老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第42話 竜、狩りに付き合う

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「雨が止んだようじゃな。む、婆さん?」
「すー……」
「すぴー」
「ぴよー……」

 お茶を飲みながら外の景色を眺めていたディランが一人呟く。しかし、トワイトとリヒトから返事が無かった。
 そちらを見ると、二人とも狼やひよこに囲まれて寝入っていた。ひよこのレイタは起きているようで静かにといった感じに小声でぴよぴよしている。

「ふむ、ではワシだけ行ってくるか。その前に、リヒトはベッドじゃな」
「ぴよ」
「ぴー……」

 ディランはリヒトをそっとトワイトから取り上げてベッドに移す。この前のようになっては困るため、ひよこ達も枕元に寝かせてやる。
 一羽だけ起きているレイタは暇そうにソオンのお尻を軽くつついていた。そのソオンは寝たまま唸り声を上げる。夢見が悪いのかもしれない。

 そんな調子で後は残ったトワイトへ毛布をかけると。ディランは首を鳴らして玄関に手をかける。すると、足元にいたルミナスとヤクトが立ち上がった。

「わん」
「うぉふ」
「行くか? ちょっと肉を取りに行こうと思ってな」
「わん♪」

 狩りの時間ということでルミナスとヤクトはやる気のようだ。しかしそこで二頭しかいないことに気付く。

「ダルは行かんのか?」
「……」

 ディランが視線を動かすと、トワイトの足の下にだらんと寝そべっているダルが居た。動く気が無さそうな彼を見て、ルミナスとヤクトが近づいていく。

「わん」
「うぉふ」
「わほぉおん……」

 前足をそれぞれが咥え、ダルはモップのようにずるずると引きずられて玄関まで連れていかれた。
 悲痛な叫びを上げると、二頭から背中を肉球でぺしぺしと叩かれる。
 観念したダルは立ち上がり、うんと背伸びをしてからディランの開けた玄関から外へ出た。

「では行くか」
「わん!」

 トワイトも寝ているので、鍵をしっかりかけてから自宅を後にする。トワイトが昼寝をするのはそれほど珍しくない。
 基本的な育児をしてくれているためというのもあるが、リヒトはあくまでも人間のため結構気を使う。そのため気疲れをしているのだ。

「婆さんにはしっかり食べてもらわねば。キノコと山菜、それとヒュージタスクあたりを狩れるといいのじゃが」
「うぉふ」

 直前まで雨が降っていたため、ぬかるんだ山をゆっくりを登っていく。ヤクトが地面の匂いを嗅ぎながら前を歩く。

「そういえばお主達の狩りを見るのは初めてじゃな。どうするのか見せてもらおうかのう」
「わんわん」

 ディランの問いに、ルミナスは自信たっぷりに吠えた。見せてあげますと言ったところだろう。
 ダルだけはディランの横でゆっくりと歩いている。やる気は感じられないが視線は前を見ていた。

「わほぉん」
「む? おお、マイタケか。これは煮込むと美味いな」

 移動しながらたまに草を食べるウルフ達。いつもトワイトが作ったものか、自分達で獲って来たものを食べるため、悪いものは食べていない。どうやら食感を楽しんでいる感じだ。
 そんな中、ダルはディランにキノコの場所などを教えていたりする。
 のんびりとあくびをし、ディランが採集を終えるとまた並んで歩き出す。

「洗濯物は無いし、山頂まで行かんでもいいか。このまま魔物に会わなかったら干し肉でええか」
「うぉふ」
「まあ、お主達のもあるぞ。お腹いっぱい食べるなら獲物を見つけねばな」
「わん!」

 とはいえ、アッシュウルフ達にディランという組み合わせは通常の魔物では太刀打ちできない。なのでバッタリ遭遇するか、ウルフ達の鼻が頼りになる。
 そんなこんなで家を出てからだいたい二時間ほどが経過し、籠には数日食べられるだけの草やキノコがたまって来た。
 
「今日は遭遇せんのう」
「……! うぉふ!」

 ディランが周囲を見渡しながらそう口にしたところでヤクトが耳をぴくりと動かして顔を上げた。すぐにルミナスと一緒に駆けだしていった。

「見つけたか」
「わほぉん」

 ディランが早足になり、ダルもディランの前に出て二頭を追いかけていく。
 斜面から顔を覗かせると、巨大なイノシシ型の魔物、ヒュージタスクの足止めをしていた。

「わんわん……!!」
「うぉふ!」

 急に現れた敵にヒュージタスクは鼻息を荒くして足で地面をひっかく動作である前掻きをしていた。
 しばらく吠えていたが、いつ突進をしてきてもおかしくない状況だと察知し、先制したのはヤクトだった。

