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旅の始まり

さあ、行こう

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 「ディンよ……そ、それは……まさか賢者の石、か……お前、に、人間じゃ……はあ……無かったんだな……」
 「これが賢者の石かは知らないけど、人間じゃないのは確かだね」
 「ディン……」
 「お、俺はそいつを創るため、人間の血と肉を欲した……息子を……妻を生き返らせるために」
 「ジャン、お前は流れの冒険者だったはずだろ」
 「……はあ、はあ……違うのさ……俺は……」

 もう十年も前の話、ジャンさんは違うところで息子さんと奥さんと暮らしていたらしい。だけどある日、二人は盗賊団に殺されたのだとか。

 そしてそこから数年は酒浸りの生活になった。けど――

 「お、俺が酒場で飲んでいると段々、事情を知った奴も増えてきた……そんな中で賢者という男が……蘇生の秘術というものを教えてくれた……歓喜したよ」
 「それでこんなことを、か?」
 「そうだ。そのために必要なものは血と肉……この盗賊団達がこの妻と息子を殺したのを突き止めてな……この町に滞在したわけだ……復讐は成った。だが、まだ足りなかった」
 「あの洞窟はジャンさんが作ったんだ」

 僕の言葉に『見たのか』と小さく呟いて頷いた。
 魔法もその賢者とやらに教わったというが僕にとってはどうでもいいことだ。

 「……俺が教わったのは禁術、らしい。ならディン、お前もそうやって造られたのか?」
 「僕は魔法人形だから蘇生とかじゃないよ。だから人間を犠牲にしていることはしていないと思う。それよりどうして賢者の石だってわかるのさ」
 「賢者の石は……赤黒い光を鈍く放つ、と言われていてな……お前が人間じゃないということとその見え隠れするモノの輝きを見れば、ごほっ……答え合わせは簡単だ。だから――」
 
 最後まで言うことなく、ジャンさんは疾風の足ハイウインドで剣を前に突っ込んできた。

 「その賢者の石を俺のくれよぉぉぉぉぉ!! 生き返らせるんだ! そしてまた三人で……!!」
 「あ、あぶな――」
 「大丈夫」
 「え?」

 僕は目の前まで来た剣を右手で止め、そのまま静止させる。
 防護陣スフィアガードを自分に使えばこれくらいの攻撃は防げるし、恐らくもうジェイさんには魔力も体力も残されてはいない。

 「は、はは……なんなんだ、よ……お前は……」
 「このまま大人しく捕まってよ。そうじゃなきゃ殺すしかなくなる」
 「……そうだなあ……」
 「あ」
 「……!?」

 ジェイさんはフッと笑った後、懐からダガーを取り出して自分の胸に突き立てて膝から崩れ落ちる。
 
 「なんで――」
 「つ、捕まったら終わりだ……こんなことをしてタダで済むわけが、ねえだろうが……まあ、罰があたったんだろう、な……お前は息子にちょっと似てんだ……止めに来たのかもし」

 僕の顔を見ながら涙を流し、何故か笑顔で息を引き取った。
 胸元にある手と項垂れた頭が、本で読んだ祈りをするような仕草に似ているなと、どうしてかそう思った。

 そして少しの沈黙があった後、思い出したように髭の冒険者が大声を上げる。

 「お、終わったのか……? よ、よし、食人鬼グールみたいなヤツの確保と町人の救出、消化活動に当たれ!!」
 「はい!!」

 冒険者さん達が一斉に散っていき、ようやくこれで終わりとなったかと一息つく。ジェイさんは死に、マハーリさんもすでに魔法で胸を貫かれて絶命していた。これで犯人と目的は分かったけど謎は完全に判明はせず、解明も難しいと思う。

 まあ僕にはあまり関係がないか。
 とりあえずプリメラとナナさんがどうなったか確認しないと。ハイポーションを使うなら収納魔法から取り出さないとね。

 と、思ったけど――

 「プリメラ」
 「ディン……ひっ……!?」
 「ん? って、それはなんだい?」
 「ディン君、プリメラちゃんから離れるんだ。怖がっているだろ」
 「ギルさん?」

 プリメラに近づこうと思った瞬間、怖い顔をしたギルさんに止められた。
 周囲を見ると僕を囲むように色々な人間がこちらに視線を向けていることに気づいた。
 ナナさんに暖かそうな光を当てるプリメラも動こうとしない。さらに、静かになったからかギルドからも人が出てくるのが見えた。

 「ディン、おめえ……」
 「な、なんだいそれは……」
 「あ、ゲンさんにタバサさん。……うーん」

 薬屋の夫婦も僕の身体を見てプリメラのような顔になっていた。少しずつ再生が始まったので見た目が気持ち悪いからだろう。

 「……」
 「……」

 (あの子も仲間なんじゃないか……?)
 (人間じゃない……魔族かしら……怖いわ……)

