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旅の始まり

後始末

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 ――ディンとプリメラが町から消えた後、町は平穏を取り戻していた。
 
 「おーい、そっち持ってくれ」
 「わ、わかった。……気持ち悪いな、リビングデッドみたいなものだろ?」

 ジェイという主を失った異形の存在は完全に動きを停止したため、冒険者と町の人間が総がかりで広場に並べて寝かせる作業を開始しすでに陽も完全に高くなる時間だった。

 結局、町に居た人間は『ナナへの逆恨み』とジェイが使った禁術の『とばっちり』という以外の情報がなにも無く、徒労と疲労……そして悲壮感だけが残った。

 「うう……」
 「運が無かったなあ……」
 
 「家が無くなっちまったよ! くそくそ……!!」
 「そんなもん建て直せばいいだろうが……見ろよ、ダンの母親。アレになっちまったんだ」
 「なんてこった……」

 各々、惨状を口にしながら瓦礫の撤去や遺体を袋に詰めるなどを淡々と進めていく。そんな中、当事者となった者たちもまた対応に追われていたりする。

 「あんたが狙われたから……!! 私のアンディを返してよ!」
 「そう言われても私がなにかしたわけじゃ……」」
 「ナナだって好きで狙われたわけじゃない!」
 「くっ……この町から出て行ってよ……!」
 「そんな……」

 ナナやギル、アウラの三人はギルドに逃げ込んだ人達が一部を聞いていた者が居たため状況を把握し、さらに恋人などが犠牲になったと詰め寄っていたのだ。
 狙われたのはナナだが、本人に身に覚えがなく逆恨みで殺されそうになったのだから被害者である。
 だが『ナナのせいで』という部分はずっとついて回るためこういう事態になっていた。

 「ギルドはなにをやっていたんだ、あんな危険な人物を雇うなんて……!」
 「経歴に問題は無かった。途中で心変わりしたとしてそれを見極めることなどできまい? お前の隣に住んでいる人間が急に殺人者に変わることもあるしそれこそ盗賊になって襲ってくることもあろう」
 「し、しかしマハーリはギルドの……」
 「個人の犯罪については個人の罪だ。気の毒だと思うが我々に当たるのは筋違いだ。補償は国から出るだろう、気休めだがそれくらいしかできることはない」
 「う……く……」
 「申し訳ないがこの状況を伝えなければならない、今日のところは帰ってくれ。ガーンズ、ウエクサ頼む」
 「まだ話は――」

 髭のギルドマスターは激昂する町人へ冷静に話をして試験官をしていた二人にこの場を後にさせるよう頼み、

 「ギル達も中へ入ってくれ」
 「あ、はい」

 同じように絡まれているギル達にもギルド内へ入るように声をかけて中へ。
 ほとんど外で作業をしているためここにはロイヤのような受付の人間とギル達しかいない。
 いつも喧騒はどこへやらといったガランとしたギルド内で適当な椅子に腰かけ、頭を乱暴に搔きながら、髭のギルドマスター、ロドリが口を開く。

 「マハーリとジェイが繋がっていたことも知らねえし盗賊達は全滅しているし分からねえのはこっちの方だってんだ……! お前達も災難だったな」
 「いえ……。結構な人たちが亡くなったみたいですし、俺達はまだ……。ディンとプリメラちゃんは追いかけなくていいんですか? 特に彼は危険な気がします」
 「ギル、お前はあいつに助けられたんだろうが。あんまりふざけたことを言ってるとぶっ飛ばすぞ? あえて行かせたんだよ。プリメラちゃんに言われたことを忘れたのか」
 「……う。そう、ですね」

 険しい顔のまま口をつぐんだギルに変わりナナが絞り出すような声で言う。

 ディンは異形と化した者たちと同じく『得体が知れない』。
 が、意思疎通は出来たし、ギルを二回助けている上に、マハーリとジェイを止めたからこそナナも無事だったという部分が抜け落ちていることにロドリが怒っているのだ。

