており、お互いダメージが蓄積されていた。
 ウェリスの大剣とバルドのバトルアックス、そしてドワーフ冒険者とシスの魔法は確実にサラマンダーへの攻撃がヒットしていた。
 二本足で立つ大きなトカゲという印象だが、炎のブレスは直撃すれば火傷は必至で、油断できない。
 鋭い爪を持つ足は木々をなぎ倒せるほどの強靭さがあり、数人の防具がひしゃげたりしている。

「ゴガァァァ……!!」
「馬鹿の一つ覚えみたいだぜ! 頼むシス!」
「<アースウォール>」
「うひゃあ!? よ、よし、回り込むぞ!」

 魔法使いのバックアップが一人でもいると戦いやすさが格段に上がる。特にシスはいくつか上級魔法も覚えているため、ウェリス達が三人で戦っていける理由にもなっていた。

「……それにしてもタフだな、こいつ」
「ああ、以前戦った個体よりも明らかに強い。どうする?」
「そうだな……」

 アースウォールの陰でウェリスとバルドが話をする。
 そこでこのまま戦うかもう少し冒険者を引き連れて再討伐をするか検討を始める。

「……よし、一度引き上げるか。ドラゴンのおっさんに報告する方がいいだろう」
「いいのか? 倒そうと思えば倒せるが」
「なーんか嫌な予感がする。原因が分かったならやりようもあるだろ」

 ウェリスはそう呟いた後、うなずき、ドワーフ冒険者達へ声をかけた。

「おーい、撤退するぞ! 一度、ドラゴンのおっさんに報告だ。準備を整えてから再挑戦といこうぜ!」
「む、確かにこのままだと被害が増えるか」
「あえて逃がして巣を見つけておけばいいかもな。下がるぞ」

 ウェリスの言葉にグルザフは理解を示した。そのまますれ違いざまに背中を切り裂くと距離を取った。

「さて、どうでる? ……む?」
「グガ……ガガァァァァ……!」
「なんだ?」

 距離を取って様子をうかがっていると、サラマンダーは急にガクガクと震えだし、咆哮をあげた。
 先ほどまでとは違い、口から大量の涎を流しながらその場で暴れだす。目は赤く染まり、正気ではないというのが明らかに見て取れた。

「こりゃ、まずいな……! おい、速やかに――」
「ウェリス! <アクアシュート>!」

 すぐに逃げろと言おうとしたウェリスにサラマンダーが襲い掛かる。あっという間に距離を詰めたことに驚きながらも、シスはそれを止めるため魔法を放った。

「グガ……!」
「あぶねえ……!? そりゃあああ!」
「ガァァァァ!」
「ふん、威力があがったな……!」

 シスの魔法がヒットし、サラマンダーの腕は空を切った。ウェリスはすかさず身をひるがえして大剣を振り回す。
 爪とかち合い激しい金属音が響き渡るとウェリスは鼻を鳴らす。
 本当に先ほどまでと同じ個体なのか、と。

「おい、グルザフ達は引け! 町から援軍を呼ぶんだ!」
「し、しかし今でも厄介なのに人数を減らすわけにはいかんだろう!」
「くぅ、やるな! 金は貰っているから気にすんな! シス、お前も行け」
「馬鹿言わないでよ。私達はパーティなんだからあんたが残るなら徹底的にやるわよ」
「そういうことだ」
「はっ、気が強いことで! こいつは異常だ、逃がす気もないらしい……ぜ!」
「ギャォォォァ!」
「わ、分かった、すぐに戻るぞ!」

 ウェリス達ヴァンダールストがこの場に残って耐えると口にした。サラマンダーの様子を考えても誰かが報告へ戻らなければならないのは明白だった。

「俺達も残るぜ。グルザフ、お前だけでも戻ってくれ」
「よし……!」

 他のドワーフは手数は多い方がいいだろうと残ることにしたらしい。グルザフはそれならと踵を返す。

 だが、その時――

「大丈夫じゃ。ウェリスじゃったか? こいつを使え」
「なに……!」
「グギャァァァ……!?」

 ――どこからともなく声が聞こえてきた。その瞬間、サラマンダーの眉間に何かが刺さり、絶叫を上げる。

「……」
「む、どうした? 使わんのか?」

 そこで呆然と立ち尽くすウェリス達一行。すぐ後にディランが姿を現した。
 そしてサラマンダーは大きな音を立てて倒れた。

「いや、というか……今の一撃で死んだ」
「ふむ」
「ええー……」

 動かなくなったサラマンダーを見下ろしてウェリスがぽつりとつぶやき、ディランは顎に手を当ててうなずく。ドワーフ冒険者達は呆れた様子で見守っていた。

「あーい?」
「あら、倒しちゃったみたいね?」
「あうー」
「わほぉん」

 そこへトワイト達も登場した。
 ひとまず話を聞こうということでサラマンダーの遺体を囲む。

「まあ、爪の痕と火傷を考えてコイツの仕業で間違いねえと思うぜ」
「そうじゃのう。こいつはまた大きいわい」
「ひとまず事態は収束した、ってことでいいのかねえ……」
「恐らく。まあ、警戒するに越したことはないから、山に入る者には注意が必要じゃな」

 ウェリスの判断にディランが同意する。
 サラマンダーでしかもこの個体ならワニの背中を引き裂くのは容易であろうと思ったからだ。
 それでも警戒を促すべきだと口にする。

「承知した。しかし、なんだったんだこいつ……」
「突然変異種、ってやつだろうか」

 グルザフはホッとしながらも困惑の表情を浮かべていた。それにバルドが腕組みをして答えていた。

「こいつを持って町へ帰るか。疲れたしな」
「あい」
「なんだ坊主、労ってくれんのか?」
「あーい!」

 ウェリスが背伸びをすると、リヒトはでんでん太鼓を鳴らした。
 苦笑しながら指を向けると、元気よく返事をする。

「うふふ、顔は覚えたみたいね」
「ふん、別に嬉しくはねえよ。それにしてもこの爪はなんだよ、一撃はやばいだろ」
「ワシが爪切りをした後の爪じゃ。というかドラゴンを倒すと意気込んでおきながらこの程度もあっさり倒せんとは情けないのう」
「うるせえよ……!? くそ、絶対倒してやる……」

 ウェリスは肩をすくめて爪をディランへと渡していた。
 そのままサラマンダーを持って町へと戻るのだった――

◆ ◇ ◆

「……一撃。力をつけてやった個体があそこまで簡単に絶命するとは」

 ディラン達の様子を頂上付近から見ている者が居た。それは黒い鱗に覆われたドラゴンであった。

「あのおっさんもドラゴンのようだが……まさか、アークドラゴンのディランか……? 追放した後に行方が分からなくなっていたがまさかこんなところに居るとは」

 黒いドラゴンは目を細めて考える。

「……報告は必要か。とりあえず移動しよう――」

 そう呟いた後、人型になってから歩き出す。
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