老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第43話 竜、王都で調査をする

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「しっかし見つからないわねえ……」

 いくつかの国を経由したトーニャは雲の隙間から顔を覗かせて地上を見ていた。
 低空飛行をしていた彼女だが、どこかの地域で騒ぎになったので慎重に動くことにしたのだ。

「別に隠れる必要もないし、戦いになって負けることは無いんだけど、こっちから攻撃したのがパパにバレると怒られるのよね……」

 眼下に見える草原や山に下りて探したりもしたが、キリマール山には到達していない。
 ディランが最初に「王都が見える山」として住むことにしていたわけだが、娘のトーニャは父がそんなに人間の近いところには住まないだろうという思いがあったのだ。キリマール山には村も近いのでなおさらであった。

「ふむ、こうなったら聞いた方が早いかもね。パパって大きいし誰か人間が見てるかもだし。どこかの町に行ってみようかな。久しぶりだけど」

 彼女はよく人間の姿で町へ行くことがある。お金はないが、華やかな街並みを歩くのが好きだったりする。
 そう決めたトーニャは適当な、できれば村ではなく町を探すため飛行する。

「お、いいところがあるわね。お城だっけ? なんか偉い人間が居るっておうちよね確か。人間も多そうだしあそこにしようっと♪」

 トーニャが目をつけた町はモルゲンロートの居るクリニヒト王国の王都だった。
 彼女は夜を待ち、月明かりしかない暗い草原に降り立った。

「さて、と。これでよし! 行くとしましょうか」

 鼻歌交じりに暗闇の草原をトーニャが歩いて行く。もちろん、人間の姿をしているので、必然的に魔物が寄ってくる。

「……ブシャァ……」
「ゴルル……」
「あら」

 トーニャの前に現れたそれは草原に巣くう掃除屋、デッドハイエナだった。ブチ模様をし、通常のハイエナより一回り以上大きい。
 それが七頭、トーニャを囲もうとジリジリと近づいていた。

「まあ、この姿だし夜だと狙われるか」

 ディランとトワイトもそうだが人間の姿になった際に強者の気配が自動的に消える。その姿に合わせたものになるらしい。
 そのためディランのいるキリマール山の魔物が逃げ出したりしないのである。

「今は遊んでいる暇は無いんだけどなあ」
「グルル……」

 ハイエナは腐肉を好むため、実は顎と歯はかなり強い。人間がこの魔物に噛まれたらあっという間に太もものような箇所でも食いちぎられてしまう。
 さらに賢く、この場も冒険者といった装備をしている人間が複数いた場合は姿を現すことはない。人間を襲うリスクが分かっているのだ。
 しかし今、トーニャは装備もなく白いワンピースにフレアスカートという、見る人がいれば「おかしい」というであろう姿だ。
 デッドハイエナは狩れると判断したのである。

「ちょっと面倒だからあっち行っててもらえるかしら?」

 トーニャは歩きながらハイエナへ視線だけ向けて不敵に笑う。
 いつ襲い掛かるか測っているハイエナだったが、次の瞬間それが間違いだったと気づくことになった。
 
「ふふ、これでもやるっていうの?」
「……!? ギャワン……!」
「ひゅーん……」

 赤い瞳が鋭く輝き、周囲をドラゴンの強烈な威圧が覆った。
 そして、ザァ……と草が音を立てるほどの勢いで生物が移動する。ここに居れば死ぬ、という本能がそうさせたのだ。

「死にたくなければそこから動かないことね♪ あ、逃げるのは構わないわよ」

 トーニャが前に立ちはだかっていたハイエナの間を通り抜け、振り返らずに片手を上げてそう告げた。
 食べ物に困って居なければ無駄に殺さない、という両親の教えがあるため戦いはなるべく避けるようにしていた。
 もちろんハイエナはその場から動くことはできず見送るだけであった。この時ばかりは賢いということが命を守ることになった。

 だが――

「シヤァアア」
「おっと、ヒュージスパイダーね。こいつらはそういう感覚が無いから仕方ないか」

 ――トーニャへ成人男性くらいの大きさを誇るヒュージスパイダーが襲い掛かって来た。昆虫型の魔物は気配というものには鈍感で、食欲が勝っている場合はどんなものにも襲い掛かる。
 吐いてきた糸をサッと回避し、トーニャは右手の指をゴキリと鳴らす。

