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春が孝太郎への想いを募らせるのと比例するように連載は好評を博し、今回は増ページと表紙絵を言い渡された。しかし春はカラー原稿が苦手で、円香から2度リテイクを食らっていた。副業である広告のPR漫画の原稿と並行してやっていたら締め切りギリギリになってしまい、春は孝太郎との食事の約束を泣く泣く断った。そろそろ副業はやめようかなぁ、などと考えつつ熟睡しすぎないように作業机の前で座ったまま仮眠を取る。春が昼頃に目を覚ますとパソコンに見慣れないメモが貼ってあった。
“キッチンにおにぎり置いておいたのでよかったら。 孝太郎”
春は、わ、と声を上げて立ち上がりキッチンに走る。するとそこには海苔が綺麗に巻かれた美味しそうなおにぎりが3つ、お皿に乗って並べられていた。春はへなへな、と座り込む。
「好きになりすぎて死ぬ……」
春は崩れ落ちたまま胸を押さえた。孝太郎を好きになるまでの春はそこまで恋愛に重きを置いていなかった。なんとなく可愛いなと思う子はその時々でいたし漠然と彼女が欲しいとも思っていたが、そのために頑張ってオシャレするなどの努力をするほどのモチベーションはなかった。受け身で、なんとかなればいいなぁ、くらいのぼんやりとしたものだった。漫画においてもいい女性キャラが描けないというだけで恋愛要素を簡単に省こうとしていたくらい春の中で恋愛とは取るに足らないものだった。
でも今は違う。孝太郎に関することでは幸せと切なさがジェットコースターのように交互に春を襲う。今は孝太郎の差し入れが嬉しくて、でも会えないのが切なくて春は胸が苦しくなっていた。冷蔵庫にあった大きなペットボトルの緑茶を取り出し、コップに入れる。二人がけのソファに座って一口、おにぎりを頬張る。すると中からごろっと大きな鮭が出てきた。海苔の風味と少し冷めたごはんと鮭の塩味がマッチして、春はうっとりとした。2つ目は梅で、3つ目は塩昆布だった。嬉しくて幸せで、心臓が、ドキドキする。大きなおにぎりを3つすべて綺麗に平らげると春は、よーし、と意気込んで立ち上がる。作業机のパソコンに向かって、表紙絵の続きに取り掛かった。絶対に終わらせて明日は会いに行くんだ、と意気込む。春はこのドキドキする気持ちを、1枚の絵に丹念に込めた。
――…春から送られてきたカラー原稿のデータを編集部の机に向かって見た円香は、はー、と感嘆のため息をついた。正直リテイクを出した原稿も悪くはなかったのだけれど、春ならもっと味のある色塗りができると期待してのリテイクだった。春が出したのは放課後の教室で2人が机と椅子に座っているイラストだ。色味だけやり直してもらう予定だったのだけれど、イラスト自体もリテイク前と少し変わっていた。リテイク前の原稿では一切触れ合っていなかった2人が、よく見れば机の上の手が少しだけ当たるように変わっていた。目線は合わせないまま、手だけをわずかに触れ合わせる2人は見ただけで秘めた関係性が伺える。色合いも淡く、綺麗に塗れている。円香は春にオッケーです、と連絡した。あの夜にゲイバーでトラブルが起きた時にはどうしようかと思ったが、それ以降春の出してくる原稿はなんだか空気感がいい意味で生々しくなった。一言で言えばリアルな艶感が増した。もしかしてあの夜に何かあったのか、などと円香は余計なことを考えてしまいそうになり、頭から振り払った。手元の連載原稿の主人公のモノローグがまるで春の心情を語られているかのように見え、円香はおもはゆい心地になるのだった。
“キッチンにおにぎり置いておいたのでよかったら。 孝太郎”
春は、わ、と声を上げて立ち上がりキッチンに走る。するとそこには海苔が綺麗に巻かれた美味しそうなおにぎりが3つ、お皿に乗って並べられていた。春はへなへな、と座り込む。
「好きになりすぎて死ぬ……」
春は崩れ落ちたまま胸を押さえた。孝太郎を好きになるまでの春はそこまで恋愛に重きを置いていなかった。なんとなく可愛いなと思う子はその時々でいたし漠然と彼女が欲しいとも思っていたが、そのために頑張ってオシャレするなどの努力をするほどのモチベーションはなかった。受け身で、なんとかなればいいなぁ、くらいのぼんやりとしたものだった。漫画においてもいい女性キャラが描けないというだけで恋愛要素を簡単に省こうとしていたくらい春の中で恋愛とは取るに足らないものだった。
でも今は違う。孝太郎に関することでは幸せと切なさがジェットコースターのように交互に春を襲う。今は孝太郎の差し入れが嬉しくて、でも会えないのが切なくて春は胸が苦しくなっていた。冷蔵庫にあった大きなペットボトルの緑茶を取り出し、コップに入れる。二人がけのソファに座って一口、おにぎりを頬張る。すると中からごろっと大きな鮭が出てきた。海苔の風味と少し冷めたごはんと鮭の塩味がマッチして、春はうっとりとした。2つ目は梅で、3つ目は塩昆布だった。嬉しくて幸せで、心臓が、ドキドキする。大きなおにぎりを3つすべて綺麗に平らげると春は、よーし、と意気込んで立ち上がる。作業机のパソコンに向かって、表紙絵の続きに取り掛かった。絶対に終わらせて明日は会いに行くんだ、と意気込む。春はこのドキドキする気持ちを、1枚の絵に丹念に込めた。
――…春から送られてきたカラー原稿のデータを編集部の机に向かって見た円香は、はー、と感嘆のため息をついた。正直リテイクを出した原稿も悪くはなかったのだけれど、春ならもっと味のある色塗りができると期待してのリテイクだった。春が出したのは放課後の教室で2人が机と椅子に座っているイラストだ。色味だけやり直してもらう予定だったのだけれど、イラスト自体もリテイク前と少し変わっていた。リテイク前の原稿では一切触れ合っていなかった2人が、よく見れば机の上の手が少しだけ当たるように変わっていた。目線は合わせないまま、手だけをわずかに触れ合わせる2人は見ただけで秘めた関係性が伺える。色合いも淡く、綺麗に塗れている。円香は春にオッケーです、と連絡した。あの夜にゲイバーでトラブルが起きた時にはどうしようかと思ったが、それ以降春の出してくる原稿はなんだか空気感がいい意味で生々しくなった。一言で言えばリアルな艶感が増した。もしかしてあの夜に何かあったのか、などと円香は余計なことを考えてしまいそうになり、頭から振り払った。手元の連載原稿の主人公のモノローグがまるで春の心情を語られているかのように見え、円香はおもはゆい心地になるのだった。
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