老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

文字の大きさ
341 / 385

第341話 竜、震え上がる

しおりを挟む
 後に若い竜達は語る。
 あの時の年寄りは本当に怖かった、と

「タダヨシ! 覚悟せいよ!」
「!? ガ、ガァァア!」
「逃すな! こいつめ!」
「ギャッ!?」
「何が若い衆じゃ。子供がおるいい大人が!」
「ぐ、ぐお!?」

 現場は騒然となっていた。
 年寄りは正気を失ったドラゴン達を追い回し、次から次へと拳骨を喰らわしていく。
 正気がある時は舐めてかかっていたが、怒りを露わにした爺さん婆さんに対し、本能が恐怖を感じていた。
 ディランは怒ってはいなかったので、攻撃できていたに過ぎなかったのだ。
 そして比較的小さい子を持つ親は若いとみなされ里に残っていた。
 年寄りからすると皆同じだと容赦なく拳骨である。

「ほら、フウマ追い込んでおくれ!」
「お、おう! アビーおばちゃんってこんな怖いのかよ……」
「尻叩きだ!」
「あぎゃ!? ……ぐふ……」

 フウマに追い込まれた一体が、アビーに尻を叩かれた後、麻痺針を受けてフラフラと地上へ落ちて行った。

「カジマ、カツ、お主らは石を木の棒で打ってウチの窓ガラスを割っていた頃から変わっておらんのう!」
「ああああああ!?」
「ギャぁぁぁぁぁあ!?」
「あれは痛いな……」

 別の場所では悪ガキ認定されていたドラゴンが雷を受けて目を回す。
 正気のあるハンゾウや他のドラゴンが息を呑む。

「馬鹿な……!? 逃げるな! 何故言うことを聞かん!」
「生き物には本能というものがある。ワシらは恐怖で支配などしておらぬが、悪いことをしたら叱られるというのは昔からやってきた。だから無意識下で震えておるのじゃろう」
「そんな、ことで……!?」
「黒竜族よ、ワシはお前たちのことを良く知っておる。それがゆえに、この状況が理解できんこともな」
「くっ……!」
「まだまだじゃて」

 年寄りVS若い衆の戦いを見てレガルザが困惑を見せていた。
 黒竜たちの前に立ちはだかり、拳を振るディランとサルエイスは頷きながら里の仕組みを口にしていた。

「お父さんにはよく叱られてたよ、わたしも。リヒト君達はそんなことなさそうだけどねー」
「あーい♪」
「子供のころはそういうこともあるからね。僕だって叱られた。もう少し大きくなったらライル君達もいたずらとかするかもね。で、よく分からないけど、黒竜たちは自由だからこそ、という感じなのかな?」
「あうー」

 ディランの背に乗っているユリとアトレオンがディランの言葉に理解を示した。
 特にアトレオンは『自由がゆえに、誰からも叱られたことがないのでは』との意見を示す。

「まあ、アトレオン殿の考えが概ね正解じゃな。こやつらは自由に生きる。それこそ、自分たち以外の種族に迷惑がかかっても気にしないほどにな」
「……それで我らはうまくいくのだから問題あるまい」
「うーわ、自分たちさえよければって最低ねえ」
「うるさいぞ人間が!」
「あーい!」
「あーう!」
「おのれ……!」

 レガルザは他の種族などどうでもいいと口にし、ユリがため息をついて最低だと糾弾した。怒るレガルザに双子が口を尖らせる。

「だからお前たちは忌み嫌われるのだ」
「ジジイぃぃぃぃ! うお……がはっ!?」
「そのジジイに手も足もでないお前たちはやはり未熟じゃてな」

 サルエイスが黒竜の一体を両腕についている鞭のようなもので巻き付けていた。
 そのまま自分の下へ引き寄せてから顔面をひき裂く。
 顔面を血だらけにした黒竜を尻尾で叩き、地面へと落下していった。

「これほどの力を……!?」
「年寄りは確かに能力が下がっていくものじゃ。それは人間などと変わらん。じゃがな、蓄積されるものもある。それが経験と魔力、そして純粋な力じゃ」
「はや――」

