ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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19-1おにぎりと漫画家

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 どうしてBL漫画の主人公たちのモデルを自分と孝太郎にしたんだろう、と今更ながら春は少し後悔していた。キャラクターが嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。しかし思いの通じ合った彼等の甘いシーンなどを描いていると春は恥ずかしくて転げ回りたい気持ちになる。孝太郎がゲイと聞いてからいっそう、孝太郎をモデルにしたキャラと自分をモデルにしたキャラが仲睦まじくしているシーンを描くのが恥ずかしい。春は孝太郎に耳にキスしてもらった時の事を、1日に何回も思い出してしまう。どうしてあんなことを頼んだのだろう、と後悔した。いくら相手がゲイだからと言っていきなり、耳にキスして、などと図々しい事この上ない。春はその日の自分を幾度となくぶん殴りたくなった。ふとした時に自身の真新しい黒歴史に悶え、時折唐突に思い出せば足をジタバタさせて小さく叫ぶ。

「うう……死にたい……自分がキモキモキモキモすぎる……」

 あんな甘えた声まで出したのに、よく引かなかったなと春は孝太郎の懐の深さに感心していた。変な男に耳を舐められて凹んでいた友人に同情して、スマートに応えてくれた。さすがホストだなぁ、とあらためて孝太郎と自分の違いを思い知る。しかもあれ以来も何事も無かったかのように振る舞ってくれている。いつまでも引きずっているのは自分だけだ。あの寝ぼけてキスされた時と同様、不自然にぎこちなくなってしまう。さらに最悪だったのが、あの治安の悪いゲイバー、RAIZEに孝太郎といる夢を見てしまった。薄暗い店内で春は孝太郎から腰を抱かれ、何回も唇へのキスに応える夢だった。孝太郎がゲイだと聞いたからと言ってあんな夢、失礼すぎる。後日円香から聞いたがあのゲイバーはかなりいかがわしい店だったようであらためて謝罪された。円香は友人の行きつけのゲイバーはLAIZEという一文字違いの店名で隣のビルの店だったらしい。平謝りされたが、こちらこそ出ようと言われたときに出なかったので、と春も謝った。

 春があの時すぐに店を出なかったのは、カウンター席でキスしてる男性2人の姿に目を奪われたからだ。男女のキスシーンはドラマなどで見たことがあったが、男同士のキスシーンを見たのは生まれて初めてで、衝撃的だった。常識を壊され、当たり前のように男同士で触れ合っているあの空間に刺激され、つい長居を選んでしまった。その時に春が思い出したのは孝太郎とのキスだった。この空間なら肯定される、と考えてしまった。春は作業机に肘をついて頭を抱えた。耳に、孝太郎の唇の感触が消えない。


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