ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 ――…少しして目を覚ました春は、しまった、と反省した。酔った自分がいつの間にか自分がベッドを占領したせいで孝太郎が床で寝るはめになっているのを見つけたからだ。慌ててベッドから出た春は孝太郎に声をかける。

「ごめんなさい! ベッドで寝てください」

 せっかく治ったところなのにまた風邪をひかせてはまずい、と春は起こそうとしたが深く寝入った孝太郎は起きなかった。運んであげようと思いたち孝太郎を持ち上げようと、仰向けに眠る孝太郎の脇の下に腕を入れて踏ん張ったがビクともしない。体格差があるのと、日頃何も鍛えていない非力な春には難しかった。その体勢のままどうしようかな、と思案していたら孝太郎の腕が抱きつくように春の首の後ろに回された。そうやっていてくれたらまだ運びやすいかも、と春がもう一度持ち上げるのにチャレンジしようとしたらそのまま孝太郎に引き寄せられてしまった。

「……ッ」

 いきなり、春は唇にキスをされた。パニックになり急ぎ離れようとしたけれど首の後ろに回された孝太郎の腕の力が強く、逃げられなかった。1回だけでなく、2回、3回、と唇を合わせられる。もうこれ以上は駄目だ、と全力でもがいたら孝太郎の腕がほどけたので慌てて離れる。孝太郎は何事もなかったように、寝息を立てていた。どうやらただ寝ぼけただけのようだった。余裕をなくした春はもう孝太郎を床に寝かせたままかけ布団だけ上にかけて、逃げるように孝太郎の部屋を出た。自分の家に戻ってすぐ、玄関で春はしゃがみこんだ。ドクつく心臓を抑えて春はたまらず声を上げた。


「いやいやいやいやいや……」


 彼女いない歴=年齢の春にとってさっきのが、人生初めてのキスだ。さすがに24歳になると童貞どころかキスも未経験とは言い難く人には言っていなかったが、したことがなかった。

「うわー、うわー、うわー……」

 春はたまらずそう声を上げる。唇にまだ、孝太郎の唇の柔らかい生々しい感触がしっかりと残っている。心臓がもうさっきからずっとバクバクとうるさい。春は自分自身にショックを受けていた。それは『男にキスされるなんて最悪!』とは思わず普通にドキドキしてしまっているからだ。もしかして自分はゲイなのかと一瞬考えたが、いやいや、と思い直す。

 ホストをしている孝太郎は男から見ても整った顔の男前だ。それに加えてなんだか派手な桜色の髪色もしっくりきているし職業柄かいつもオシャレで雰囲気がある。それだけでなく性格もよく料理上手だ。そんな相手からキスをされたらドキドキしても仕方ないと春は思った。そもそも春は年下ではあるが孝太郎に少し憧れのようなものを抱いていた。今まで全くモテず1人の彼女もできたことのない春にとって、複数の女性からモテたあげく数万円のシャンパンを入れてもらうような孝太郎は『なんかすげー男』だった。学生時代で例えるならば春は教室の隅で漫画を描いているオタクグループで、孝太郎は共学クラスの中心にいて派手なギャルとも友達になれるようなタイプだ。もし孝太郎が同い年で同じ学校だったとしても友人関係ではないだろうなぁ、と春は常々思っていた。だからドキドキしても仕方がないのだ、と春は自分に言い聞かせる。

 しかし寝ぼけてあんなキスをするなんて孝太郎も結構遊んでるのかもしれない。そう思った春は少しだけショックを受けていた。ホストであるしそういうことが全くないとは思っていなかったが、孝太郎は毎日きちんと帰ってくるし帰ってきたら春と食事をして眠るような生活を送っていたため、仕事外ではあまり女っ気がないような気がしていたのだ。その事にほんの少し勝手に親近感を覚えていた春はなんとなく寂しさを覚えた。





 ――…孝太郎が目を覚ますともう窓の外は暗くなっていた。起きると掛け布団がかけられていて、ベッドにいた春はもういなくなっていた。孝太郎はぐーっと背伸びをして、もそもそ、とベッドに入る。そして目を閉じるとふわん、と見知らぬ香りが鼻孔をくすぐって飛び起きた。枕カバーに春のシャンプーらしき匂いが移っていた。孝太郎は少し迷ってからその枕カバーを外して洗濯かごに放り込み、ベッドの下の引き出しから新しい枕カバーを取り出して交換した。もちろん孝太郎は嫌だったわけじゃない。孝太郎をゲイと知らずに春はここで眠ったのに、その匂いを嗅ぐのは申し訳ない気がしたのだ。それに……少しやましかった。春とキスする夢を見てしまったからだ。それは夢と呼ぶにはあまりにも生々しく鮮烈で未だ唇に感触が残るようなものだった。実際それは夢ではなく現実で起きたことなのだが孝太郎は夢と信じて疑っていなかった。
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