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春は、やっぱりいいです、と取り消そうとしたがそれより早く孝太郎が動く。優しく頬に触れられ、耳に軽く口付けられた。
「ッあ……」
ちょん、と一瞬唇が触れただけなのに春の身体はビリビリ、と電気が走ったように痺れた。変な声が出たのが恥ずかしくて口を押さえる。孝太郎はそんな春に、上書きできましたか、と尋ねた。
「はい……できました。ありがとうございます……」
むず痒い空気の中、沈黙が続く。しかしぎゅるるる、と盛大に鳴った腹の音でその静寂は破られた。
「……ごめんなさい……昨日の夜、食べそびれて……」
そう恥ずかしそうに言った春に孝太郎は言った。
「はは。何か作りましょうか。あるもので。何があったかな」
春の家には食材がないので、2人で孝太郎の家に移動したのだが珍しく孝太郎の家にも食材は少なかった。
「食パンはあるんですけど具材になるような物は何も……卵と牛乳は余ってたのでフレンチトーストなら作れますがごはんというよりおやつっぽくなっちゃいますね」
「食パンはあるんですけど具材になるような物は何も……卵と牛乳は余ってたのでフレンチトーストなら作れますがごはんというよりおやつっぽくなっちゃいますね」
買い物行こうかな、と呟いた孝太郎に春が言った。
「フレンチトースト! 好きです……!」
春は遠慮して言っている様子はなく、目をキラキラと子供のように輝かせていた。
「じゃあ作りましょうか。冷蔵庫から卵と牛乳、出してください」
春が卵と牛乳を出すと孝太郎は深めの大きなお皿に卵を大胆に割っていき、そこに牛乳と砂糖を目分量で入れて混ぜて卵液を作り出した。食パンを適当なサイズに切り、作った卵液に食パンをしっかりと浸す。
「本当はしっかり寝かせた方が美味しいんですけど今日は時短でいきますね。あ、紅茶入れましょうか」
そう言って孝太郎はプラスチックのポットを取り出し、中に茶葉をザバっと入れた。そこにお湯を注ぐとふんわりといい香りが漂う。紅茶を蒸らしながら孝太郎は大きなフライパンでバターを溶かし、卵液に浸した食パンを重ならないように置いていった。
「お皿出してください」
春が白くて大きなお皿を出すと、幸太郎は両面しっかり焼いたフレンチトーストを次々とお皿にあげていく。あっという間に完成した。2人分のマグカップに熱い紅茶を注いでからローテーブルに向かい合って座り、いただきます、と手を合わせる。孝太郎は、忘れてました、とキッチンからはちみつを持ってきて、どうぞ、と差し出す。春はフレンチトーストにはちみつをかけて一口、パクっと食べた。春の顔がとろん、と緩む。
「ん~! 甘くて美味しい!」
「血糖値がガーッて上がる感じしますね」
「熱々の紅茶も美味しい……幸せ……」
「はは。春さんが幸せになってくれて良かった」
そう言って笑った孝太郎に、春は見惚れる。不意に、こんな素敵な人がゲイなんだなぁ、と考えてしまった。しかし春は浮足立たず、落ち着かないと、と自分に言い聞かせる。要するに一応自分が孝太郎にとって恋愛対象の性別である、というだけの話だ。今まで恋愛対象の性別であるはずの異性から全くモテなかった事を思い出し、春はあまり期待しないように努めた。
一方孝太郎は……かなり動揺していた。よくよく考えれば食材がなくても冷凍庫になにかしらのストックがあったはずなのに、それを失念するほど平常心ではいられなくなっていた。ゲイだとカミングアウトして受け入れられただけではなく、他の男に触れられた耳にキスして上書きして欲しい、などと言われたのだ。春がすぐに取り消そうとした事には気づいていたが、止まらなくなって耳に口づけてしまった。すると春は、甘い声を上げ、顔を真っ赤にして目を潤ませたのだ。その時の春の声が未だ孝太郎の耳にこびりついている。春の腹が鳴って空気が変わってくれてよかった、と孝太郎はホッとしていた。あのままでは今度は自分が春にトラウマを与えるようなことをしていたかもしれない、と一瞬理性を失いかけた己を心の中で激しく叱責した。
