ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

文字の大きさ
42 / 86

20-2

しおりを挟む


 孝太郎の店ではオーダーが1本30万円を越えた時だけシャンパンコールをすることになっている。絵梨花と孝太郎を囲み、ホストたちがコールで盛り上げる。中心に座る絵梨花は、むさ苦しくてウケる、と笑っていた。コールが終わって静かになってから孝太郎と2人でグラスで乾杯し、絵梨花は言った。

「でもさぁ~その子チョコムース作っててくれたんでしょ?お料理できないのに……もう好き確じゃない?」

 煮え切らない様子で口ごもる孝太郎に絵梨花は不満げに唇を尖らせた。

「なんで~? てか薄々彼が自分のこと好きかもって思うでしょー」

「まぁ、それは……はい」

 孝太郎は躊躇いがちに認めた。ゲイだと孝太郎がカムアウトしてから、春の態度が変わったことに孝太郎は気づいていた。

 ふとした時にじっと熱い視線を向けられ、目が合うとそらされる。その頬は決まって赤らんでいた。視線の意味に気づかないほど孝太郎は鈍感ではないが過去のノンケへの失恋の苦い経験から素直には受け止められず、自身の勘違いだと言い聞かせていた。そんなふわふわした関係性だったところに春からバレンタインに手作りのチョコムースを渡されたのだ。赤い顔をして、言い訳をしながら。孝太郎が食べたときには本当に嬉しそうな笑顔を見せていて、それは春の気持ちを孝太郎に確信させるには十分だった。絵梨花はにやんと笑って尋ねた。

「どうする? 告るの? キャー! テンション上がる!」

「いや……向こうは一時の気の迷いかもしれないし」

「恋愛なんてそんなもんじゃないの。気の迷い、いいじゃない。チャンスじゃん。今告白すれば付き合えるかもしれないよ」

 うう、と声を上げた孝太郎はバツ悪そうに切り出した。

「めちゃくちゃかっこ悪い話していいですか」

「聞く。よし、じゃあ言う前にグラスのシャンパンイッキして」

 絵梨花にそう言われて孝太郎は、いただきます、とイッキ飲みを見せた。少し顔が赤くなった孝太郎に絵梨花が、ねーえ、と声をかける。

「かっこ悪い話、教えて?」

「……めちゃくちゃかっこ悪いですよ」

「一緒にBL映画見に行って号泣した仲じゃないの。教えて」

 孝太郎は少し言うのを迷っている様子だったが、意を決したようにぽつりぽつり、と話し出した。

「……好きになりすぎて、踏み込むのが怖いんです」

 孝太郎の赤裸々な吐露に絵梨花は、ひゃ、と小さく声を上げて口元を手で覆う。

「だって向こうは気の迷いだとしてもおれは本気じゃないですか。春さんノンケだから、告白しただけで引くかもしれないし……。絵梨花さん?」

 絵梨花は、はぁ~、と息をついた。

「ごめん。本当にごめん。私孝太郎の恋話で飲むお酒が1番美味しいの。本当にごめん」

「かっこ悪いでしょ。おれ両想いなんか人生で1回もなったことないし、どうしていいかわからないんです……両想いなんてそんなのおれの身に起きるのか……」

 もぉ~、と言って絵梨花は頬に手を当てる。

「最高~!」

「おれ、春さんの前では割とかっこつけてしまってるんです。本当はこんなのだってバレたらガッカリされるんじゃないかって思います……」

 孝太郎がそう言うと絵梨花は、それが逆にいいのよ、とガッツポーズした。

「孝太郎みたいな、パッと見は女の子うじゃうじゃはべらしてそうな子が、そんなかっこ悪くなっちゃうくらい一途に想ってるのがいい」

「でもそれとセックスしてもいいとかはまた違うじゃないですか~」

 孝太郎が項垂れると絵梨花は真面目に言った。

「や、もし私が男だったら孝太郎と寝てる」

 え、と声を上げて孝太郎が飛び起きたら絵梨花は、男だったらよ、と笑った。

「顔も身体もいいし、性格もいいし誠実だし。それくらい気に入ってなきゃ高額おろさないって」

「ッ……でも……」

 も~、と唇を尖らせた絵梨花はむぎゅっと孝太郎の頬をつまんだ。

「自信持ちなさーい! 前から思ってたけど孝太郎ってビジュアルの割に自己肯定感低すぎ」

「そうですか?」

「そーだよ。自己肯定感低いから、相手が自分を好きなの信じられないんでしょ。恋愛するならもっと自信持たなきゃ」

 はい、と頷いた孝太郎の頬を絵梨花は綺麗に整った薄ピンクのネイルでつついた。

「友だちのままでいいとか贅沢な事言ってるうちに他の人に横からサッと盗られても知らないからね。今は向こうの矢印が自分のところ向いてるからそんな悠長なこと言ってられるんだよ。孝太郎が煮え切らないうちに他の人がサクッといっちゃうかもしれないよ」

 鋭い指摘に孝太郎は、うぅ、と頭を抱えて俯く。そして少しして、わかりました、と顔を上げた。

「告白します!」

「キャー! 頑張って、頑張って!」

「あの……でもそれはホワイトデーにします……」

 絵梨花は、遅い、と呟いた。

「遅くないですよ! あと1か月なんかめちゃくちゃ早いです……今から緊張する……」

「あ! 今から予告しておけば!? ホワイトデーになにかありそう! みたいな。向こうも心の準備できてよくない!?」

 なるほど、と孝太郎は呟く。

「確かにいきなり同性から告白されたら怖がらせてしまいますもんね」

「そう! あ~どうしよ~キューピットになっちゃったかも。うまくいったらお礼してもらわなきゃ」

「お礼ですか?」

「そう。3人でごはん行こうね。私には一切話しかけなくていいから。結ばれてラブラブデートする2人と同じテーブルでご飯食べさせて。キャー!」

 孝太郎は、はは、と笑って、わかりました、と答える。絵梨花はふわふわのブラウンの髪を指でくるくると弄りながら、八重歯を見せて笑った。

「頑張って成就させて彼氏との惚気早く聞かせてよね。私は孝太郎とセックスするよりそっちの方が嬉しいんだからさ」

 孝太郎は、頑張ります、と答える。そして逃げ場をなくすため、帰ってから少し話があります、と絵梨花の前で春にラインを送ったのだった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

蒼い炎

海棠 楓
BL
誰からも好かれる優等生・深海真司と、顔はいいけど性格は最悪の緋砂晃司とは、幼馴染。 しかし、いつしか真司は晃司にそれ以上の感情を持ち始め、自分自身戸惑う。 思いきって気持ちを打ち明けると晃司はあっさりとその気持ちにこたえ2人は愛し合うが、 そのうち晃司は真司の愛を重荷に思い始める。とうとう晃司は真司の愛から逃げ出し、晃司のためにすべてを捨てた真司に残されたものは何もなかった。 男子校に入った真司はまたもクラスメートに恋をするが、今度は徹底的に拒絶されてしまった。 思い余って病弱な体で家を出た真司を救ってくれた美青年に囲われ、彼が働く男性向けホストクラブ に置いてもらうことになり、いろいろな人と出会い、いろいろな経験をするが、結局真司は 晃司への想いを断ち切れていなかった…。 表紙:葉月めいこ様

処理中です...