ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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18-1フレンチトーストと傷心男

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 深夜、ピンポーン、とインターフォンが鳴る。春が、はい、と返事をするとそっとドアが開かれた。孝太郎が少し緊張しながら顔を出す。

「入っていいですか」

 春の部屋は作業机の周り以外はスッキリと片付けられていた。孝太郎のあげた服はきちんとハンガーにかけられ吊るされている。ベッドの向かいの2人がけのソファに腰を下ろした。孝太郎は申し訳無さそうに尋ねた。


「おれが来ても大丈夫でしたか?」

「え?」

「弾みで行くと言ってしまいましたが、よく考えれば……ゲイバーで嫌な思いをした後で自分の部屋にこんな図体のでかい男が来るのは今は嫌かと」

「そんな、嬉しいです。来てくださって……」

 シン、と沈黙が続いてから孝太郎が、ふー、と息を吐いた。

「今から、嫌な事を言ってもいいですか」

「嫌なこと?」

 突然の孝太郎の不穏な言葉に春は不安げに眉をひそめる。

「ずっと言うつもりなかったのですが……それを隠したまま今ここにいるのは凄く良くないことだと思うので」

 何を言われるのだろう、と緊張した春は息苦しさを感じる。孝太郎は、ごめんなさい、と頭を下げた。

「あの……ゲイバーで何があったのかわからないんですけど……その……おれも……ゲイ、なので……だからもし今すぐ出て行けと春さんが言うなら、帰ります……」

「え!?」

 一瞬何を言われたのかわからなかったし、聞き間違いかと春は自分の耳を疑った。よくわからないといった様子の春に孝太郎はさらに言った。

「恋愛対象は、男性だけです。だから……気持ち悪いなら、出ていきます」

 そう振り絞るように言って俯いた孝太郎に春は力強く否定した。

「気持ち悪いわけないじゃないですか!!! 孝太郎くんを気持ち悪く思うなんてありえない!! そんな風に言わないでください」 

 孝太郎は、よかった、と少し安心したような笑顔を見せた。

「あ~……緊張した。すみません。言いそびれてしまい……仲良くなればなるほど言いづらくて」

「言いにくい事を言ってくれてありがとうございます。孝太郎くんのそういう誠実なところ……好きです」

「誠実かはわかりませんが……ありがとうございます」

 それから春はぽつりぽつりと、昨日のことを話した。RAIZEという店に行ったこと、そこで円香が席を外したタイミングで変な男に絡まれたこと、耳を舐められたこと。春は自身の耳を触りながら言った。

「お風呂でよく洗ったんですけど、感触ってなかなか消えないですね」

「春さん……」

 ソファの上で膝を抱えて座る春は目をそらしたまま孝太郎に言った。

「今から変なお願いしてもいいですか」

「変なお願い?」

「嫌ならすぐに断わって下さい。あの……ここに、キス……してもらえませんか。感触、上書きしたくて」

 春が自身の耳を触りながらそう言った。

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