「ッあ……」
ちょん、と一瞬唇が触れただけなのに春の身体はビリビリ、と電気が走ったように痺れた。変な声が出たのが恥ずかしくて口を押さえる。孝太郎はそんな春に、上書きできましたか、と尋ねた。
「はい……できました。ありがとうございます……」
むず痒い空気の中、沈黙が続く。しかしぎゅるるる、と盛大に鳴った腹の音でその静寂は破られた。
「……ごめんなさい……昨日の夜、食べそびれて……」
そう恥ずかしそうに言った春に孝太郎は言った。
「はは。何か作りましょうか。あるもので。何があったかな」
春の家には食材がないので、2人で孝太郎の家に移動したのだが珍しく孝太郎の家にも食材は少なかった。
「食パンはあるんですけど具材になるような物は何も……卵と牛乳は余ってたのでフレンチトーストなら作れますがごはんというよりおやつっぽくなっちゃいますね」
「食パンはあるんですけど具材になるような物は何も……卵と牛乳は余ってたのでフレンチトーストなら作れますがごはんというよりおやつっぽくなっちゃいますね」
買い物行こうかな、と呟いた孝太郎に春が言った。
「フレンチトースト! 好きです……!」
春は遠慮して言っている様子はなく、目をキラキラと子供のように輝かせていた。
「じゃあ作りましょうか。冷蔵庫から卵と牛乳、出してください」
春が卵と牛乳を出すと孝太郎は深めの大きなお皿に卵を大胆に割っていき、そこに牛乳と砂糖を目分量で入れて混ぜて卵液を作り出した。食パンを適当なサイズに切り、作った卵液に食パンをしっかりと浸す。
「本当はしっかり寝かせた方が美味しいんですけど今日は時短でいきますね。あ、紅茶入れましょうか」
そう言って孝太郎はプラスチックのポットを取り出し、中に茶葉をザバっと入れた。そこにお湯を注ぐとふんわりといい香りが漂う。紅茶を蒸らしながら孝太郎は大きなフライパンでバターを溶かし、卵液に浸した食パンを重ならないように置いていった。
「お皿出してください」
春が白くて大きなお皿を出すと、幸太郎は両面しっかり焼いたフレンチトーストを次々とお皿にあげていく。あっという間に完成した。2人分のマグカップに熱い紅茶を注いでからローテーブルに向かい合って座り、いただきます、と手を合わせる。孝太郎は、忘れてました、とキッチンからはちみつを持ってきて、どうぞ、と差し出す。春はフレンチトーストにはちみつをかけて一口、パクっと食べた。春の顔がとろん、と緩む。
「ん~! 甘くて美味しい!」
「血糖値がガーッて上がる感じしますね」
「熱々の紅茶も美味しい……幸せ……」
「はは。春さんが幸せになってくれて良かった」
そう言って笑った孝太郎に、春は見惚れる。不意に、こんな素敵な人がゲイなんだなぁ、と考えてしまった。しかし春は浮足立たず、落ち着かないと、と自分に言い聞かせる。要するに一応自分が孝太郎にとって恋愛対象の性別である、というだけの話だ。今まで恋愛対象の性別であるはずの異性から全くモテなかった事を思い出し、春はあまり期待しないように努めた。
一方孝太郎は……かなり動揺していた。よくよく考えれば食材がなくても冷凍庫になにかしらのストックがあったはずなのに、それを失念するほど平常心ではいられなくなっていた。ゲイだとカミングアウトして受け入れられただけではなく、他の男に触れられた耳にキスして上書きして欲しい、などと言われたのだ。春がすぐに取り消そうとした事には気づいていたが、止まらなくなって耳に口づけてしまった。すると春は、甘い声を上げ、顔を真っ赤にして目を潤ませたのだ。その時の春の声が未だ孝太郎の耳にこびりついている。春の腹が鳴って空気が変わってくれてよかった、と孝太郎はホッとしていた。あのままでは今度は自分が春にトラウマを与えるようなことをしていたかもしれない、と一瞬理性を失いかけた己を心の中で激しく叱責した。
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