「そういえばこいつって高く売れたっけ? 糸が使えるとかで。折角だし、宿代になってもらおうかしら!」
「ブジュ……」

 トーニャはヒュージスパイダーへ正面から突撃し拳を突き出す。顔に当たる部分にヒットし、鈍い音を立てて潰れた。緑に光っていた目がフッと暗くなる。

「よっと。軽いわねえ」
「……」
「……」

 ヒュージスパイダーを担いでそのまま歩き出す。
 腐肉を好むハイエナたちだが、あんぐりと口を開けたまま彼女を見送るしかできなかった。
 
「ちょっと遠くに降りすぎたかしらね。すみませーん! 町に入りたいんですけど」
「こんな夜中に女の子の声……!? うお!?」
「ま、魔物が喋った!?」
「あ、違う違う、こっちよ」

 門に到着したトーニャが声をかけると、門の横にある宿舎の覗き窓から顔を出した門番が驚愕の声を上げていた。
 そこから見えるのはヒュージスパイダーだけだからだ。トーニャはすぐにヒュージスパイダーを地面に置いて門番と顔を合わせた。

「冒険者、か……?」
「違うわ。旅をしているんだけど、たまたま遭遇しちゃってさ、倒して来たの。ギルドで売って路銀にするわ!」
「お、おお……」
「マジかよ……」

 完全に息絶えているので町へ入るのは問題ない。が、門番達はこの女の子がどうやって倒したのかと訝しんでいた。

「えっと、お嬢さんは魔法使いとか?」
「え? うん、使えるけど」
「な、なるほどな。よし、通っていいぞ」
「ありがと♪ ギルドはどこかしら?」
「通りを真っすぐ行くとでかい建物が右にある。そこだ」

 お礼を言いながらトーニャは門をくぐり抜けて町の中へと入っていく。まあ、意思疎通の出来る人間なので問題ないとの判断だ。

「……いや、良く見たらヒュージスパイダーを担いでいるぞあの子!?」
「やっぱおかしい、のか?」
「まあ大丈夫だろう……なんかあったら出られるようにだけしとくか……」

 門番達はそう言いながら念のため他の兵士たちにトーニャの存在を報せるために伝令を送った。

「真っすぐでいいって言っていたわよね。……あれかしら」

 昼間だったらちょっとしたパニックになっていたかもしれない。そんなヒュージスパイダーを担いでいる彼女はギルドに到着した。

「こんばんはー……って、全然人が居ないわね」

 深夜2時を回っているので朝の早い冒険者は早々に寝ているか、酒場へ繰り出しているためギルドには人が居なかった。
 それでもトーニャのように夜の依頼をこなす者もいるため交代でギルドは二十四時間運営していたりする。

「いらっしゃい。こんな夜更けにどんな用……うへ!?」
「あ、人が居た! これ、買い取って欲しいんだけど」
「ヒュ、ヒュージスパイダ―……しかも損傷が少ない……これは凄い」
「あ、でしょ? 全部潰しちゃうと糸の価値が無くなるもんね」
「ええ」

 一人受付でのんびり本を読んでいた職員がヒュージスパイダーを見て驚愕し、目を覚ましていた。
 しかし恐怖よりもキレイな形で残っているのが素晴らしいと感嘆していた。

「えっと、これが買い取り台帳なんですが、読めますか?」
「もちろん。へえ、結構細かく金額を分けているのね」
「陛下の指示でしてね。状態が良ければ色々と活用できるのと、部位だけ貴重なんてパターンもありますから。ヒュージスパイダーでこの大きさなら、金貨十二枚ですね」
「やった♪ いいお布団で寝られそう」

 トーニャが指を鳴らして喜んでいると、職員も笑顔で頷いていた。すぐに金貨を用意して差し出すとトーニャはスカートのポケットに入れた。

「お財布は持っていないのかい?」
「ええ。カバンはあるけど直接突っ込んでいてもいいかなって。それじゃ、宿に行くわ」
「ごゆっくり。さて、こいつを運ばないと――」

 トーニャが踵を返してギルドの出口へ向かうと、職員は奥から人を呼んでいた。
 外に出て宿を見つけてから部屋に着いたところで彼女はハッとなる。

「あ! さっきの人間にドラゴンのことを聞けば良かった。ま、いいか。明日ギルドに行ってもう一回聞こうっと――」

 そういって布団に入るとすぐに寝息を立て始めた。両親と違って人間の町に慣れている彼女は聞き込みをするためゆっくりと休んだ。
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