老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第56話 竜、忘れていたことを告げられる

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「あーい♪」
「おはようリヒト♪」

 翌日、トワイトが起きてリヒトのベッドを覗き込むと、寝返りをしてトワイトに手を伸ばす。
 彼女はその手を握ってから抱っこしてあげた。

「うー?」

 抱きかかえられるとリヒトは首を動かしてなにかを探す。いつも来ているひよこ達が居ないからだ。

「トコト達かしら? あの子達はガルフさんと一緒だから行きましょうか」
「あー」

 ディランさんの姿はないので恐らくもう宿の方へ行ったのだろうと推測し、自宅を出る。
 すぐ裏にあるため散歩にもならないけどとリヒトに構いつつ自宅を出ると、ディランが畑の作物を持って行くのを発見した。

「あなた、おはようございます」
「お、目が覚めたか。リヒトもおはようさんじゃ」
「あー♪」
「今は汚れておるからダメじゃ」
「うー」

 ディランに手を伸ばすが土に汚れているので離れると、リヒトは不満げにする。
 そのまま宿へ向かうと、騎士達が桶に汲んできた水で顔を洗っていた。

「ああ、おはようございます。ディランさん。昨晩はお世話になりました」
「おはよう。よく眠れたかのう。さすがにこの人数は想定しておらんかったからベッドが足りなかったじゃろ」
「はは、布団もベッドもない野営訓練などありますからね。屋根があるだけで十分ですよ。テントも持っていたので川辺に建てて寝泊まりしました」
「あら、本当。釣りをしてる人もいますね」
「割と平民出身の騎士もいるんですよ」
「そちらはモルゲンロート様が実力とやる気で選んでいるところもあるらしいな」

 山の中はお手の物だとクリニヒト王国の騎士が笑い、ロイヤード国の騎士は踏襲する者が多いので実力が追いついていない者もいると口を尖らせていた。
 そんな話を聞いていると宿からペット達が飛び出してきた。

「こけー」
「ぴよー」
「うぉふ!」
「わんっ!」
「ああい♪」

 あっという間にトワイトが取り囲まれてリヒトが大喜び。そして少し遅れてダルがてくてくと歩いてくる。

「わほぉん」
「あー♪」
「マイペースじゃのう」
「ほら、ヤクトとルミナスに叩かれてる」

 遅れるとはなにごとかと二頭に耳の後ろを叩かれていた。それを真似してひよこ達もジャンプして髭をびよんとさせる。
 するとダルは寝そべり、しおしおと尻尾と耳を垂れ下げてしまう。
 そこでトワイトがしゃがみ、リヒトがダルの頭を撫でた。

「あい!」
「わほぉん……!」
「ダル、これでも早く動いた方なのよね」
「優しいわね、リヒト君。あ、昨日はありがとうございました!」
「ういー……効くなあ、あの酒……ディランのおっちゃんおはようー……」
「うぉふ」
「お、なんだよヤクト。悪かったって」

 ダルに着いて来たユリとレイカ、そして二日酔いっぽいガルフが姿を現す。
 枕抱き枕にされていたヤクトがぺしぺしとガルフの足を叩いて抗議していた。
 それはともかくと、ディランが場に居る人間へ声をかける。

「朝飯を作るが、外で食う形でええかの?」
「ふあ……ああ、朝飯もくれるのか? どんなのが出るか楽しみだ」
「……! まさか、米と卵焼き、漬物か?」

 朝食を作るとディランが口にすると、ギリアムは素直に楽しみにしていると言い、モルゲンロートは驚愕の表情を見せた。

「ええ、簡単なもので申し訳ないですけど」
「漬物と米があれば私はそれで十分だと思います」
「バーリオ殿が全盛期の眼をしているぞ……!?」

 ちょっといいものが出せないと照れるトワイトに前回、米と漬物に魅了されたバーリオが豪華な朝食だとハッキリ言う。
 騎士達はそれを見て若い頃の彼を見ているようだと目を見開いていた。

「魚が釣れたら焼くぞい」
「ああ、いいな。先日は焼き魚も美味かったな」
「「陛下、我々が……!!」」

 クリニヒト王国の騎士が魚を獲ってモルゲンロートに献上するため川へ向かっていく。そこでギリアムがニヤリと笑ってから自分のところの騎士へ告げる。

「おお、いいな! こっちも頼むぞ」
「承知しました!」
「クリニヒト王国より多く取れたら褒美を出すぜ」
「止めないかギリアム……」

 しかし、それはそれで面白いと騎士達は笑みを浮かべてお互いの実力を見せるべく、装備を外して竿を作るべく近くの森へ行く。

「糸、糸はあるかー!」
「救急セットに入ってたろ!」
「ドラゴン印の焼き魚、美味いんだよな~」
「マジかよ、そりゃギリアム様に食べてもらわないと」

 わいわいと釣り大会が始まり、朝の静かな空気が一気に変わる。
 制限時間は米が炊けるまでだとディランが笑い、野菜スープを作り出す。
 ユリがリヒトの面倒を見ることにし、レイカとヒューシ、ガルフが夫婦の手伝いを進めていき、しばらくしてから大量の米が炊きあがった。

「引き分け……!?」
「やるな……!」
「はっはっは! 面白かったぜ! まあみんなで食おうや」

 釣り合戦はまさかの引き分けだった。
 しかしギリアムは笑いながら分けてみんなで食えばいいと労っていた。
 ひとまず米と漬物だけで食事をし、魚は焼け次第配ることにし、ディランが焼き始める。

「うお、なんだこの野菜!? それにコメだと!?」
「ふふん、どうだギリアム? この卵焼きも食べてみるといい」
「なんだと……? これは……! 普通の卵焼きよりも味わいが深い……」
「こっちは甘いやつだ」
「マジだ……」

