老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第132話 竜、商人と交渉する

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「最近はどこへ行っておったのじゃ?」
「陛下に言われて、東の国の商品を私以外の者で流通できるように紹介しにいっていました。今は彼を置いて先に返って来たところですよ」

 ひとまず広場へ移動し、水を飲みながらディランの質問に答えるザミール。販路拡大のめどがついたため戻って来たのだと返していた。

「また長旅でしたねえ」
「あーい!」
「そうなんですよトワイトさん。お、リヒト君も相変わらず元気だなあ」
「あい♪」

 トワイトが苦笑し、リヒトが手を上げて挨拶をする。ザミールは抱っこされて目の高さにいるリヒトの頭を撫でて微笑む。

「おや、靴を履いていますね?」
「そうなんですよ。ハイハイができるようになったと思ったら、もう捉まり立ちと、歩きもできるようになったんです」
「それは凄い」
「あい!」
「ルミナス、おいで」
「わん?」

 そこでトワイトがルミナスを呼んだ。子供たちに囲まれていたが、すぐにてくてくと足元までやってきた。

「はい、リヒト」
「あー♪」
「おお」
「わん!」

 ルミナスの毛を掴んでしっかりと立ったリヒトを見てザミールが驚きの声を上げた。掴まれているルミナスも誇らしげに鳴く。
 さらにそこからルミナスが伏せると、リヒトはほとんど体当たりのような感じで背中に抱き着いた。
 
「あーい」
「おおお……! アッシュウルフに乗るなんて……! よし、お土産をあげよう」
「お土産?」

 感嘆したザミールが水を飲みほしたあと、荷台へと向かった。がさがさとなにかを探し出してから戻ってくる。

「はい、リヒト君のお土産だよ」
「うー?」
「あら、でんでん太鼓ですね! 懐かしいわ」
「ほう、ウチの子達が小さいころ持たせておったわい。百年くらい前に作られたやつじゃな」
「スケールが違う……!? ま、まあ、それはともかく、こうやるんだよ」

 ザミールがリヒトの手にでんでん太鼓を持たせると、手首を振るように示唆していた。するとポンポコポンと小気味よい音が聞こえ始めた。

「あー♪」

 その音が気に入ったようで、ルミナスの背に乗ったリヒトは目を輝かせてポコポコと音を鳴らしだす。

「ぴよー♪」
「こけー♪」
「ぴよぴよぴ♪」

 そこへダル達と子供に囲まれていたジェニファーとひよこ達が駆け寄ってきて、音に合わせてぴよぴよこけこけしながら踊り出す。

「あー楽しそう!」
「僕達も手を叩こうよ!」
「おー!」
「あーい♪」
「うふふ、いいわねえリヒト♪」

 子供たちも集まり広場に軽快な音が鳴り響く。決してうるさい音ではなく、心地の良い妙なハーモニーがあった。

「うんうん、気にいってくれて良かった。おもちゃは新しいのがあると嬉しいはずですからね」
「いつもありがとうございます。あ、お野菜持って行くかしら?」
「ああ、これはどうも。というか、今日も物々交換に?」
「うむ」
 
 ザミールがリヒトのご満悦な顔を見て満足気に頷く。そこへお土産のお礼をとトワイトがナスとトマトを籠から取り出して渡した。
 快く受け取ると彼は今日の目的もそうなのかと口にする。ディランが一言呟くと、ザミールは顎に手を当ててから少し考える。

「ふむ。相変わらずいい品質……少し提案があるのですが」
「ん? なんじゃ?」
「ディランさん、ドラゴンだということが判明しましたよね」
「あら、ザミールさんもご存じなのですね」
「ええ。お触れが回るのが早く、もう二つ先にある北東の町で聞きつけました」

 ザミールはひとまずドラゴンというが知られてしまったことについて言及し、モルゲンロートの配下は仕事が速いと肩を竦めていた。
 そして本題を口にする。

「獲れすぎているのであれば、少し分けて欲しいのです。野菜が採れにくい地域もあるのですが、そこへ持っていけば喜ばれると思った次第」
「ふむふむ」

 ザミールが言うには国境付近や、それこそ船が出る北の方は野菜が良く育たないらしい。
 そこへディラン印の野菜を持っていけば人も助かるしお金にもなるだろうと言う。

「お金にはなるとは思うが、その地域で野菜を育てている者もおるじゃろう? その者と喧嘩にならんか?」
「そこはお任せを。特に少ない野菜、トマトとナス、トウモロコシの内二品ですね」
「こ、こけ!?」
「「「ぴよー!」」」
「うわあ!? どうしたんだい?」

