ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 孝太郎の提案を春は即答で、無理です! と断わる。そして申し訳無さそうに付け加える。


「女の子のいる店ってそれホステスさんですよね……? すみません。派手だったりモテそうだったりするいわゆるカースト上位っぽい女の人は怖くて……行っても孝太郎くんとしか目を合わせられないし話せないと思います……」

「横並びに抵抗があるならスナックとかガールズバーみたいにカウンター越しの店もありますが……」


 春は少し考えたが、それでも無理です、断った。


「……ぼくみたいなのがそんなところに行くのは場違いな気がして……着ていく服も無いですし」

「そんなことありません。それに服もいつもの感じで大丈夫ですよ」

「いえ! 孝太郎くんオシャレだし隣を歩くのも申し訳ない……」

「ほとんど貰い物ですよ!」


 孝太郎は本当に服にそこまでのこだわりはなく、ワードローブの8割は大阪時代からの先輩ホストからのお下がりだった。しかし春はさらに言った。


「オシャレですよ……髪色も、綺麗ですよね」

「前は金で、東京来るときにピンクに意気込んで染めたんですけど、東京来てみたら意外とみんなそんな派手じゃなくて、あれ!? ってなりました」

「あぁ~あるあるですね~テレビのイメージで来たら、地味ですよね意外と東京の人間」


 そうそう、と笑う孝太郎に春は話を戻した。 


「女の子のキャラメイク苦手だからいっそ女の子の出ないストーリーにしたことがあるんですけど、恋愛要素が微塵も無いのは盛り上がりに欠けると言われてしまいまして……」

「まぁどのジャンルでも少しは恋愛要素入ってくるような……それに女の子キャラが全くのゼロは難しそうですね」

「だから編集さんにはいっそBLにチャレンジしてみてはどうかと勧められたんですけど……男同士の恋愛というのはどうもピンとこなくて……」

「なるほど」

 
 話の途中で孝太郎はすっくと立ち上がり、空になった耐熱皿を持ってキッチンに行き水に浸した。ふー、と息を吐く。唐突に片付けを始めたのは、春の口から男同士の恋愛、などというフレーズが飛び出して動揺したからである。ゲイだと職場では大っぴらにしている孝太郎だったが春には言っていない。言いそびれているうちに家に呼ぶ仲になってしまい、今更言えなくなった。ゲイだからといって見境なく男の尻を撫でたりするわけではないのだけれど、存在自体を毛嫌いする人はいる。春がそういう人ではないと信じたいけれどそれは言ってみなければわからない。妙な反応を見せた孝太郎に春は、ごめんなさい、と言った。


「あの……もしかしてBLとかそういうたぐいの話、無理なタイプでしたか……? いきなり変な話してごめんなさい!」

「いえ! そんなことないですよ。多様性の時代ですし、近頃は映画とかでも取り上げられてるじゃないですか。おれは、ありだと思いますよ」


 孝太郎はゲイとバレないような範囲内で、同性愛を肯定する。春は取り皿をキッチンに持っていき、言った。


「じゃあ1回だけ、試しに描いてみようかな……描けるかわからないけど」

「試してみるのも、いいと思います」

「描いたらまたネーム見てもらってもいいですか?」


 春が描いた男同士の恋愛の話を読める、と思うと孝太郎は妙なテンションになりかけたがグッと頬の裏を噛んで堪えた。春は売れるために真面目に努力をしているのだから変な目で見てはいけない、と己を律する。


「おれでよかったらいつでも」

「ありがとうございます。何だか頼りっぱなしですみません。ぼくの方が年上なのに」


 童顔なので年が近く見えたが春は孝太郎より3つ年上の24歳だった。反対に孝太郎は少し上に見られるので2人が並んでいたら逆に思われることが多いだろう。


「いえ。おれも春さんとの時間にいつも癒やされてるので……」


 そこまで言って孝太郎は今のは少し恋愛的な意味に聞こえてしまうような気がして取り繕った。


「あ、ほら、せっかく作るなら誰かに食べてもらった方が嬉しいし、1人分作るのも2人分も手間は変わらないし割り勘だから食費も浮きますし」


 春は別段気にしていないようで、よかったです、と笑っていたので孝太郎はホッとした。片付けが終わると春は、そろそろ行きますね、と切り出した。そして、おやすみなさい、と言ってまだ明るい中隣の家に帰っていく。春が帰ると孝太郎は歯磨きをして、遮光カーテンを閉めて部屋を真っ暗にした。ふわぁ、と欠伸をしてベッドに入る。孝太郎は今から夕方までが睡眠時間で、夜からまた仕事だ。寝る前に春と一緒に腹を満たし、おやすみ、と言ってもらえるこの生活に孝太郎は満足していた。引っ越した理由でもあるほどなので春は孝太郎にとって好みなのだが、発展したいなどとは思っていなかった。ノンケ相手に不毛な恋をするのはもう懲り懲りだったし、なにより春との今の心地よい関係を崩したくなかった。

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