「アオーン……!!」
「正面から行くのか? いや……!」

 ヤクトが身をかがめて正面から突っ込んで行った。ディランは無謀だと片眉を上げた。その瞬間ヒュージタスクも駆け出そうとした。
 だが、ヒュージタスクが一歩を踏み出す前にスタッと斜め前に移動するヤクト。
 不意に姿が消え、ヒュージタスクがヤクトの動きを追ったが、その隙にルミナスが死角から首に噛みついた。

「ガウゥゥ……」

 予期せぬ痛みにヒュージタスクが走りながら一瞬ビクンと身体を揺らす。しかし立ち止まらずにルミナスを木にぶつけようと突撃をする。
 そこへ疾走するヤクトが並び、背中に飛び掛かった。

「ヤクトも中々速いわい。しかしその体格差では背中に乗って噛みついただけではトドメは刺せん。どうする?」

 ディランは冷静にアッシュウルフ達の戦いを見ていた。二頭では、いや三頭揃っていても簡単には倒すのが難しい。
 ドラゴンが最強種足り得るのはその大きさで、でかいというだけでメリットがある。
 アッシュウルフ達とヒュージタスクの差は二頭重ねたくらいあり、肉厚だ。
 爪と牙だけで倒すなら動き回る相手には美味しくない。

「ワシなら向かってきたところを一撃じゃがのう。む? ダル?」

 そういえばと足元であくびをしていたダルに目を向けるといつの間にか姿を消していた。どこに行ったのかと視線を動かすと、眠そうにあくびをしていたとは思えない速さでヒュージタスクへ接近していく。

「む……! ダルめ、やりおるわ!」

 思わず拳を握るディラン。
 あっという間に追いついたダルはヒュージタスクを追い抜き、前を横切って注意を逸らした。
 そのままダルは近くの木に駆けあがり、上空から弱点である鼻に食らいついた。
 ゴキリと骨が砕ける音が聞こえ、ヒュージタスクは身体を大きく仰け反らせて転倒する。

「見事じゃ」
「わおぉぉん!」
「うぉふ!!」

 先に食らいついてた二頭もすぐに離れて倒れたヒュージタスクの急所を噛みつきとどめを刺した。
 動かなくなったヒュージタスクに近づくと、三頭はお座りをしてディランを迎えた。

「そうやって生きて来たのじゃなお主達は。なかなかいい狩りを見せてもらった。今日は奮発して肉のいいところを焼いてやろう」
「わん♪」
「うぉふ♪」
「わほぉん……」

 尻尾を大きく振るルミナスとヤクトに対し、ダルは疲れたのか頭を大きく垂らした。そんな三頭を笑顔で撫でてからディランはヒュージタスクを担いだ。

「お主はやる気が無さそうに見えて出来るんじゃな。いつもああしておればいいのに」
「わほぉん……」

 それは嫌だと情けない声を上げててくてくと歩く。

「わん」
「うぉふ」
「わふぉ……」

 他の二頭からも抗議の声を上げられ尻尾も垂らした。
 まあこういう関係の兄妹なのだろうとディランが思ったその時、ダルの尻尾が再び立った。

「わほぉ!」
「どうしたのじゃダル?」

 ダルは鼻を鳴らしながらサッと移動し、急に穴を掘り始めた。訝しんだディランがお座りをしている二頭と待っていると――

「わほぉん!」
「おお、山芋ではないか。お主、これを掘っておったのか。わかるのかのう」
「わほぉん♪」

 どうもそうらしく、好物でもあるようだ。

「確か犬に皮を食わせると良くないと聞いたことがあるが、狼はどうなんじゃろうなあ。まあ、婆さんに処理してもらえばいいか。ご馳走じゃな」
「わほぉん」

 目に見えて元気になったダルは意気揚々と前を歩き出し、その後をルミナスとヤクトが着いていく。
 これはトワイトが喜んでくれるだろうとアッシュウルフ達は考えていたのだが家に到着すると――

「まあ! あなたたち泥だらけじゃないですか! そんな格好で家に入ってはいけません!」
「「「わふ……」」」

 雨上がりに暴れまわったので泥だらけになり、トワイトに怒られていた。

「まあまあ、頑張ったのじゃから勘弁してやれ。ワシが洗ってくるからこいつを頼むぞ」
「あら、立派なヒュージタスクに……山芋も?」
「ダルの好物らしいわい。皮を剥いて食わせてやってくれ」
「そうなのね♪ それじゃキレイになったら食事にしましょうか」
「「「わふ♪」」」
「あーい♪」

 その後、アッシュウルフ達は美味しいモモの肉と山芋の千切りを食べてご満悦だった。
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