 続けてサルエイスはもう一体を相手取る。ディランは周りを彼に任せてレガルザへ攻撃を続けた。

「ほれ、どうした。ワシを倒すんじゃなかったのか?」
「おのれ……! アシッドクロウだ!」
「ふむ」
「え」

 軽く殴っているがレガルザにとってはかなり重い一撃。
 勝負を決めるのは簡単だが、黒竜たちが負けを認めるような勝ち方でないとこの因縁は続くだろうとディランは考えた。
 だから相手を煽り攻めさせた。先ほどの会話でレガルザが短気であることは解っていたからだ。
 そのレガルザが激昂し、昨日のお礼だと必殺の爪を繰り出した。酸を生み出す爪から瘴気を焚いているのかとディランが判断した。
 その瞬間、あえて腕で爪を受けた。呆けるレガルザが間抜けな声を出した。

「ば、馬鹿か……!? この爪はなんでも腐食させる。それをわざわざ受けるなどと……!?」
「ディランさん……!」
「あー!? とーちゃ!」
「あうー!」
「なんじゃ、ワシを殺すつもりではなかったのか? 攻撃した相手のことなど気にしてはいかんもんじゃ」

 シュウシュウと煙を上げ、嫌な臭いが鼻をつく。ユリと双子たちが声を上げるが、当のディランは涼しい顔で相手に問う。

「確かにそうだ……! このまま腕を溶かしてやる!」
「ドラゴンは再生力が強い。お前も例外ではないな?」
「なにを……その通りだ! だからどうした! ハハハ! 肉に酸が達するぞ――」
「ふん!」

 ディランがレガルザへ再生能力を尋ねると、笑いながらそうだと答えた。
 次の瞬間、ディランが力を入れると彼の自慢の爪は指の根元から折れた。

「あ? ……あ、あああああああああ!?」
「物騒ですし、もう片方の爪も折っては?」
「そうじゃな」
「ひっ!? や、やめ――」

 爪が無くなり、血を噴出させているレガルザにトワイトが冷静な口調で告げる。
 ディランは頷きレガルザの左腕を掴む。

「止めろ!? こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」
「さあのう。もしかしたら人間に逆恨みするかもしれんとは思う。が、お主がここで死ねばそれもできまい」
「……!?」
「レ、レガルザを助けろ!」
「なにを恐れる。お主達が人間や里の者を盾にした時点で、と考えが及ぶじゃろう」

 恨みは残る。
 だが、死ねばそれもなくなるだろうとディランが笑いながら答えた。
 周りに居た黒竜がハッとしてレガルザを助けるためにディランへ襲い掛かって来た。

「あーい!」
「わほぉん!」
「大丈夫よ」
「その通り」

 ディランは黒竜たちを片腕でいなし、拳骨をお見舞いしていく。
 一撃で意識を失った彼らは真っ逆さまに地上へと落ちて行った。

「あ、ああう……」
「では、死ぬか?」

 すでに戦意を失っているレガルザの前に来て告げる。頷けば死ぬ。だが、プライドもある。どうするかと痛みで回らない頭を使って考えていた。

「……そこまでだ。あんたの相手は俺だ」
「出て来たか、ルーガス」

 そこへ赤と黒に染まった翼をはためかせたドラゴンがやってきた。
しおりを挟む
感想 688

あなたにおすすめの小説

忘れるにも程がある

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。 本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。 ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。 そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。 えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。 でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。 小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。 筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

乙女ゲームのヒロインが純潔を重んじる聖女とか終わってません?

ララ
恋愛
私は侯爵令嬢のフレイヤ。 前世の記憶を持っている。 その記憶によるとどうやら私の生きるこの世界は乙女ゲームの世界らしい。 乙女ゲームのヒロインは聖女でさまざまな困難を乗り越えながら攻略対象と絆を深め愛し合っていくらしい。 最後には大勢から祝福を受けて結婚するハッピーエンドが待っている。 子宝にも恵まれて平民出身のヒロインが王子と身分差の恋に落ち、その恋がみのるシンデレラストーリーだ。 そして私はそんな2人を邪魔する悪役令嬢。 途中でヒロインに嫉妬に狂い危害を加えようとした罪により断罪される。 今日は断罪の日。 けれど私はヒロインに危害を加えようとしたことなんてない。 それなのに断罪は始まった。 まあそれは別にいいとして‥‥。 現実を見ましょう? 聖女たる資格は純潔無垢。 つまり恋愛はもちろん結婚なんてできないのよ? むしろそんなことしたら資格は失われる。 ただの容姿のいい平民になるのよ? 誰も気づいていないみたいだけど‥‥。 うん、よく考えたらこの乙女ゲームの設定終わってません??