 ――だけど、僕は理解した。

 あれはこの状態が気持ち悪いからの目じゃなく『僕が人間じゃない』ことに対する目なのだろうと。
 恐怖、困惑、知らないモノへの不信感。

 異形の存在と同じと思っているかもしれない。

 ああ、じいちゃんが言っていたのはこういうことなんだと。
 
 ここに僕の居場所は無いのだ。

 町に来てからいい感じに過ごせていたので正体がばれても気にしないでくれるとどこかで思っていたのかもしれない。
 
 だけど現実は違った。
 魔法人形の僕は人間にとって『異形の存在』で、得体のしれないものなのだ。

 「ああ……気持ち悪い、ですよね。すみません、すぐ町を出ますから」
 「……っ!」

 僕は身体を縮めるプリシラの横を通り、地面に転がっている杖を手にすると彼女の荷物とお金を収納魔法から取り出して足元に置く。薬屋の夫婦に向いて頭を下げる。

 「ゲンさん、タバサさん、ありがとうございました。ハイポーション、僕が作ったもので気持ち悪かったら捨ててください。お金はここに置いておきます。それでは」
 「お、おい、ディン……」
 「ダメだよあんた。……マークスさんも危ない人だったのかもしれないねえ……だから山の中に……」

 じいちゃんの偽名を口にするタバサさんの背中を聞きながら僕は浮遊泳レビテーションで空に浮く。お世話になってはいたけどそれはお互い様というやつでは? と考えると勝手なものだ。
 
 「あ、逃げるのか!」
 「そう、ですね。ここにはもう居られないみたいですし。もう帰ってくることはないので安心してくださいギルさん」
 「……」

 それだけ告げてから高く飛んで周囲を見渡す。

 「あっちでいいか」

 森が多い方なら隠れて回復もできるかと僕は飛んでいくのだった――


 ◆ ◇ ◆


 ――真夜中なのに燃える家屋のせいで昼間のように明るい。

 そんな町の上空へ浮かぶと、ディンはいずこかへ飛んで行った。

 呼吸が安定してきたナナさんから離れてディンが向かった方を呆然と見つめていると、糸が切れたように緊張した空気が解かれて騒然となる。

 「い、行ってしまった……」
 「良かったんですか、ギルドマスター」
 「……空を飛ばれては仕方あるまい。脅威は去ったようだし救助にあたれ。俺もいく」

 髭の冒険者さんはギルドマスターという偉い人だったらしい。
 段々と人が散っていき、場には私達が残されるとアウラさんが抱き着いてきた。

 「プリメラちゃんありがとう!! ナナは無事みたい!!」
 「わっ!? い、いえ、必死でしたから……良かった、です」
 「回復魔法……君は神官だったのか」
 「い、いえ、普通の家の子です! ……小さいころからこの力を持っていて……知られないようにって言われてました」
 「確かに町娘だと珍しいけど……」
 「いいのよ! ナナが助かったんだし!! もー! チューしちゃう!」
 「ちょ……!?」

 感極まったアウラさんが顔を近づけてきたので慌てて引きはがしているとタバサさん達が駆け寄ってきてくれた。

 「大丈夫かいプリメラちゃん!」
 「けがは無さそうだな」
 「あ、はい。ディンの魔法で攻撃を避けていたから……」
 「ディンか……」
 
 ゲンさんが渋い顔をしていると、ギルさんが剣を鞘に納めながら口を開く。

 「一緒に旅に出る前で良かったと思うよ。もしかしたら助けてくれたのも罠だったかもしれない。お爺さんも強かったしこの町をどうにかするつもりだったのかも……」
 「え?」
 「薬を売るふりをしてってことかい? ……まあ、得体のしれない人だったからねえ……」
 「ちょ、ちょっとギル……。あ、ヒッコリーを助けなきゃ――」

 なにを言っているんだろうと私はギルさんとタバサさんの顔を見て思考が止まる。
 だってタバサさんはおじいさんのころから薬を買っていてとてもいいものだって言ってたのに。
 ギルさん達はおじいさんに助けられたと言っていた。もし、なにかするつもりなら助けることもしないんじゃないかしら……。

 「俺達を欺いてたんだな」
 「なんだったんだろうな。いきなりCランクの強さ――」
 「魔法人形とか言ってたか?」
 「なんでもいいさ、次、見つけたらとっ捕まえて始末しようぜ」

 さらに周囲の冒険者たちはディンを捕まえて始末した方がいいと言い合っていた。

 ……なんなの……どうして――

 「どうして――」
 「ん? どうしたプリメラちゃん?」
 「どうしてそんな酷いことを言えるんですか? マハーリさんもジェイさんって人もディンがなんとかしたんじゃない……! ギルさんももうちょっとで殺されそうだったのに!! タバサさんも得体のしれないとか……信じられない……ずっと薬を作ってくれていたのに……ディンのことだって褒めていたじゃないですか!」
 「それとこれとは――」
 「違わない!! ディンがなんであれ私達は助けられたんですよ!? それが人間じゃないからって簡単に掌を返すんですか!!」
 「そ、それは……」