 一度食べたことのあるモルゲンロートが珍しくドヤ顔でギリアムに食事を勧めておた。もちろん、ギリアムは例にもれずシンプルな漬物と卵焼きに感動をしていた。

「コメもうめえな……」
「まだあるからどんどん食べるのじゃ」
「野菜スープもありますよー♪」
「味噌汁、飲んでみたいよなあ」
「ザミールさん、早く見つけてくれないかな」
「お味噌? ああ、東の国に行かないと無いもんね。買いに行く? 乗せるわよ」
「止めなさいって!?」
「ぶふっ!?」

 ガルフ達も慣れたものだった。
 味噌汁の存在を口にし、トーニャが反応する。あっさりと乗せていくと言いユリが頭を叩いていた。

「そうですよ。ただでさえ、 姿を見られてこういう事態になったんですから自重しないと」
「はーい。でも、パパとママもニワトリやひよこ、アッシュウルフ達を眷属にしているしはっちゃっけてるじゃない。名前つけたのパパとママでしょ」
「そうじゃな……そういえばそういう力があったのう」

 ドラゴン姿でウロウロするものじゃないとトワイトに諫められてトーニャは素直に返事をする。
 しかし、反撃とばかりにペット達のことを口にした。ドラゴンである夫婦が野良の魔物に名前を付けると眷属となり強い力をもつことがあるとトーニャが語る。

「でもダルってこんなんだよ」
「わほぉん……」

 ユリがダルを持ち上げると、だらんと四肢を投げ出して面倒くさそうに鳴いた。

「まあ、それは性格だから。あと、リヒトに血を与えたりしていないでしょうね?」
「血? 飲ませてたりはしておらんぞ」
「それならいいけど……」
「けがの治療でお父さんの血を使って治したくらいね!」
「ぶふぉ!?」
「トーニャ!?」

 満面の笑みでトワイトがそう言うとトーニャは盛大に野菜スープを噴き出した。
 レイカが背中をさすってやると、彼女は複雑な顔で口を開く。

「……ああー、やっぱりそこはやっちゃったかあ……」
「怪我が早く治るからいいのではなかったか?」
「そりゃそうなんだけど、血を与えると普通の人間じゃなくなるからね? 一滴とか?」
「そんなもんじゃ」
「ならまあ、ちょっと強くなるくらいかしら? 多分、もう殆ど病気はしなくなるし成長したら戦闘力も上がるかも」
「あーう?」
「お姉ちゃんがリヒト、強くなるって。良かったわねー♪」
「ま、まあ、強くなるのはいいことだけどな……」
「あーい♪」

 ドラゴンの血を受けると身体能力が飛躍的に上がるとトーニャが言う。
 トワイトがそれはいいことだと喜び、ガルフが苦笑する。

「食事もそれなりに影響があるんだけどね。こっちは体調が良くなったりするとか少し力や魔力が上がる程度だけど」
「こけー」
「そ、そうなのか……? 確かに体が軽いのと便秘が治った気がするが……」
「そうですよ王様。でも内緒でお願いしますよー」

 モルゲンロートとギリアムは冷や汗を掻きながら顔を見合わせていた。
 そのまま、話を続け、ダル達は他のアッシュウルフ達を圧倒できる強さになるだろうし、ジェニファーやひよこ達は成長が遅くなる代わりに寿命が延びるとのこと。

「あんたは頑張れば飛べるかもしれないわねえ」
「こけ!? こけー♪」
「「「ぴよー♪」」」

 空を飛ぶニワトリになる可能性を示唆され、驚きながらもジェニファーは嬉しそうだった。

「なんていうか、色々あるんだねえ。ダル」
「わほぉん……」
「まあ悪いことに力を使うことも無いだろうし、止めるのも難しいから気にしても仕方が無いさ」
「あ。モルゲンロート様」

 ディランとトワイトが忘れていたことをトーニャに指摘され、特に気にしない夫婦だった。モルゲンロートは悪いことに使わないだろうということもあり、信用すると口にしていた。
 そんな賑やかな朝食が終わり、一行は帰る準備を始める。

「すっかり世話になっちまったな。もしウチの国に来るときは遠慮なく城へ来てくれ」
「機会があればな。ガルフ達の方が行くのではないか?」
「よしてくれよ!? 陛下だけでお腹いっぱいだよ!」
「はっはっは! 話によるとお主達も食事をしてなにか変わっているようだし、なにかあったら頼むかな」
「……依頼ということであれば善処します」

 モルゲンロートの言葉にヒューシが眼鏡の位置を直しながら頷く。

「ではまた会おう!」
「じゃあな! 次はいつになるかわからねえが元気でやってくれ」
「次はまたお土産でも持ってきますよ」

 モルゲンロートとギリアム達は揃って山を下りて行った。
 ギリアムは口外はしないし、しても信じてもらえそうにないと笑っていた。

「俺達はもう少しゆっくりするかな。リヒトのお祝いがしたいし、ちょっと村まで行ってくるよ」

 ガルフ達はお祝いをしたいと残ることにした。
 リヒトが寝返りを出来るようになったため、お祝いをしたいらしい。

「あら、いいのに」
「お世話になってますもん! ダル達を連れて行ってもいいですか?」
「元々、羊毛を買いに行くつもりじゃったからワシも行くぞい。トワイト、家は任せる」
「はい!」
「あたしもいくー! パパとデート――」
「トーニャちゃんはママを手伝ってね♪」
「はぁい……」

 色々とせわしない事態だったが、ドラゴンの一家にとってはちょっと人が多いくらいでいつもの日常だったとさ。
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