 「あー、どちらにしてもナナはこの町から出た方がいい。町の人たちの覚えが悪くなっちまったからな……。マハーリみたいに暴走するやつも出てくるかもしれん」
 「そんな……! 俺達はみんなの為に戦ったのに!」
 「そりゃディンも同じだろうが。でも、お前は追い出した内の一人。そういうこった」
 「くっ……」
 「ギル、ロドリさんの言う通りだよ」

 拳を握るギルをナナが止めて首を振り、もはやどうにもならない状況なのだと口をつく。

 「ある意味マハーリの思惑通りになったような気もするね……。それにしてもあそこまでナナを敵視するなんてね」
 「……分からないわ、本当に」
 「起こってしまったことは仕方がない、これからどうする? ギルドマスターの言う通りさっさと町を出るのは構わないが……」
 
 マハーリにやられて包帯だらけになったヒッコリーが仕方がないと口にし、今後のことについて言う。
 冒険者なので荷物はそれほど多くないが、行き先はどうするのかという問題だ。

 「……戻りたくはないけど、私の家がある領地へ行きましょう。そこでしばらく身を置いてから考えればいいわ」
 「いいのか? お前、本当は実家が嫌で――」
 「大丈夫。屋敷に戻らなければ」

 そう言ってナナはギルへ困った笑みを向けていた。
 実のところ、貴族のお嬢様であるナナは実家との折り合いが悪く特に姉との仲は最悪で家を飛び出してきたのだ。
 マハーリが妬み、羨む裏には隠れた事情があったので初めから『理解ある両親に言って冒険者をさせてもらっている』なという『嘘』をつかなければこんなことにはならなかったのかもしれない。

 そしてギル達は準備を整え、逃げるように町から出て行こうとしていたころ、異形を集めていた広場では――

 「これはまた……大変でしたね」
 「ああ、町の犠牲が著しい。あんた魔法使いか? 手助けしてくれると嬉しいんだがね」
 「人手が足りないんだ頼むよ」

 広場に遺体や異形の存在を並べているところへ、薄い紫色をしたローブを着こんだ糸目の男が口元に笑みを浮かべて作業中の男達へ声をかけていた。
 いかにもといった風貌な男が不満げに口を開く。

 「私は賢者ですが……」
 「魔法を使うんならあんまり変わらねえだろう。手伝ってくれねえならどっか行ってくれ、こっちは忙しいんだ」
 「お手伝い……そうですねえ、ではこういうのはどうでしょう」
 「ん?」

 作業中の男が小さく反応した瞬間、広場に集められていた遺体と異形が激しく燃え上がった。

 「な、なにしやがる!?」
 「埋葬するのも手間でしょう? だから焼いてあげたんですよ」
 「火、火を消せ! 調査ができなく……あ、熱っ!?」
 「てめぇなにしや……な!? い、居ない!?」
 「馬鹿な……今、目の前にいたのに……」
 「いいから水だ! 魔法使いは水をぶっかけろ!」

 再び阿鼻叫喚の世界へと変貌してしまった広場を、先ほど賢者と名乗った男が遥か上空から見下ろしながらひとり呟く。

 「証拠など残すわけにはいきませんからな。一か所に集めてくれてありがとう、ジェイという男がつまらない失敗をしなければこんなことをせずに済んだんですが」

 そう言うとそのまま空を移動を始め、ふと少しだけ目を開けてから顎に手を当ててもう一度町を見下ろす。

 「……それにしても半魔化した人間をよく倒しましたね。誰がやったのか……確認できなかったのは惜しかったで。まあ、不完全でしたが魔族と人間を結合させることができましたから結果は上々でしょうか。くく、賢者の石などそうそう創れるものではないのに、あの男はよく踊ってくれました」

 ジェイを唆したと思われる発言をすると、興味を失ったかのように真顔に戻り再び前へ。

 「……大賢者マクダイルが創ったとされる賢者の石……私もいずれ創らねばいけませんね。ああ、あの洞窟も壊しておかなくては。どこかにいい実験材料はないものか――」

 そういって山へ向かう男。

 「命と死は常に平等~♪ 死ねば皆ただの塊で~魔王といえども例外なし~ふんふんふふ~ん♪」

 穏やかな顔で不気味な歌を歌いながら――
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