 言葉を濁すギルさんに私は怒りが沸き、足元のディンが置いていったカバンを下げて立ち上がると、ディンが置いていったお金の袋をタバサさんに叩きつけるように投げた。

 「もういいです!」
 「おっと……! あ、どこに行くんだい!?」
 「どこでもいいでしょ!! お世話になりました!!」
 「待つんだプリメラちゃん! ディン君は危険――」

 なりふり構わず走り出した私はギルさんの言葉は途中で聞こえなくなった。助けられてお礼も言えないなんて……最低じゃない……ディンはあんな姿になっても私達を守ろうと戦ってくれたのに。

 そこで私はハッとディンの言葉を思い出して気づく。

 (殺さないようにするか)

 私のせいだ……私が言ったことを守って……もし、殺すことを優先としていたら……もっと簡単に終わっていたかもしれない。

 それに魔法人形だと正体がばれることも、無かった……。

 「う~……」

 涙が出る。

 私自身、殺すということに抵抗があるし間違っているとは思わない。だけどそれは私の価値観でディンに押し付けていいようなものでもなかったのだと自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 それは私の回復魔法が『他の人と違う』と差別されたこととそれほど変わらないじゃない……。

 「あのケガならそう遠くへは行っていないはず――」
 「あ、どこへ行くんだ!?」

 私はまだ混乱の中にある町の門を抜けて外へ――


 ◆ ◇ ◆


 「この辺でいいか」

 僕は町から伸びている道に沿って飛び、町がまだ見える少し離れたところで降りると脇の森へと足を踏み入れる。
 痛みというものはそれほど感じないのだけど、左半身がほとんど動かせないので飛ぶのに苦労するからだ。
 一旦休んで目が覚めればある程度は再生しているだろうしそれから行動しても遅くはないだろう。
 焚火を熾してから僕は適当に寝転がって空を見上げる。
 テントを張るのも面倒だし。

 「それにしてもじいちゃんの言うことは分かった気がするね。助けたのにお礼も無いうえに僕を敵みたいな目で見ていた」

 じいちゃんが人間を嫌う理由……魔王を倒したにも関わらず道具扱いしようとしたあげく英雄を犯罪者扱いにしたからだ。
 恐ろしいことだと思う。自分の思い通りにならなかったり『違う存在』だと分かった瞬間、彼等と仲間ではなくなるのだ。

 「……やっぱり人間はそういう生き物なのかな」

 まだあの町しか知らないけど、あの場に居た人間達の目は明らかに『チガウモノ』を見る目だった。
 この先は最小限に関わる程度がいい気がする。カレンさんのことを聞くのとお金稼ぎ程度で……あふ……

 魔力を使って疲れたようでゆっくりと自然に目を閉じるとそのまま意識を失――

 「居た!!」
 「うわあ!?」

 ――失うことなく大きな声で飛び起きる羽目になった。いったいなんだと顔を向けるとそこには――

 「プリメラ?」
 「そうよ、私よ! こんなに近くで焚火をしてあんた馬鹿じゃないの? ……ま、おかげですぐ見つかったけど……」
 「どうしたんだい? 僕と一緒は嫌だと思ったけど」
 「……」
 
 僕がプリメラの顔を見てそういうと。眉間に皺を寄せながらじっと顔を見た後、ローブをまくって両手を傷に当てて口を開く。

 「……傷、治すわ」
 「あ、うん」

 一言だけ呟いた後、あの時の暖かい光が僕の左半身を包み込み、少しずつ炭のようになった部分が治っていく。

 「……怖いけど」
 「ん?」
 「怖いけどあんたは私を助けてくれた。こんな体になっても。それに一緒に旅に出るって言ったもんね」
 「でも僕、人間じゃないけど」
 「それがなによ。そりゃなんでもないリスを殺しちゃうような危ないヤツだけど、あんたは知らないだけだもん。これから学べばいいじゃない。魔法人形だっけ? 関係ないわ。恩知らずな人間より全然マシよ!」
 「あ、ちょ、痛いんだけど」
 「ああ、ごめん!? ……そんなわけだからよろしくね」
 「うん」

 僕達は黙って焚火に照らされながら傷を癒す。
 結局、最初に僕を怖がっていたプリメラだけが残ったというのはなんともいえないな。


 ……じいちゃん、人間も捨てたもんじゃないかも。よく考えたらいっぱいいるんだし、あれで全部ってわけじゃないんだよな。もう少し様子を見てみるとするよ。

 そして少し眠った僕達は焚火を消してから道に出て背伸びをしながら話し合う。

 「んー、いい天気ね」
 「あの町、大丈夫かな?」
 「ま、いいんじゃない? あんたが居なかったらもっと酷いことになってたかもしれないし。それじゃ行きましょうか」
 「どこに?」
 「さあ? お互い手がかりもないし、行けるところまでよ!」

 プリメラが笑いながら腰に両手を当ててそんな適当なことを言う。でも、ま、確かにその通りか。行ってみないと分からない旅だからね。

 「そうだね。さ、それじゃ行こうか」
 「うん!」

 僕はプリメラの手を取って歩き出す。
 どんなことが待ち構えているのか、それを楽しみに未知なる世界へと一歩前へ――
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