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

【完結】婚約破棄され国外追放された姫は隣国で最強冒険者になる

まゆら
ファンタジー
完結しておりますが、時々閑話を更新しております!  続編も宜しくお願い致します! 聖女のアルバイトしながら花嫁修行しています!未来の夫は和菓子職人です! 婚約者である王太子から真実の愛で結ばれた女性がいるからと、いきなり婚約破棄されたミレディア。 王宮で毎日大変な王妃教育を受けている間に婚約者である王太子は魔法学園で出逢った伯爵令嬢マナが真実の愛のお相手だとか。 彼女と婚約する為に私に事実無根の罪を着せて婚約破棄し、ついでに目障りだから国外追放にすると言い渡してきた。 有り難うございます! 前からチャラチャラしていけすかない男だと思ってたからちょうど良かった! お父様と神王から頼まれて仕方無く婚約者になっていたのに‥ ふざけてますか? 私と婚約破棄したら貴方は王太子じゃなくなりますけどね? いいんですね? 勿論、ざまぁさせてもらいますから! ご機嫌よう! ◇◇◇◇◇ 転生もふもふのヒロインの両親の出逢いは実は‥ 国外追放ざまぁから始まっていた! アーライ神国の現アーライ神が神王になるきっかけを作ったのは‥ 実は、女神ミレディアだったというお話です。 ミレディアが家出して冒険者となり、隣国ジュビアで転生者である和菓子職人デイブと出逢い、恋に落ち‥ 結婚するまでの道程はどんな道程だったのか? 今語られるミレディアの可愛らしい? 侯爵令嬢時代は、女神ミレディアファン必読の価値有り? ◈◈この作品に出てくるラハルト王子は後のアーライ神になります!  追放された聖女は隣国で…にも登場しておりますのでそちらも合わせてどうぞ! 新しいミディの使い魔は白もふフェンリル様! 転生もふもふとようやくリンクしてきました! 番外編には、ミレディアのいとこであるミルティーヌがメインで登場。 家出してきたミルティーヌの真意は? デイブとミレディアの新婚生活は?

出戻り娘と乗っ取り娘

瑞多美音
恋愛
望まれて嫁いだはずが……  「お前は誰だっ!とっとと出て行け!」 追い返され、家にUターンすると見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。  

【完結】名無しの物語

ジュレヌク
恋愛
『やはり、こちらを貰おう』 父が借金の方に娘を売る。 地味で無表情な姉は、21歳 美人で華やかな異母妹は、16歳。     45歳の男は、姉ではなく妹を選んだ。 侯爵家令嬢として生まれた姉は、家族を捨てる計画を立てていた。 甘い汁を吸い付くし、次の宿主を求め、異母妹と義母は、姉の婚約者を奪った。 男は、すべてを知った上で、妹を選んだ。 登場人物に、名前はない。 それでも、彼らは、物語を奏でる。

試験の多い魔導王国王家

章槻雅希
ファンタジー
法律の多いことで有名なカヌーン魔導王国。 だが、実は王族に対しての試験が多いことは知られていない。 カヌーン王家に属する者は王も王妃も側室も王子も王女も定期的に試験を受けるのである。試練ではない。試験だ。ペーパーテストだ。 そして、その結果によっては追試や廃嫡、毒杯を賜ることもある。 そんな苛酷な結果を伴う試験を続けた結果、カヌーン王家は優秀で有能で一定以上の人格を保持した国王と王妃によって統治されているのである。 ネタは熱いうちに打てとばかりに勢いで書いたため、文章拙く、色々可笑しいところがあるかもしれません。そのうち書き直す可能性も大(そのまま放置する可能性はもっと大きい)。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿、自サイトにも掲載。

処理中です...