ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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「どこって……全部です。髪切る前から見た目も好きですし、ご飯美味しそうに食べてくれるところ好きです。おれ春さんと食べるご飯が1番美味しくて……あと漫画が上手なのも尊敬してます。かっこいいです。それとちょっと天然で家事苦手なところも可愛くて好きです。あと声も……」

 春が慌てたように、もうわかりました、と遮る。しかし孝太郎はさらに言った。

「本当は家ここにするか迷ってたんですけど、春さんが気になって引っ越してきちゃったくらいなので初対面からすでにだいぶ好きでした」

「え! そうだったんですか!?」

「たぶんタイプなんです。単純に」

そう真正面から言われて春は顔を赤くして縮こまる。

「初対面の時なんか……凄くみっとなかったのに」

「全裸でトイレに閉じ込められてましたね。衝撃的でした」

「も~!! 忘れてください!」

 話しているうちに鍋の中身がどんどん少なくなっていく。腹が満たされた2人は、ごちそうさまでした、と手を合わせる。

「明日ラーメン入れましょうか」

 そう言って孝太郎が土鍋を片付けて、春が細かい食器を片付ける。食器を洗う孝太郎に春が、あの、と切り出す。

「ぼくたち……付き合ってるってことで、いいんですか?」

 そう小声で聞く春に、孝太郎は聞き返す。

「春さんは……大丈夫ですか? 恋人が男でも」

 孝太郎にそう不安げに聞かれた春は、はい、と答えた。しかし孝太郎はさらに言った。

「何度もすみません。本当に無理そうなら、今のうちに断ってくださいね。あの……キスとか……そういうの男相手には少なからず抵抗あると思いますし……」

「無理じゃないです」

「じゃあやっぱり無理って後々思った時は……早めに教えてもらえるとありがたいです」

 おもむろに春は身を乗り出す。食器を洗っている孝太郎の頬に手を添え、そのまま春は自身の唇を孝太郎の唇に重ね合わせた。ガチャン、と嫌な音がする。孝太郎が持っていた取り皿が滑り落ちてシンクの中で割れた音だった。キスを終えてから春は、ごめんなさい、と謝った。

「食器洗ってる最中にすることじゃなかったですね。怪我、無いですか?」

「怪我は……無い、ですけど……」

 そう言った孝太郎は手に泡もついたままその場でしゃがみこむ。

「孝太郎くん?」

 しゃがみこんだ孝太郎が、やばい、と呟いた。

「もー! もー! なに、びっくりするやないですか!! さっきは横来るんもあかんし追々や言うてたのに!」

「だって孝太郎くんぼくが無理になるって決めつけてるみたいだったから、そんなことないって伝えたくて……」

 しゃがんだまま下を向く孝太郎は首の後ろから耳の裏まで真っ赤に紅潮していた。

「あ~。好きな人と初めてちゅーしてもた……された……すげ……心臓やばい……死ぬ……」

 想像していたより初々しい孝太郎の反応に春は驚く。孝太郎は言った。

「てか春さんキス初めてやないんですか!? 誰とも付き合ったことない言うてたからてっきりおれ……」

 前に寝ぼけてファーストキスを奪ったくせに1ミリも覚えていない孝太郎に、春は少し意地悪をしたくなった。相手を伏せてただ、初めてじゃないです、と伝える。

「あ……そう、ですか。ですよね。すみません変なカン違いしてて」

 そうすぐに取り繕ったが孝太郎は見るからに残念そうにしていた。見かねて春は、もう、と孝太郎の脇腹をつねる。

「前にぼくが酔ってベッドで眠ってしまった時、床で寝てた孝太郎くんを起こそうとしたらキスされました。それがぼくの人生初めてのキスです」

 春の話を聞いた孝太郎は、え!? と声を上げる。

「おれ!? おれですか!?」

「そうです。めちゃくちゃびっくりしたんですから……孝太郎くん、覚えてないし」

 うわ~! と大きな声を上げた孝太郎はシンクのフチに手をついてうなだれた。

「記憶にない……え! なんでやろ!え! おれですよね……うわ……すみません。でもおれ春さんとキスする夢見てました……え! 夢やなかったってことですか!? え!春さんの初めてのキスの相手おれですか!?」

 春が、そうですよ、と言うと孝太郎は、うー、と唸って顔を伏せた。

「孝太郎くん?」

「すみません……めちゃくちゃ嬉しい気持ちとはっきり覚えてへんのめちゃくちゃ悔しい気持ちで情緒乱れてます……でも、ごめんなさい。断りなくそんなことして……たぶん好きさが溢れてしまったんやと思います、あの時すごい好きなの我慢してたから、寝てる間にその、リミッターが……いや、言い訳です。ほんまにすみません」

 真剣に何度も謝る孝太郎に春は、ふ、と笑った。

「じゃあさっきぼくが不意打ちでしたのとおあいこにしましょう」

「……はい……あの……春さん」

「はい」

「1回目その、寝てて覚えてなくて、さっきの2回目もびっくりが強くてあの、嫌じゃなかったら……3回目、おれからちゃんとしてもいいですか」

 はい、と春が答えると孝太郎の手が春の頬に触れる。そっと添えられた手は小さく震えていた。そのまま孝太郎は顔を近づけ、恋人としてのキスをした。
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