 ザミールが人差し指を立ててドヤ顔で言うと、ジェニファーとひよこ達がザミールの足元に来て大きな声を出した。びっくりする彼にディランがくっくと笑いながら言う。

「フッフ、トウモロコシはこやつらの好物じゃからな。取られると思ったのかもしれん」
「賢い……ま、まあ、一番はトマトがあれば一番いいんですけど……」
「こけ」
「「「ぴよ」」」
「うふふ、それならいいって言っているのかしら?」
「ええー……」

 ジェニファー達は再びリヒトの下へと戻っていった。
 ザミールは困惑しながら見送った。しかしすぐに咳ばらいをして話を続ける。

「トマトは地域によってかなり高いんです。一つ銅貨五枚することもあります」
「相場が分からないが……」
「王都だと高くても銅貨二枚ですね」
「なるほどのう」

 高いのもそうだが、輸送の間に品質があまり良くないもにになるのも気になるとのこと。そこでドラゴンのトマトを出荷してみてはどうかというのだ。

「いくらで売るのじゃ?」
「銅貨三枚。二枚をディランさん達にお渡しし、こちらで一枚いただければと」
「まあまあじゃな……一枚ずつ折半でどうじゃ?」
「え!? ウチの取り分は変わらないので構いませんが……」
「折角ですし、食べてもらいましょう。お金はそれほど必要ありませんし」

 ディランとトワイトは真面目な顔で必要なところへ持っていくなら安くても構わないと告げる。ザミールは驚いていたが、また少し考えた後に言う。

「……お願いしている私が否定するのもおかしいですね。わかりました! では銅貨二枚の折半で!」
「うむ。どうせ溜まっていくばかりじゃ。タダでも構わんが――」
「ダメです! 人間の世界においてはお金と物という物々交換が基本なので、少なくともタダはそれを目当てに集まってくる人間が出て来ますからね」
「そ、そうか」
「なら無制限も良くないんじゃないかい?」
「ああ、ガレアさん」

 熱弁を振るうザミールにディランが圧されていた。するとそこで野菜の物々交換に皆を呼びに行っていたガレアが戻って来た。

「そうですね……ひとまず往復の日数と、どれくらい採れるかを計算してからですかね。百個くらいからあると嬉しいところ」
「百か。ウチのは十日くらいで十個できるからまずはためてから渡すぞい。腐らんように処理をしておくわい」
「わかりました……! 私は一度王都に戻るので、また相談させてください」
「よろしくお願いしますね。あ、そうだ。もし良かったらでいいんですけど、お乳の出る牛さんを買うことはできますか?」

 ひとまず交渉は成立し、トマトとナスを出荷することに決めた。数を制限して限定にすれば他の農家も気にしないだろうという話だ。移動販売みたいなものである。
 そしてトワイトが乳牛が手に入らないかと逆に相談を持ち掛けた。

「ウチの村の牛は流石に渡せないけど、買ってくれるならそれでもいいぜ?」
「買いには来たいんですけど、ちょっとお料理の幅を広げたくて。時間もあるし、チーズを作ったりしたいなと思っているんです」
「あー、なるほどな。リヒト君の分だけじゃ難しいな」
「まだまだ歯が生えてこないからミルクは必需品ですからね」

 いつもミルクを売ってくれる牛飼いのドガがなるほどと納得する。ザミールは話に区切りがついたところでトワイトへ言う。

「調査しておきます。金額を聞いて相談、ということで?」
「それで大丈夫です♪」
「あーう?」
「あら、リヒト。遊び終わったの?」

 リヒトの名前が出たせいか、ルミナスに乗ったリヒトが戻って来た。遊びは終わったのかと尋ねると、でんでん太鼓を振りながら笑顔を見せた。

「あーい♪」
「ふふ、可愛いですね。では、私は村で商品を売ったら王都へ行きます。またねリヒト君」
「あい!」
「では交換といこうかのう」
「お願いねディランさん」

 ザミールが荷台に戻り、ディラン達は物々交換会へ移行する。家で作っていない野菜やミルク、果物と交換して家へ帰るのだった。
 
「あー♪」
「はいはい、いいわねリヒト♪」

 特に気に入ったのか、リヒトは帰るまでずっと太鼓を鳴らしていたとさ。
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